「高校生のほうが上回っていることも多々ある」FC町田ゼルビアをJ1昇格に導いた黒田剛監督に聞く 高校サッカーとプロの違い
FC町田ゼルビア 黒田剛監督インタビュー 前編
FC町田ゼルビアをJ1昇格・J2優勝に導いた、黒田剛監督にインタビュー。高校サッカーの監督からJリーグの監督へと転身し、注目された今季を振り返ってもらった。
【頭の中は常にピリピリしていた1年間】――先日、町田駅前でのJ1昇格・J2優勝記念パレードを終えて、改めて今季成し遂げられたことをどう感じていますか?
パレードには約8,000人の方がいらしたと言われましたけど、もっとたくさん来てくださった印象がありました。正直、あれほどの方々に集まってもらえるとは。私だけではなく、スタッフや選手たちもそう感じていたと思います。
黒田剛監督はFC町田ゼルビアを見事J1昇格・J2優勝に導いた photo by Kishiku Torao
私自身は1年目のチャレンジではありましたが、町田に関係してきた方々、十数年かけて町田を応援して支えてきた方々にとって、長い年月をかけて達成した最高の瞬間だったんだなと。町田の歴史を塗り替え、新たな1ページを刻めたことに対して素直に嬉しい思いと、来年J1で戦うことに対して覚悟と責任をより一層感じた瞬間でもありました。
――優勝を決めた時に「眠れない日もあった」とおっしゃっていました。気が休まらない1年だったと思います。
生きている心地がしなかったですね。明けても暮れても、夜中でも起きて資料を作っている時もありました。負けたくなくて常に心配しているんですよ。なにか良い言葉が思い浮かんだら、すぐに携帯にメモしたり。そんな日々でしたから頭の中は常にピリピリしていましたよね。
試合前に見せる映像やパワーポイントを1週間かけて作るんですけど、もうずっとキャッチフレーズであったり、メッセージであったり、選手たちが奮起するいろんな言葉を常に考えていました。
オフの日には嫁さんと岩盤浴に出かけたり、仲間とお酒を飲む機会もありましたけど、リーグがあるうちはそういったことから抜け出せない時期でした。ただ、それが勝負で生きる者の生活でしょうし、それが苦痛になったらこの仕事はできないと思います。
【高校生とプロの違いはあったか】――「プロとアマの違い」という話は幾度も聞かれてきたと思います。シーズンを最高の形で終えて、改めて違いを感じた部分はありましたか?
基本的に青森山田でやってきた30年というのは、アマチュアではありましたが常に勝つことに対して相当細部にこだわってやってきたと自負しています。
"勝つための24時間365日"を日々選手たちと共有してきましたから、そこにプロのほうが意識が高く、高校生のほうが低いというのはありません。むしろすごく細かく見れば高校生のほうが上回っていることも多々あります。
それを求め続けてきた30年間のなかで培ったものは、プロに行っても通用するものと確信していたし、逆にプロよりも意識高くやってきた自負もあります。
――姿勢や細部のこだわりは変わらない一方で、言葉の選び方は変わってくるわけですよね?
高校生のように成長・育成の一環として指導していくものと、家族という守るべきものを持ってサッカーを仕事にする選手たちとでは、もちろんアプローチは変えていかなければいけないと思っています。
どちらかといえば選手の成長のために、感じたことや言いたいことはすべて言って指導にあたってきた青森山田時代とは違い、選手たちのキャリアやプロとしての実績をしっかりとリスペクトしたうえで、言葉選びに神経を使いながらアプローチしてきたこの1年でしたね。
【勝つために細部にこだわる】――今季の町田は監督、スタッフ、選手と多くの入れ替えがありながら開幕7戦負けなしと好調でした。開幕の段階でこれだけ早くチームをまとめあげられた要因はどんなところにありましたか?
一つ、二つの要因で片づけられることではないですが、チームのやるべきベース、コンセプトを明確に示し、それを選手たちが理解できる状況に落とし込めたのは大きいと思います。
今年のプレシーズンにJ1クラブ相手に6戦6連勝しましたが、なぜJ1相手に試合を組んだかというと、自分たちのできないこと、弱いところをすべて抽出したかったからです。それから中途半端に勝って、「やれる」という根拠のない自信を持ちたくなかったからというのもあります。
昨季は50失点、51得点。その失点、得点シーンをすべて見返すと高校生でもしないような失点がたくさんありました。それを昨年から残っている選手も含めて彼らへ突きつけ、それを自覚し、認めたなかで改善を図っていく。その作業をやってきました。
だからプレシーズンで6連勝するなかで、こういうサッカーをしていれば絶対に負けない、勝てるという自信が、1試合ごとに少しずつ確信へ変わっていったと思います。それが自信を持ってシーズン開幕に入れた一番大きな要因だったと思いますね。
――第8節のブラウブリッツ秋田戦で初黒星を記録しますが、町田は決して連敗をしませんでしたね。
リーグを通じて負けることは絶対にあるし、思い通りにいかないこともたくさん起こり得ます。それでも連敗しないために我々のベースを高い基準で作ろうと。それが明確だったので、秋田戦で負けたあとすこしホッとしている自分がいました。
――それはどうしてですか?
