福田正博 フットボール原論

■2023年のJリーグはヴィッセル神戸の初優勝でシーズンが終了した。アンドレス・イニエスタら大物外国人選手の獲得や、元日本代表選手の結集など、神戸の取り組みには今後のJリーグ他チームの指針になるところがあったと福田正博氏は指摘する。

【元日本代表たちのハードワーク】

 ヴィッセル神戸がJ1リーグで初優勝した。今年のプロ野球はセ・リーグを制した阪神タイガースが38年ぶりに日本一、パ・リーグではオリックス・バファローズがリーグ3連覇したが、関西勢が躍動した流れはJリーグにもあったようだ。


優勝したヴィッセル神戸の中心だった大迫勇也(左)と武藤嘉紀(右) photo by Fujita Masato

 ヴィッセル神戸からリーグMVPに大迫勇也が選ばれた。22ゴールを挙げてアンデルソン・ロペス(横浜F・マリノス)と並んで得点王も獲得している。昨季はチアゴ・サンタナ(清水エスパルス)がシーズン14点で得点王になったことを考えると、やはり20ゴール以上を決めての得点王には価値があると感じる。

 ただ、これも吉田孝行監督の手腕があればこそだ。昨季はシーズン途中から監督に就任してダントツの最下位に沈んでいたチームを立て直すと、今季は攻守に切り替えの早い、すべての選手にハードワークを課すサッカーで、シーズン序盤戦からリーグの主役を張った。

 言葉にするのは簡単だが、神戸のようにタレントが揃うチームでこれを実行するのは容易くなかったはずだ。ましてや、チームにはアンドレアス・イニエスタがいた。チームの顔、Jリーグの顔であった選手をベンチに置く決断は、よほどの覚悟がなければできるものではない。

 大迫をはじめ、武藤嘉紀、山口蛍、酒井高徳といった国際大会や海外リーグでの経験豊かな元日本代表選手たちが、球際、攻守の切り替え、セカンドボールの拾い合いなどで体を張って戦った。彼らがそれに徹する姿を目の当たりにすれば、ほかの選手たちは手を抜けなくなる。そこに結果がついてきて、好循環が生まれたことが大きかった。

 それでも最下位の横浜FCに足元をすくわれたり、中盤で存在感を放っていた齊藤未月が大ケガを負ったりするなど、順風満帆にシーズンを突き進んできたわけではなかった。ただ、チーム状況が苦しい時に出場機会を手にした選手がしっかり仕事をした。扇原貴宏が中盤の底に入って齊藤の穴を埋め、右サイドでは佐々木大樹が成長しながらチームを助けて、見事に終盤戦を乗りきった。

 なかでも佐々木の成長は目を見張るものがあった。もともと突破力やキープ力などに高い能力を持つ選手だが、試合ごとだけでなく1試合のなかでもムラが大きかった。それが、シーズンが進むにつれてコンスタントに力を出せるようになり、一皮むけた印象を受けた。大迫、武藤と一緒にプレーしたことが、彼を変えた部分はあったのではないかと思う。

【神戸の取り組みは今後の他チームの指針になった】

 イニエスタについても触れておきたい。7月頭で神戸を退団し、優勝シーンにイニエスタはいなかったことで、「大物助っ人を加えたところでチームは強くならない」と揶揄する声もある。

 確かに大迫や武藤などの元日本代表組を集結させたことが優勝の原動力になったのは間違いないが、彼らが神戸加入を決断したのは神戸にイニエスタがいたからというのを忘れてはならないだろう。

 2018年にイニエスタを獲得し、翌年にはダビド・ビジャを加え、ルーカス・ポドルスキとのトリオで、神戸の目指すJ1優勝やアジア制覇が口だけのものではないと示した。結果的に彼らが在籍した期間にそれは叶わなかったが、クラブの本気度は多くの人たちが知るところとなった。

