Jリーグ「今季のベストゲーム&最も印象に残るシーン」は? 識者5人が振り返る
ヴィッセル神戸の優勝という結果で幕を閉じたJ1リーグ。だが結果が表しているのは真実の一部にすぎない。2023年ははたしてどんなシーズンだったのか。取材をしてきた5人のライターに「極私的ベストマッチ&最も印象に残ったシーン」を選んでもらった。
【川崎が攻撃サッカーの幕を下ろした】
杉山茂樹(スポーツライター)
ベストゲーム:第16節、FC東京対横浜F・マリノス(6月3日)
印象的シーン:国立競技場から試合の途中で帰る人々(9月24日)
第16節のFC東京対横浜F・マリノス戦は逆転に次ぐ逆転。ダイナミックな攻防と華のある得点シーンから2−3という理想的なスコアで終わる試合展開だった。FC東京はヴィッセル神戸戦(8月26日・国立競技場)でも好試合(2−2)を展開したが、横浜FM戦のほうがサッカーそのものは面白かった。
一方、9月24日の第28節、湘南ベルマーレ対川崎フロンターレ戦。川崎が2節前のセレッソ大阪戦に続き、試合開始から5バックで臨んだ試合だった。鬼木達監督は「湘南の布陣に合わせたほうが......」と述べたが、なぜ合わせる必要があったのか。攻撃的サッカーを貫いてきた川崎が、その幕を下ろした試合となった。試合は5バック対5バックの、中盤が広い大味な展開に。川崎は湘南に2−0で勝利を収めたが、お世辞にも面白いとは言えない内容だった。
舞台は国立競技場。5万4243人の観衆を集めていた。鬼木監督は「多くの観衆の前で勝てて嬉しい」と言った。しかし、スタンドは川崎のファンだけで占められていたわけではない。川崎、湘南、そしてそのどちらでもない中立的なファンによって3等分されていた。等々力ならば川崎8割、湘南2割というところだろうが、国立競技場には第三者的な立ち位置の、純粋なサッカー好き、サッカー通が訪れる。彼らは、この試合に満足しただろうか。
3階席で観戦していた観衆は、試合終盤になると実際、パラパラと席を立ちはじめた。同じく3階席にある記者席からは、その光景はよく見えた。第三者的なファンで最後まで観戦した人は思いのほか少なかったのだ。人材が欧州に流出していくなかで、求められるのは好試合であると、あらためて思わせるスタンドのひとコマだった。
【神戸と横浜FMの戦いの基軸が明確になった】
小宮良之(スポーツライター)
ベストゲーム:第9節、ヴィッセル神戸対横浜F・マリノス(4月22日)
印象的シーン:大迫勇也の無双ぶり(4月22日)
ヴィッセル神戸対横浜F・マリノスは、今シーズンを象徴する試合だった。優勝した神戸が本拠地で逆転負け、優勝を逃した横浜FMが敵地で2−3の逆転勝ちを収めた。結果とは裏腹に、それぞれの戦いの基軸がはっきりとしたゲームと言える。
優勝を決めた大迫勇也らヴィッセル神戸の選手たちphoto by Masashi Hara/Getty Images
神戸は大迫勇也中心の戦い方に完全に切り替え、終盤に投入したアンドレス・イニエスタと決別することになった。守備は前線からのプレスで押し込み、攻撃は縦に速くボールを送り込む。先制点はロングボールで相手のミスを誘って最後は汰木康也が押し込み、2点目はどんどんボールを縦につけて、左からのクロスを大迫が叩き込んだ。敗れはしたが、戦術が定まった。
一方で、横浜FMは水沼宏太、渡辺皓太、アンデルソン・ロペスの3人はボールを運んで攻めていく"マリノスらしさ"を感じさせたが、スピードとパワーに頼ったカウンター一辺倒になりがちで、ビルドアップを引っかけられることも少なくなかった。岩田智輝(セルティック)、高丘陽平(バンクーバー・ホワイトキャップス)を移籍で失い、マルコス・ジュニオールも低調で(その後、サンフレッチェ広島に移籍)、小池龍太をケガで欠いたのも痛かったが......。逆転勝利に酔う姿に、アンジェ・ポステコグルー前監督の遺産が尽きた印象を覚えた。
印象的なプレーは、やはりこの試合での大迫の無双ぶり。ヘディングゴールは豪快だった。ポストプレーはエレガントで、フリックは芸術的、ロングボールは胸で収めた。オフサイドで取り消されたが、ヒールのシュート技術も出色だった。
特筆すべきは、大迫がこの無双を、シーズンを通して続けた点だろう。年間MVPにふさわしい。もっとも、欧州から"撤退"を余儀なくされたベテランストライカーに誰ひとり太刀打ちできなかった事実も重いが......。
【ファンの期待を凌駕する極上のエンターテイメント】
原山裕平(サッカーライター)
ベストゲーム:第16節、柏レイソル対北海道コンサドーレ札幌(6月3日)
印象的シーン:広島ビッグアーチのラストマッチ(11月25日)
予想を超える乱打戦という意味で、柏レイソルと北海道コンサドーレ札幌の一戦は単純に面白い試合だった。
途中までは札幌の一方的な展開となりかけたが、リードしても攻めの姿勢を忘れないコンセプトが裏目に出て、札幌は3−3の同点に追いつかれてしまう。金子拓郎のゴールで再び突き放しながら、土壇場(後半46分)にセットプレーから失点した時には、さすがにこのままドロー決着となるかと思われた。しかし、その2分後に札幌に決勝点が生まれるのだ。
