M-1グランプリ2023で優勝した令和ロマン(写真:公式Xより引用)

昨年12月24日、令和ロマンが第19代王者となって幕を閉じた『M-1グランプリ2023』。改めて振り返ると、“大学お笑い”出身者が目立つ大会でもあった。

優勝した令和ロマンの郄比良くるまと松井ケムリは、慶應義塾大学のお笑いサークル「お笑い道場O-keis」の先輩・後輩という間柄だ。3年連続決勝進出を果たした真空ジェシカの川北茂澄も同じサークル。相方のガクは青山学院大学の「ナショグルお笑い愛好会」に所属しており、学生芸人として交流を深めた。

準決勝でも大学お笑い出身者が目立つ

準決勝メンバーに目を向けると、ママタルトの大鶴肥満が明治大学の「木曜会Z」、相方の檜原洋平はサークルに所属こそしていないが、大学時代に組んでいたコンビで『学生才能発掘バラエティ 学生HEROES!』(テレビ朝日)の「わらいのゼミナール」から生まれた大会『第3回わらいを愛する学生芸人No.1決定戦〜アマがプロに勝つ!? お笑い下克上元年〜』に出場し優勝している。

「わらいのゼミナール」では、2011年〜2015年頃まで学生芸人のライブや大会が開催されており、真空ジェシカのほか、さすらいラビー(中田和伸が一橋大学の「IOK」、宇野慎太郎が「ナショグルお笑い愛好会」)、ひつじねいり(細田祥平が「お笑い道場O-keis」)、Gパンパンダ(早稲田大学の「お笑い工房LUDO」)ら現在も賞レースで活躍する顔触れが出場していた。

2020年にM-1王者となったマヂカルラブリー・村上は法政大学の「HOS」、ラランドは上智大学の「SCS」(Sophia Comedy Society)、シンクロニシティは中央大学の「落語研究会」出身だ。

直近では、現役東大生と早大生のコンビ・ナユタ(「お笑い工房LUDO」)が昨年のM-1準々決勝に進出し、ベストアマチュア賞を受賞。


M-1でベストアマチュア賞を受賞したナユタ(写真:M-1公式サイトより引用)

また、3回戦で敗退したものの、無尽蔵(東京大学の「落語研究会」)も一定の評価を受けるなど、さらに若い層が厚くなってきた印象が強い。

R-1やキングオブコントでも頭角現わす

そのほかの大会や若手発掘系のバラエティーで頭角を現わした芸人が気づけば大学お笑い出身者だということも少なくない。

『R-1グランプリ』ならサツマカワRPGが「木曜会Z」、ラパルフェ(R-1出場は都留拓也のみ)が「お笑い工房LUDO」。また、『キングオブコント』で存在感を示したハナコ・岡部大、にゃんこスター・アンゴラ村長、『ぐるナイおもしろ荘』(日本テレビ系)でブレークしたひょっこりはんもラパルフェと同じサークル出身だ。

関東のように他大学との交流は少ないようだが、3つの大会『M-1』『キングオブコント』『THE W』で王者を輩出した大阪芸術大学の「落語研究寄席の会」(ミルクボーイ、空気階段・鈴木もぐら、オダウエダ・植田紫帆。ほか、ななまがりも在籍)も注目を浴びた。

『ツギクル芸人グランプリ』では、2022年にストレッチーズ(「お笑い道場O-keis」)、翌2023年にナイチンゲールダンス(中野なかるてぃんが「IOK」、ヤスが日本大学法学部の「落語研究会」)が優勝したことも記憶に新しい。

ここ数年で、なぜ大学お笑い出身者の活躍が目立ってきたのか。その道筋を振り返りながら、現在の状況を整理してみたい。

遡れば、コメディアン・三宅裕司、落語家・立川志の輔、コント赤信号・渡辺正行らを輩出した明治大学の「落語研究会」、山田邦子、オアシズらが在籍した早稲田大学の「早稲田寄席演芸研究会」など、以前から大学サークル出身のお笑いタレントは存在する。

しかし、いわゆる“大学お笑い日本一”を決めるような大会は、1994年に開催された「全国大学対抗お笑い選手権大会」までなかったという。

翌95年に第2回目となる同大会の団体戦で優勝、96年に個人戦となった大会で1〜3位を独占した創価大学「落語研究会」の部長を務めたエレキコミック・やついいちろうは、著書『それこそ青春というやつなのだろうな』(PARCO出版)の中でこう書いている。

「甲子園のようなお笑いの大会があれば……。悩んだ結果、ないなら作ればいいんじゃないかと気付いた。(中略)そんなある日、互いの大学のライブに出たりと、それまでになかった新鮮な活動をしている中、今立(筆者注:進。現在の相方)が新聞の切り抜きを持ってきた。『第1回全国大学対抗お笑い選手権大会』開催の記事は、落研に激震をもたらした」