 クラブが変わろうとする姿勢は、言葉で表すのは簡単だが、人を信じさせるには行動しなければならない。その点において神戸のイニエスタ獲得には意義があった。

 Jリーグの人気面でも大きく貢献してくれた。イニエスタが神戸に加わってからの神戸戦の観客動員を見れば一目瞭然だが、すべてのJ1クラブが恩恵を受けている。イニエスタがいた約6シーズンで、スーパースターがいても優勝争いをする難しさを多くの人たちが理解したが、だからと言ってスーパースターは不要と結論づけるのは短絡的だろう。

 若手選手の海外移籍が加速するJリーグにおいて、スタジアムに足を運んで「生でプレーが観たい」と思わせるスーパースターの獲得は、これからもJリーグにとっては必要不可欠なもの。今後はそうした選手を獲得したうえで、優勝争いのできるチームが現れてくれることを期待している。

 神戸の取り組みでもうひとつ、今後のJリーグの指針になるものがあった。それが海外リーグでプレーした日本人選手の受け皿となり、彼らの力を優勝への原動力にする形だ。

 選手というのは、キャリアを有終の美で飾りたいと思うもの。優勝を狙えるクラブで最後の一花を咲かせたい彼らの気持ちを最大限に活かすチームづくりは、J1での成功を狙うクラブにはお手本となるはずだ。

 もちろん、一人二人を加えたところで、スーパースター獲得と同じでチーム力は大きく変わったりはしないが、彼らの力の猶予は1年限りではないため、こうした形でのチームづくりに成功すれば3、4年は安定した成績が残せるのではと思う。

【来季も混戦が予想される】

 いずれにしろ今シーズンの神戸の優勝によって、J1タイトルは久しぶりに西日本にもたらされた。2017年から2022年までの川崎フロンターレと横浜FMとの2強時代は、J1優勝争いは神奈川県のみで行なわれているような状況だったが、ようやく変化が出た。

 終わったばかりで気の早い話だが、来季のJリーグに目を少し向ければ、横浜FMは優勝を逃したとはいえ相変わらず選手層は厚く、来季も優勝争いに加わるはずだ。一方の川崎は転換期を迎えたと言っていい。鬼木達監督のもとでどう生まれ変わるのか。

 また、今季の浦和レッズは本当の意味で優勝争いに少し加わることができた。「あの試合で、あのゴールが」というような"たら・れば"を言っても優勝が遠かった昨季とは違い、今シーズンはそういうターニングポイントが少なからずあった。

 その点で少し優勝争いに近づいたシーズンだったわけだが、これはマチェイ・スコルジャ監督の力によるところが大きかった。自身のサッカー観に固執することなく、相手と自軍の戦力を見極めて柔軟に戦い方を変えたのが印象的だった。

 それだけに来季はシーズン終盤まで優勝争いができると期待していたのだが、残念ながら退任となってしまった。あれだけ有能でまだ51歳とあれば、本場ヨーロッパでのキャリアアップを狙えるだけに、仕方ないことではある。

 鹿島アントラーズはシーズン序盤に岩政大樹監督の解任もあり得るところまで追い込まれたが、そこからの反撃は目を見張るものがあった。あの力をシーズンのスタートから出せればと思うのだが、それをできないのがサッカーの難しさでもある。

 鹿島も岩政監督の退任が発表されたが、果たして来季はどうなるのか。2016年のリーグ優勝から8年目となる来季、そろそろ鹿島らしい戦いを開幕から終盤戦まで見せてもらいたいところだ。

 来季のJリーグも混戦が予想されるなか、昨季に続いて今季も3位でフィニッシュしたサンフレッチェ広島を含めて、どのクラブも優勝を狙える位置にいる。31年目となるJリーグの新時代を牽引するチームはどこか。シーズンオフの期間に各クラブがどう補強に動くかを含めて、いまから楽しみでならない。

福田正博 
ふくだ・まさひろ/1966年12月27日生まれ。神奈川県出身。中央大学卒業後、1989年に三菱(現浦和レッズ)に入団。Jリーグスタート時から浦和の中心選手として活躍した「ミスター・レッズ」。1995年に50試合で32ゴールを挙げ、日本人初のJリーグ得点王。Jリーグ通算228試合、93得点。日本代表では、45試合で9ゴールを記録。2002年に現役引退後、解説者として各種メディアで活動。2008〜10年は浦和のコーチも務めている。