未上場の新興ブランドの多くが現在、出口戦略を再考中だ。その手段のひとつとして、大手への事業譲渡が増えている。

小売業界では2023年、業績不振の企業が低価格で売却される取引が相次ぎ、M&Aは依然として盛んである。とはいえユニリーバ(Unilever)など、戦略上必要な企業をM&A対象とするストラテジック・バイヤーが、単にD2Cブランドだという理由だけで新興ブランドの買収に10億ドル(約1500億円)出すような時代は終わった。過去4年間を振り返ると、D2Cの寵児といわれたキャスパー(Casper)やオールバーズ(Allbirds)でさえも、上場後に株価が低迷した。D2Cブランドにとって、上場への魅力が薄れてきている。

その結果、新興のD2Cブランドは最近、現実に即した出口戦略として、ベンチャーキャピタルからの資金調達の時期をできるだけ遅らせる判断をしている。出資受け入れにあたっては、投資家への十分なリターンを生み出すために、上場や事業売却など将来のブランド撤退に備え高い評価を確保する必要がある。しかし、D2C企業全般に対する株式市場の反応が鈍い現状ではハードルが高い。そのため、新興ブランドのなかには、事業拡大計画が具体化し資金調達が必要になるまでベンチャーキャピタルからの資金注入を受けない選択をする企業が出てきた。創業者は上場を目指すより、設立3年から10年以内の会社売却の可能性を探っているようだ。

D2Cや消費者ブランドにとって厳しい時期



業界ウォッチャーや投資家によれば、創業者は状況に応じていつでも的確な出口戦略を実行できるよう、冷静に市場動向を見る必要があるという。特に、追加の資金調達が確約されない現状では、そうした対応が求められる。

小売業界では2021年、SPAC(特別買収目的会社)を介した上場またはIPO(新規株式公開)を果たした新興ブランドが記録的な数に上った。これらの新興ブランドは、ベンチャーキャピタルから何百万ドルもの資金を調達したあとに、投資家へのリターンを確保する手段として上場に踏み切った。なかには評価額が10億ドル(約1516億550万円)に達したブランドもある。しかし現在、そのブランドの多くが(まだ黒字化できていない企業は特に)、上場後に株価下落の憂き目にあった。たとえばフットウエアブランドのオールバーズの場合、2021年のIPO時には企業価値17億ドル(約2550億円)と評価されたが、いまやその時価総額は1億1500万ドル(約172億5000万円)にまで下がっている。

ECアグリゲーターとして年商100万ドルから1500万ドル(約1億5000万円から約22億5000万円)の企業を買収対象とするアゴラブランズ(Agora Brands)の共同創業者であるベン・コーガン氏は、創業者も投資家もブランドの将来についてますます現実的な見方をするようになってきていると語る。「D2Cや消費者ブランドにとって厳しい時期だ。ベンチャーキャピタルなど外部の支援を受けている企業も受けていない企業も、どちらも大変だろう」とコーガン氏は話す。しかし、自己資金で起業したブランドのほうが、需要が低迷しているあいだでも売上増へのプレッシャーなしに規模縮小を図れるという点で、有利かもしれない。

コーガン氏によれば、ベンチャーキャピタルからの支援を受けたブランドは現在、コングロマリットやPE(プライベートエクイティ)企業に買収される道を探っているという。2020年から2021年にかけてのIPOの成果が思わしくない一方、昨今のM&Aも、必ずしもうまくいく出口戦略とはいえないようだ。

その好例が、ヒゲ剃り用替刃のサブスクリプションサービスを提供する新興ブランドで、ユニリーバの傘下に入ったダラーシェイブクラブ(Dollar Shave Club)だろう。2016年、ユニリーバにより10億ドルで買収されたが、その後業績が落ち込み、2023年10月に他社に売却された。

「それでも、親会社やPE企業のような金融機関の関心を引くのに十分な規模と収益性を持つブランドには、適切な出口戦略のチャンスが生まれるはずだ」とコーガン氏はいう。一方、セラシオ(Thrasio)などECアグリゲーターの苦戦ぶりでわかるように、小規模ブランドを多数買収してスケールメリットを狙っても、注目されない場合もある。