やついの後輩であるナイツの塙宣之、土屋伸之も同サークル出身。やついは、多摩美術大学の落語研究会を「オチケン」として復活させた元ラーメンズの小林賢太郎、片桐仁らと交流を深めつつ、「全国大学対抗〜」と同時期に始まった『赤坂お笑いD・O・J・O』(お笑いイベントおよびラジオ番組)にも参加している。

ちなみに1990年代はコント(主にショートコント)が全盛の時代。『赤坂お笑いD・O・J・O』でも、アンジャッシュ、バカリズム、バナナマンらコント師が結果を残している。

一方で、大手芸能事務所・アミューズが2001年にお笑いコンテスト『ギャグ大学偏差値2000』を開催。見込みのある学生芸人をお笑い部門に所属させようと奔走していた。

このあたりの流れが、2000年代に活動したコントユニット「WAGE」(かもめんたる、小島よしおらが在籍したコントグループ。2006年活動休止、解散。元は早稲田大学のお笑いサークル)、ザ・ギース(高佐一慈は早稲田大学、尾関高文は明治大学。お笑いサークルの交流を通じて出会った)といった芸人たちが出て来る土壌を作ったと考えられる。

M-1甲子園も開始、若い層に広がる

大学お笑いが盛り上がる一方で、スクールJCA(人力舎)、NSC東京校(吉本興業)など関東のお笑い養成所も定着し、2001年からは『M-1』、2002年からは『R-1』といった賞レースがスタートした。

さらに吉本興業が開催する大会は広がりを見せ、2003年からは高校生お笑いNo.1を決める大会『M-1甲子園』(2009年から『ハイスクールマンザイ』へとリニューアルされた)を開始。漫才人気を若い層にも定着させていく。

2015年からは個人戦の『大学芸会』(2011年〜)を企画・運営するお笑いサークル連盟と組んで団体戦『NOROSHI』をスタートさせ、大学お笑いの2大タイトルと呼ばれるようになる。

それまで出場していなかった同志社大学の老舗サークル「喜劇研究会」が『NOROSHI』にエントリーして旋風を巻き起こし、2010年に一旦終了したM-1が2015年に再スタートするなど、2010年代中盤はある種の区切りとなった時期とも言える。

まさにこの時期に学生芸人として活動し、2017年にNSCに入学して翌年首席で卒業したのが令和ロマンだ。昨年のM-1で審査員を務めた博多大吉は、TBS Podcastの番組『大吉ポッドキャスト いったん、ここにいます!』の「#38 特別編」の中で、大会終了後に司会の今田耕司と2人で令和ロマンについて語ったときのことを振り返っている。

「M-1獲りたいなら大学に行け!」

「今田さんがおっしゃったんやけど、『でも、あの子ら大学で4年間やってるんやから、(筆者注:芸歴5年ではなく、実質は)もう芸歴9年やで』って言われてアッと思って。(中略)『自分に何が合ってるか』をみんなでブラッシュアップしてあの子らは卒業してると。お笑いサークル出身の子は。

芸人って実はこれがないのよ。全員ライバルやから、ほかのネタ見て『あそこ、こうしたら?』とか『あのボケ、ちょっと違うね』って先輩は言うかもしれんけど、同期とかはまず言わんやろって。自分たちが舞台踏みながら、いろんなネタ試しながら自分に何が合ってるかを何年もかけて芸人って見つけていく。それが今までの芸人やったと。

でも、今は大学の4年間でそれ身につけた状態で来るから、そらM-1に関して言うとドラゴン桜じゃないけど『M-1獲りたいなら大学に行け! NSCなんか来るんじゃないぞ』っていう。そういう時代に入ったなぁいよいよって」

また、2022年にM-1王者となったウエストランド・井口浩之は、大会決勝を迎える前に筆者にこんなことを語っていた。

「僕らが『漫才工房』(ウエストランドが主催となって毎月、新ネタを2本ずつ披露するライブ)を立ち上げる時に、同世代じゃなく後輩たちとやるようにしたんですよ。ライブだと後輩のほうが当然勢いはあるけど、僕らが古くならないようにそこで大トリをやり続けた。それがM-1決勝に残れたことにすごくつながってると思う」(2022年12月15日に公開された「bizSPA!フレッシュ」の「『M-1グランプリ』2度目の決勝、ウエストランドを直撃『めちゃくちゃウケたい』」より)

大学お笑いで「経験を積む」ことが強みに

ここで言う“後輩たち”とは、ストレッチーズ、さすらいラビー、ママタルト、ひつじねいりの4組。前述の通り、全組(少なくともコンビのうち1人)が大学お笑い出身者だ。

もちろん、あえてお笑いサークルに入らずプロになった若手芸人もいなくはない。注目すべきは、“大学お笑いで経験を積むこと”がいよいよプロも看過できないキャリアになってきたということだろう。

(鈴木 旭 : ライター/お笑い研究家)