2024年2月10日、イエメン・サヌアのアル・シャアブ・モスクで、アメリカとイギリスの空爆で死亡したイエメンのフーシ派戦闘員の棺を運んでいる(写真・Mohammed Hamoud/Getty Images)

足かけ4年に及ぶコロナ禍のトンネルを抜けると、国家を基礎にしてきた世界秩序の枠組みは大きく変化していた。2023年は、ほぼ1世紀にわたって世界を支配してきたアメリカの衰退が顕在化し民主価値観も神通力を失い、新興・途上国のグローバルサウス諸国が新たな主人公に躍り出る年になった。

国家という既成アクターに加え、GAFAやアリババ、宇宙産業を支配するイーロン・マスク氏など巨大ITプラットフォーマーが、国家に匹敵する役割を果たし始め、中東ではイスラム組織ハマス、フーシなど非国家主体が、衰退帝国アメリカの存在を脅かす。

アメリカ一極支配の40年の変化

アメリカ一極支配の消長を1980年台初めから駆け足で振り返ってみよう。レーガン政権とサッチャー英首相が主導した新自由主義経済は、冷戦後の世界でグローバル化とIT革命の追い風を受け、国境の壁を越えヒト、モノ、カネの移動を自由化、グローバル企業を中心に国家間と国家内部に弱肉強食の世界を作り出した。

しかし2008年のリーマンショックによって、金融工学を使った「エンドレス」な需要喚起を狙った金融資本主義は大きな壁にぶち当たった。危機対応で手を差し伸べたのが中国だ。4兆円人民元の資金を市場に放出し世界経済を下支えした。対テロ戦争と金融危機の対応で、米中協調時代に入るかに見えた。

だが米中協調は長続きしない。第2期オバマ政権はアジアに軸足を置く政策に転換。中国の経済・軍事力の追い上げが次第に可視化されると、「アメリカファースト」を掲げるトランプ政権は、対中経済戦争を世界戦略の中心に据え、バイデン政権は台湾カードを使った対中軍事抑止政策を最優先した。これが40年のアメリカ一極支配の流れである。

世界秩序はこの後新たなステージに入る。それを画したのがロシアのウクライナ侵攻だった。アメリカとヨーロッパはロシアと中国という権威主義国家への反撃に転じたものの、2023年10月には今度はハマスによるイスラエル電撃攻撃によって、バイデン政権は「二正面作戦」を迫られることになった。

イスラエルによるガザ攻撃が苛烈になると、アメリカ国内でも若者を中心にイスラエルへのコントロールを失ったバイデン大統領への反感が強まり、ただでさえ劣勢だった大統領選にも黄信号がともった。そこでバイデン氏が助けを求めたのが、何と「主要敵」中国だった。

多くの西側メディアは注目していないが、2023年11月15日にサンフランシスコで行われたバイデン大統領と習近平・中国国家主席の首脳会談の成果は、新ステージで需要な意味を持つ。会談はバイデン氏側の強い要請で開かれ、習氏を破格の待遇でもてなした。

筆者は会談の最大の成果は、台湾を争点とする「米中戦争」を、大統領選挙まで「一時休戦」することで暗黙の合意に達したとみている。

米中が一時休戦

バイデン政権が「一時休戦」を求めるのは、「二正面作戦」に加え、中国との衝突という「三正面作戦」に対応できないためだ。会談では衝突回避の具体的措置として、米中国防当局間のハイレベル会合の再開などで合意した。

これに基づき、アメリカ軍制服組トップのブラウン統合参謀本部議長と中国軍の劉振立統合参謀部参謀長は12月21日、オンライン協議を行った。

さらにヨルダンのアメリカ軍基地が攻撃され3人のアメリカ兵が死亡、イエメンの反政府武装組織フーシ派が紅海を航行する商船を攻撃すると、アメリカは報復攻撃に先立ち外交トップのサリバン大統領補佐官をタイに派遣、王毅外相と足かけ2日12時間にわたって会談させ、中国のイランへの影響力行使を要請した。

王毅外相の回答は明らかではないが、中国外交関係者は、紅海の武力攻撃では中国商船にも影響が出ているため、イランに対しフーシ派への自制を求める可能性に言及した。

ちょうど1年前、王毅外相の仲介工作で、サウジアラビアとイランが関係正常化にこぎつけて以来、中東における中国の影響力は飛躍的に高まり、アメリカは中東でも中国との事前のすり合わせ抜きには、軍事行動に出られなくなった。

バイデン政権はウクライナでも劣勢に立たされている。アメリカを含む西側諸国の支援疲れに加え、ゼレンスキー大統領と軍部の内部矛盾が露呈し、ロシアに好ましい局面が開かれつつある。二正面での苦戦こそバイデン氏が中国に助力を求める背景だ。

アメリカの一極支配を支えてきた民主など「普遍的価値」イデオロギーも神通力を失っている。ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連決議案に多くのグローバルサウス諸国は賛成せず棄権に回った。