やっと勘違いや誤解をせずに、チームがもう一度ベースへ立ち返るべきタイミングができたということですね。6連勝はしていたけれど、結構やるべきことが曖昧で危ういところもありましたから。ただ、勝ち続けている時はあまり耳に入ってこないものです。
だから負けるたびにその危機感を全員で共有して、厳しくミーティングをしてきました。その習慣が年間を通じて連敗をしなかったところにつながったと思います。
――長いシーズンのなかで、緩む時期があっても崩れず、締め直せたのはそういう作業の繰り返しがあったということですね。
一生懸命やっていないわけではないけれど、90分集中力を切らさず、やりきるのは大変なことです。「これくらいで大丈夫」と、やるべきことが無意識に抜けてしまう瞬間はあるんですよ。それがプロの世界だと失点まできっちりと持っていかれてしまう。逆にそこをきちっと制限し、取り組めている時は大きな失点はしないものです。
ただ、これはプロだからということではなく、青森山田時代から常にやってきたことです。勝つために細部にこだわって、例えば高校サッカー選手権はトーナメントなので、大会の2カ月前は朝練からPKの練習を何時間もしていました。
勝つチームを作るのであればそうした細部にこだわってやっていこうと。選手たちもすごく誠実にそれを受け止めて、実践してくれたと思います。
【勝てるサッカーをみんなで共有できた】――選手たちに話を聞くと「プロになってここまで基本的なところを徹底されたことはなかった」とか、「もうわかっているということでも、なお徹底してくる」と、黒田監督の指導を話してくれました。指導に対して選手たちは最初どのような反応だったのでしょう?
どうなんでしょう。プロの選手というのは何を言ってもあまり反応しないものですから。ただ、練習の時に言われたことに対しての実践力は、高校生よりもはるかに高いものがあって、そこはさすがプロだなと思うところでした。
最初のキャンプの時に「そんなこと言われたことない」「キャリアのなかでそんな指摘をされたことは一度もない」という意見が一部からありました。それでも「今年はこれでやる」と徹底させました。
例えば昨年から変わっていないメンバーもいるわけで、なぜあれだけ失点したかを彼らに深く自覚させる必要がありました。
だから求めることに対してルーズになりかけた時は、かなり厳しく指摘しましたね。それをやるなら使わないと。そこの棲み分けははっきりとしました。それによってたとえ状況が悪くても結果がついてきて、勝ち点を積み上げていったことで、選手たちは自覚せざるを得ない、認めざるを得ないのです。
「これが俺たちの勝てるサッカーだ」というのをみんなで共有できたことで、チームの結束力が高まったと思います。やはりプロだから結果でしかマネージメントできない部分はあると思うんですよね。
それを通してやってきて、最後は勝者のメンタリティを持ち、細部にこだわり、勝ちきれるチームに成長していった。ラスト5連勝でフィニッシュできたのは、まさしくその証明だったと思います。
【「根拠のないプライドは全部捨てろ」と言った】――町田にとってJ1昇格、J2優勝は、クラブとしてまだ越えたことのなかった大きな壁だったと思います。黒田監督は青森山田時代に高校サッカー選手権でベスト16の壁をなかなか越えられない経験もされてきました。その大きな壁を越える難しさは感じられました?
今季の町田に、優勝とか何かタイトルを取った経験をした選手がどれだけいるかというと、ほとんどいない。だから勝者のメンタリティ、勝ちきるサッカーを浸透させるのはすごく難しい面もありました。今年はそういうミーティングが本当に多かったと思います。
――どんなミーティングだったのですか?
言葉を変えたり、またはキャッチフレーズを変えたり、いろいろと角度を変えながら選手たちに「危機感」を与え、心理面に刺激を入れる落とし込みは多かったと思います。
先ほど言われた高校サッカー選手権のベスト16の壁ですが、10年間で9度ベスト16止まりでした。「このメンバーで勝てなかったら俺にはもう勝ち方がわからない」とか、「もう辞めようかな」と思うことは何度もありました。そういう挫折のなかで掴みきった、あるいは頭ひとつ脱皮していったのが、ここ7、8年の青森山田だと思うんです。
そこを乗り越えてきた時の自分の肌感覚で、どういう言葉をかけてきたか、または選手たちがどういう取り組みをしてきたか。そこをはっきりと覚えているので、今年は選手たちのプライドを傷つけてしまうかもしれないけれど、高校生を指導した時の話をしたこともあります。
でも「根拠のないプライドは全部捨てろ」と言ったんです。「何がキャリアだ」と。「優勝を目指して細部にこだわる24時間365日があって、追求に追求を重ねて、そんな日々を積み重ねて初めてキャリアというものになるんだ」と。プロで何年やったとか、そこに何年在籍したかで、キャリアというものにはならないんだ、という話もしました。
プライドは相当に傷つけられたかもしれない。でもそれが勝者のメンタリティだということを、彼らはわかったと思うんですよね。
(後編「黒田剛監督が語るサッカー哲学とチーム作り」へつづく>>)
黒田 剛
くろだ・ごう/1970年5月26日生まれ、北海道札幌市出身。登別大谷高校、大阪体育大学で選手としてプレーしたあと、1994年に青森山田高校のコーチに就任。翌年からは監督を務め、同校を日本トップの強豪に育てた。全国高校サッカー選手権では3度の優勝を経験。2023年に青森山田を離れ、FC町田ゼルビアの監督に就任。1年目でクラブをJ1昇格・J2優勝に導いた。