会社の将来に対する現実的な見方



インドのスパイスを扱うブランド、ドゥルーシュ(Droosh)は2022年6月に米シカゴで設立された。当時はインフレの進行で食品ブランドは経営が難しいとされていた時期だ。共同創業者のセレーナ・ラティ氏は米モダンリテールの取材に応じ、「日々変化するCPG(消費者向けパッケージ商品)分野において、経営のかじ取りが容易だと言えば嘘になる。資金調達の機会も限られている上、売上原価や配送料、ベンダーに支払う手数料のコスト上昇への対応など、課題が山積みだ」と語った。

ドゥルーシュは現在、外部からの投資を受けず100%自己資金で運営している。しかしラティ氏は今後の事業拡大に備え、外部からの資金調達も視野に入れているという。「今年の最優先課題は店頭配荷だが、多大なコストがかかるため、さまざまな意見を聞いたうえで、外部からの資金調達を検討している」。

同社の商品の市場投入を支えるキャッシュフローはいまのところ十分だが、手元資金が尽きるまでの期間を延ばすには、コスト最適化が課題となる。ドゥルーシュの商品の小売価格は1缶14ドル(約2100円)。スーパーマーケットチェーンへの参入に向けて価格を抑えるため、現在新たなメーカーとの商談によって生産コスト削減を進めている。

「成功したCPGメーカーの多くが、機関投資家からの大規模な資金注入に頼らず起業している」とラティ氏は言い、一例としてパウチ入りソースで知られるヘイブンズ・キッチン(Haven’s Kitchen)を挙げた。

ドゥルーシュを継続的な成長へ導きたいとするラティ氏だが、現実的にみて、ベンチャーキャピタルからの資金調達にせよ、銀行借り入れや社債発行にせよ、すぐに外部からの資金調達の選択肢を検討する必要があるという。「創業間もない現在、未知数の要素や不透明な部分が多く、将来の道筋に不安がないわけではない」。

「インドの伝統スパイスを専門とするブランドは少ないから、その点をスパイス・調味料業界全体にアピールしたい」とラティ氏は話す。ドゥルーシュは現在、ブランド認知度向上のため、専門店での販売、ノードストローム(Nordstrom)など百貨店とのコラボ企画のポップアップストア、ソーシャルメディアとeメールによるストーリーテリングを実施している。

「創業者として、我々は最高のマーケティング、広告、ビジュアル、インフルエンサーとのパートナーシップ提携などを通じてブランド構築に尽くす必要があると思う」とラティ氏はいう。しかしそういった施策には相当なコストがかかる。「私はブランドの成長のため、ベンダーにすべてを委託するのでなく、これまでのキャリアで身につけたスキルを活かして自らPR活動をしている」。PRには、ソーシャルメディア管理、ビジュアル撮影、レシピ動画、メディア対応も含まれる。

他社の創業者も持続的成長をめざし、固定費を抑える取り組みをしている。

靴のインソールのD2Cブランドのフルトン(Fulton)共同創業者であるリビー・マッチャン氏は、2021年の起業前から収益性を強く意識していた。「収益性優先の考え方は、ベンチャーキャピタルからの支援を受けないという判断も含め、設立当初から会社の経営方針に反映された」とマッチャン氏は語る。2023年には黒字化を達成したフルトンは、当面「持続的成長」に注力するという。

外部からの資金調達の結果、経営へのプレッシャーがかかった例を見てきたマッチャン氏は、共同創業者のダニエル・ネルソン氏と協議のうえ、新商品発売については自己資金でまかなう決断をした。

フルトンの研究開発は2019年に始まった。マッチャン氏によれば、「当時、ビジネススクールに通っていた学生は皆、外部からの資金調達を考えていたが、私には見かけほど効果的な手段には思えなかった」という。自己資金経営の方針は、利益率が高く、軽量で出荷が容易な商品の開発につながった。「ベッドマットレスのように高額な商品でなく、リピート購入がしやすい商品を消費者に届けたかった」。

同社は来年2025年に卸売事業に参入予定で、これにより顧客獲得が容易になることをマッチャン氏は期待している。最終的には、今後10年以内をめどに会社売却をめざしているが、魅力的な提案があれば早期の買収にも応じる意向だという。「フットウエアのコングロマリットか同業他社ブランドによる買収が、当社の理想的な出口戦略だ」。

