「FIFAウイルス」蔓延で日本代表以外でも被害者続々 現代サッカー界の病巣と「拝金主義」
「私は試合の多さについての不満を漏らしたことなどない。我々現場は状況に適応すべきだ、と考えてきたからだよ。しかし、最近はあまりにも試合が多い。我々はプレーのクオリティを求めているが......」
久保建英を擁するレアル・ソシエダを率いるイマノル・アルグアシル監督は、そう言って現状を焦慮している。今年11月の代表ウィーク後、過密日程でケガ人が続出。多くの選手が完調には程遠く、痛み止めを打ってプレーしている選手もいるという。
「FIFAウイルス」
それはクラブに所属する選手がFIFA主催の代表戦に招集され、コンディションを崩したり、ケガをしたりする状況を揶揄した表現である。数年前から囁かれていたが、最近は事態が深刻化。試合数が増え、選手の酷使が目立つようになった。
たとえばカタールW杯は砂漠の灼熱を回避するため、エアコン完備のスタジアムで行なわれ、開催時期も11月に動かした。その歪さが、今季の選手のケガの多さに結びついているとも言われる。これまで7月開催でシーズン後からうまくシフトしていた選手が、シーズン中にW杯を戦い、連続的にシーズンを過ごす。そのせいで負担を重ねているのだ。
11月の代表ウィークでは、フランス代表の練習に参加したレアル・マドリードのMFエドゥアルド・カマヴィンガが右膝外側側副じん帯断裂で全治2カ月半、同じくレアル・マドリードのブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオールも、コロンビア戦で左足大腿二頭筋断裂と、2カ月半の戦線離脱となった。また、バルセロナのスペイン代表MFでジョージア戦に出場したガビは前十字靭帯断裂および外側半月板損傷という重傷で、今シーズンを棒に振るのは確実だ。
ユーロ予選ジョージア戦で大ケガを負ったガビ(スペイン代表)photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA
日本代表も負傷者が続出している。三笘薫は筋肉系の違和感で早々に離脱し、鎌田大地はミャンマー戦の前半で腰に違和感を覚え、シリア戦には帯同しなかった。
なぜこんな事態になったのか。
「サッカーは儲かる」――蔓延する拝金主義が、選手を疲弊させているのだ。
【肥大化する大会、増加する試合出場】
サッカー界は過去30年、拝金主義で"太り"続けてきた。
1982年スペインW杯で、それまで参加16カ国だった出場国は24に増えたが、当時のFIFAはまだ牧歌的だった。UEFAの現行のチャンピオンズリーグ(CL)も、80年代はチャンピオンズカップで、各国の優勝クラブだけがトーナメントで勝ち上がっていた。試合数は限られ、健全な形だった。
ところが90年代に入り、FIFAとUEFAは争うように試合数を増やし、その"競争"が狂騒的に過密日程を作り出した。
1992−93シーズン、UEFAはリーグ戦方式を導入し、CLをスタート。1997−98シーズンには、UEFAランキング上位国から複数のクラブが出場できるようになって、肥大化する基礎になった。一方でFIFAは「サッカー不毛の地」を開拓するため1994年アメリカW杯を開催し、市場を広げる。そして1998年フランスW杯からは32カ国が出場するようになった。
UEFAはさらにカネを動かすため、ヨーロッパリーグを拡大し、カンファレンスリーグまで創設した。極めつけはネーションズリーグで、欧州の代表チームを常に戦わせるようになったのである。FIFAも負けていない。W杯の肥大化だけでは飽き足らず、クラブレベルでも欧州と南米の対戦だったインターコンチネンタルカップを、クラブW杯へと肥大化させ、中東やアフリカに"カネのなる木"を探した。
CLは来季から36カ国出場と、規模は膨らみ続ける。W杯も2026年からは48カ国に拡大。すでに現場は限界を超え、ひずみが見える。
90年代までの選手と比べて、現代のトッププレーヤーは2倍近く試合に出場しているという。「昔の選手もやっていた」という意見は、実情を理解していない。「年間で50試合が限界」と言われるが、2020−21シーズンのペドリ(バルセロナ、スペイン代表)は60試合以上も出場し、現在に至ってもケガを引きずる状態だ。
「選手にとってクレイジー」
多くの関係者が警鐘を鳴らすが、この流れは止まらない。問題はFIFAやUEFAにとどまらない。
欧州のトップクラブは人気も高いだけに、プレシーズンに行なうワールドツアーが利益を生む。興行優先で、必然的に選手の調整は困難になる。
なかでもスペインフットボール連盟は露骨である。スペインスーパーカップを2029年1月までサウジアラビアで開催する契約にサイン。3億ユーロ(約480億円)とも言われる大金と引き換えに、選手やサポーターは置き去りにした。国内のシーズン前哨戦を、シーズン中に中東遠征で行なうという珍妙さで、これぞ拝金主義の極みだろう。
また、サウジアラビアは国全体で各国スター選手を大金でかき集めている。圧倒的なオイルマネーでバブル化し、人権侵害などの悪評が広がるのを避けるため、スポーツ洗浄(スポーツウォッシング)する狙いが透けて見える。大枚を叩いて、CL参加も画策しているという。中国スーパーリーグと同じく、一部選手が恩恵を得るだけで終わりそうだが......。
もはや世界のサッカー界全体がカネにまみれている状態だ。
W杯アジア2次予選のシリア対日本は国内で放映されず、有料動画の配信もなかった。数億円とも言われる放映権を吹っ掛けられたという。
「相場を崩すべきではない」と、日本サッカー協会は、暴利をむさぼろうとするシリア側の要求を突っぱねたようだが、中東の地で戦った選手たちこそ、最大の被害者だった。
このような"ぼったくり交渉"は、今後もあとを絶たないだろう。世界中が「サッカーは儲かる」という錯覚を起こしてしまったからだ。