アメリカが言う「民主」「人権」圧力とは、アメリカにとって都合のいい「二枚舌」であることを彼らは見抜いているからだ。多くのグローバルサウス諸国は、民主イデオロギーとは無縁の権威主義国家だから「民主カード」は利かない。

プラットフォーマーが世界を変える

中国との一時停戦は「国家間」の利益調整であり、旧来型世界秩序を争うゲームである。

だがコロナ後に顕在化したのは、国家というアクター(主体)の力を超えるまでになった新しい非国家アクターとして「Google」や「Apple」などGAFAや電子商取引で急成長した中国の「アリババ」グループ、イーロン・マスク氏のプラットフォーマーの台頭だ。台湾積体電路製造(TSMC)も「虚構国家」台湾の存在を超える、非国家主体と言えるかもしれない。

中国当局は3年前、「アリババ」などを独占禁止法で締め付けを強化した。西側メディアは習近平氏とアリババ創始者のジャック・マー氏との個人的確執に焦点をあて、生産性の高い民営企業を軽視し、国有企業への待遇を厚くする「国進民退」の表れと批判した。

しかし実際は、プラットフォーマーが巨大な力を持ち、これまで国家が管理してきた金融や経済世界で、国家より大きな力を持ちかねないのを恐れたからだった。社会主義理論で言えば「社会主義初級段階」にある中国が、共産主義段階に発展する前に「国家消滅」(マルクス)しては困るのだ。その前に「偉大な中華民族の復興」を成し遂げるのが習氏の段階発展戦略だ。

欧米各国もプラットフォーマーに対する国家の管理と規制を強めつつあるが、自由主義経済という「建前」に加え、法的規制という技術的問題に直面しなかなか進まない。この領域における国家と非国家主体の綱引きと確執はしばらく続くだろう。

その答えが出ないうちに、ハマスとフーシという暴力装置をバックに持つ非国家主体の登場でアメリカは足を引っ張られている。

中東では「タリバン」や「イスラム国」などの非国家アクターは存在した。しかし今や衰退した超大国だけでは抑えは利かず、中国に助力を求めざるをえないのが実情だ。

国家を主体にする世界秩序はどう変化するのだろう。グローバルサウスの代表的国際組織のBRICSは2024年から10カ国に拡大、中国はBRICSを新しい外交主舞台として重視する。アメリカンスタンダードを実現するためのイデオロギーだった「民主」はある種の「国際公共財」だった。

グローバルサウス諸国は「公共財」抜きに、それぞれ自国利益を最重視するエゴイズムに走る可能性があり、近隣諸国との摩擦が地域紛争多発の恐れを秘めている。西側が「世界最大の民主主義国家」と持ち上げるインドは、ナレンドラ・モディ首相の下で2023年はG20議長国を務め、国名を「バーラト」と表記した。

ヒンズー・ナショナリズムを原動力に「帝国」再生を目指す姿勢が次第に鮮明となり、「普遍的価値」との摩擦が顕在化するだろう。習氏は最近、外交政策として「人類運命共同体」を強調しているが、これを「きれいごと」と受け止めるべきではない。

習近平の「人類運命共同体」外交の狙い

習はポスト「普遍的価値」喪失の空白期を埋めるため、新たな「国際公共財」として、地球温暖化対策、対テロ、麻薬対策、核不使用などをボトムラインとする共通利益にし、国家間関係は内政不干渉、武力不行使など「平和5原則」によって処理しようする意図からである。

最後は日本だ。衰退するアメリカの忠実な「下僕」の岸田文雄政権は2023年から、グローバルサウス工作を加速し、インドとの協力関係をはじめ、ASEAN、中央アジア、太平洋島しょ国などとの協調関係を重視している。

いずれも中国を軍事的に抑止するバイデン政権の戦略を下支えする外交だ。グローバルサウス重視のため、岸田首相は2023年の国連総会演説で、お得意の「民主と自由という普遍的価値観」のフレーズを完全に封印した。

バイデン政権は、台湾問題での日本の役割増大に期待をかける。しかし自民党派閥の政治資金問題で足元に火が付いた岸田政権に、台湾問題に専心する余力はあるだろうか。

2024年は対中軍事抑止網の強化にとって重要な島しょ国との会議をはじめ、中央アジア諸国と国際会議が目白押しだ。

しかし世界秩序の激変で、後退する旧超大国の尻ぬぐいばかりしていた日本の政治的主導力など、グローバルサウスは聞く耳を持たないだろう。資金援助はもちろん拒まないが、中国には敵わない。上川陽子外相は2月12日、南太平洋のフィジーで7年の太平洋サミットの準備会合を開いたが、18の国・地域のうち外相が参加したのはパラオやミクロネシアなど6カ国に止まり、日本の影響力後退を見せつけた。

加速する衰退からの出口の見えない日本にとって中国との経済・社会関係の再構築以外に、「百年来の変化」に対応する道はない。手つかずの関係改善に向けたさまざまな取り組みが急務だ。中国は経済界や政界を使い対日改善のサインを出しているのだが。

(岡田 充 : ジャーナリスト)