フルトンが短期間で黒字化した背景には、立ち上げ当初からの一見小さな経営判断の積み重ねがある。D2Cブランドならではの工夫を凝らしたパッケージングによる購買後の開封体験をあえて提供せず、シンプルな包装を選んだこともそのひとつだ。「加えて、正社員を多く採用する代わりに、必要に応じて単発でプロジェクトを請負業者に委託する方法も固定費削減に寄与した」とマッチャン氏は話す。フルトンのマーケティング活動の多くは、内製のUGCや、理学療法士やカイロプラクターとの提携から生まれている。

戦略的M&A計画に向けて



投資家の視点からみれば、ROI(投資収益率)重視のアプローチもより現実味を帯びてきた。

ウェルネス・グロース・ベンチャーズ(Wellness Growth Ventures)の創業者でゼネラルパートナーでもあるレイチェル・ハーシュ氏は、IPOを取り巻く状況の変化について語り、「多くのブランドにとって、IPOはもはや望ましい戦略ではない」と指摘した。

最近、IPOを選択する新興ブランドの数が大幅に減少している。ひそかに上場を申請していた事実が3月に初めて報道された、男性向けグルーミングブランドのハリーズ(Harry’s)のように、一定以上の規模がないとIPOは難しい。「消費者ブランドはほかのセクターに比べ、IPOに適した規模にまで成長するのに時間がかかるのが常だ。成長率が低い会社は、多くの消費者ファンドの方針に合わないと判断されるかもしれない」。

「特にCPG業界の新興ブランドにとって理想的で実現性の高い出口戦略は、ネスレ(Nestlé)やユニリーバ、ロレアル(L’Oreal)、ディアジオ(Diageo)のようなストラテジック・バイヤーによる買収だろう。この種の企業は多くの場合、買収先ブランドと同じ事業分野のノウハウを有しており、ブランドの規模拡大を促進させる役割を果たす」とハーシュ氏は説明する。あるいは、最近普及してきたプライベートエクイティ取引で、Lキャタルトン(L Catterton)、KKR、TPGといった定評のあるプライベートエクイティファンドによる買収を選ぶ手もある。また、大型ファミリーオフィスとの取引も選択肢のひとつだ。

このように、成長戦略の道筋は数あれど、ひとたび機関投資家の資本が入れば、事業売却時期の判断が複雑になる。だからこそ新興ブランドの創業者の多くが、できるかぎり長いあいだ手元資金で事業を運営しようと努めるのだろう。「ブランドに対する創業者の愛着や思い入れは継続のモチベーションと回復力を高める場合も多いが、そのうち、IPOまたはM&Aの価値と、持続的成長の価値とを天秤にかけなくてはならない時期がやってくる」とハーシュ氏は強調する。

ハーシュ氏が率いるウェルネス・グロース・ベンチャーズでは現在、新興ブランドの創業者と出口戦略について早期に話し合う機会を設けている。創業者の多くが、自身が立ち上げたブランドの理想的な姿を将来のビジョンとして描いている。そんな創造性あふれるエネルギーが事業の初期段階にイノベーションを加速させる可能性もあるが、「創業者との議論において、私は現実主義者の役割を演じる場合が多い」とハーシュ氏は言う。

アゴラブランズのコーガン氏は、「大規模投資ラウンドが一段落すると、投資家たちの目線はより現実的になる。そして生き残ったブランドの多くが、いずれは売上減速を経験する」と語る。今すべきことは、厳しい環境を乗り切り、最終的に事業の売却先が見つかるよう願いながら、収益性と効率性改善に集中することだ。「つまり、これ以上の資金調達ができない想定で、いまある経営資源でしのがなければならない。それが、新興ブランドの置かれた状況だ」。

これが米モダンリテールの取材に応じたブランド創業者たちの将来計画だ。フルトンのマッチャン氏は、「我々は今後も引き続き事業を成長させていけると確信している。ただし現実的にみて、過去数年間と同じレベルの成長率というわけにはいかないだろう」と話した。

[原文:Startups are getting more realistic about exit roadmaps]

Gabriela Barkho(翻訳:SI Japan、編集:都築成果)
Image via Liu