流れを失いかけても攻撃スタイルを貫き、最後の最後に勝利(4−5)を掴み取る。その拙い試合運びは突っ込みどころが満載だが、ノーガードの殴り合いこそがミシャサッカーの真骨頂だろう。試合前に喫煙所で「今日は3点とられても、4点とって勝つ」という札幌ファンの会話を耳にしていたことも、この試合の劇的さを色濃くする。ファンの期待をも凌駕する極上のエンターテイメントだった。
印象的だったのは、エディオンスタジアム広島(広島ビッグアーチ)の最終戦だ。主役は在籍20年目を迎えた青山敏弘で、演出したのはミヒャエル・スキッベ監督である。スキッベ監督は今季一度もスタメン出場のない青山に対して、1カ月前から起用を明言していた。そして青山はこの試合に向けて入念に準備を進め、「自分のすべてが詰まっている」というビッグアーチのラストマッチで見事に躍動してみせた。
さらにスキッベ監督は終盤に、今季は出番か限られていた柴崎晃誠と柏好文の2人のベテランをピッチに送り込み、今季限りでの引退を表明していた林卓人にも花を持たせた。いずれも長年ビッグアーチでプレーしてきた選手たちだ。3−0でガンバ大阪を下し、3位に浮上するという結末も絶妙で、広島の"聖地"の最終章を飾るにふさわしい、スキッベ監督の小憎らしいシナリオだった。
【歴史に刻まれるイニエスタとの別れ】
中山淳(サッカージャーナリスト)
ベストマッチ:第9節、ヴィッセル神戸対横浜F・マリノス(4月22日)
印象的シーン:イニエスタ退団セレモニー(7月1日)
J1優勝を最後まで争った両チームの直接対決は、とても印象深い試合だった。
最初の対戦となった第9節。ヴィッセル神戸のホームで行なわれた試合は、スペクタクル性という点でシーズンベスト。まず神戸は前半19分に汰木康也が先制ゴールを決め、28分に大迫勇也が加点。2点をリードしたものの、横浜F・マリノスが33分にアンデルソン・ロペス、前半アディショナルタイムに渡辺皓太のゴラッソで追いつき、タイスコアで前半終了。さらに後半82分に横浜FMが再びアンデルソン・ロペスのゴールで逆転に成功し、王者の底力を見せつけた。当時、敗れた神戸がタイトルを手にするとは想像もしていなかったが、いま振り返れば、その試合が伏線だったように感じられる。
リターンマッチとなった第29節(9月29日)は、2位横浜FMが、勝ち点1ポイント差で首位に立つ神戸を迎えた天王山だった。試合内容はスペクタクルとはほど遠いものだったが、それでも神戸は大迫のPKと武藤嘉紀の追加点を守りきって完封勝利を収めた。神戸がシーズンを戦うなかで成長した姿が、そこにはあった。
忘れられないシーンは、初優勝を果たした神戸を支えてきた名手アンドレス・イニエスタの退団セレモニーだ。7月1日の第19節、北海道コンサドーレ札幌戦。その場にいられなかったのは痛恨の極みだが、イニエスタの別れの挨拶、サポーターのチャント、その最中にゴール裏に現れたイニエスタを描いた芸術的な横断幕など、すべてが感動的で忘れられない時間だった。間違いなくJリーグの歴史に刻まれる名シーンのひとつだ。
【劇的ハットトリックを決めた選手は海を渡った】
浅田真樹(スポーツライター)
ベストゲーム:第23節、川崎フロンターレ対ヴィッセル神戸(8月12日)
印象的シーン:伊藤涼太郎のハットトリック(4月15日)
「今季のベストゲーム」と聞いて、正直、すぐに「これだ!」と思い浮かぶ試合がない。川崎フロンターレと横浜F・マリノスが質の高いサッカーで優勝を分け合った過去6シーズンに比べると、今季は全体的にレベルが低下した印象が拭えなかったからだ。
そのため、ハイレベルな攻防とか、エンタメ性に富む展開とか、本来のベストゲームとは意味合いが異なるが、今季の優勝争いの流れを決定づけた試合という意味で選んだのが、等々力陸上競技場で行なわれた川崎対ヴィッセル神戸戦である。
互いにボールを保持して攻撃を組み立てようにも、ミスが多く、チャンスを作れない展開で進むなか、ならばと、相手の背後へ大きく蹴ることをいとわなかった神戸が、前線の大迫勇也の個人能力を生かして勝利を収めた。決勝点は大迫が直接決めたFK。川崎の凋落と神戸の躍進という光と影が鮮明に表れたという意味で、今季J1を象徴する試合だった。
一方、今季の印象的なシーンとしてすぐに思い浮かんだのは、第8節、アルビレックス新潟対アビスパ福岡戦(4月15日)での伊藤涼太郎のハットトリックだ。
0−2からひとりで3点を叩き出し、新潟に大逆転勝利をもたらした展開もさることながら、そのうち2点を、決して簡単ではないワンタッチシュートで、しかも後半アディショナルタイムに決めてのハットトリックは、あまりに劇的なものだった。
そんな伊藤、つまりは今季J1の顔にもなりえたはずの旬な選手が、シーズン途中に海を渡ってしまった(シント・トロイデンに移籍)という事実に、Jリーグが直面する厳しい現状が表れているようで、そうした背景も含めて印象深い。