元J1クラブがなかなか抜け出せない下位リーグ「沼」の正体 響き渡る怒号
下部リーグは特有の引力を持っている。下へ、下へと、引きずり込まれる沼にも言い換えられる。もがけばもがくほど体力を削られる。
J2で、かつてのJリーグ盟主である東京ヴェルディが16季ぶりに昇格を決めたが、この間、ずっともがいていた。同じくオリジナル10のジェフ千葉は14年経った今もJ2で喘いでいる。大宮アルディージャに至っては、J2で苦しむうちにJ3転落が決まった。
J3でも、ガイナーレ鳥取、カターレ富山がJ2から降格後、約10年も這い上がれていない。ギラヴァンツ北九州はJ2が主戦場だったが、2023年はJ3を戦い最下位に。JFL優勝チームがライセンスを申請していなかったため、かろうじて降格を免れている。そして多くの降格クラブが、JFLから昇格したクラブに先を越される。
沼とは何なのか?
「J3というカテゴリーには、下から上がってきた選手と上から落ちてきた選手がいます」
今シーズン、松本山雅で1年間を戦った霜田正浩監督は言う。
「落ちてきたチームは『上がれる』という油断があり、上がってきたチームは『そのまま突っ走れ』という勢いを感じます。エネルギーの矢印がふたつある。だから(落ちてきた松本)山雅では『チャレンジャー』と言い続けました。元J1クラブではない、J3から這い上がる、という上向きの矢印を、選手とクラブが出さないといけなかった」
かつてJ1に属し、来季はJ3で3年目となる松本の現状は、沼の底を照らしていた。
12月2日、松本。松本山雅の本拠地であるアルウィンスタジアムは、消化試合ながら7000人もの観客を集めていた。シーズン平均集客数は8181人と、3部では驚くべき熱量だ。
その日、松本は奈良クラブを迎え、優勢に試合を進めた。能動的にボールを前に運び、前線のプレッシングもはまり、何度もチャンスを作り出していた。
「今年のテーマは、ボール中心のサッカー」
霜田監督はそう言って、こう続けた。
「ポゼッションやカウンターという分け方ではなく、相手陣内に運ぶ、ボールを前進させる、というのをやってきました。ボックスに人、ボールを入れ、そこにクロス。相手陣地でのサッカーで、前からプレッシングに行くし、適当に蹴らせてボールを回収した。それで、すごくいいシーンが作れました。最初は海外チームでプレーモデル映像を作っていたけど、半年で自分たちのプレーで作れるほどになった」
【J1と社会人のレベルが混在】
実際に松本はゴールへの道筋を感じさせ、奈良を圧倒していた。しかし敵陣からの縦パス1本を通され、呆気なく失点する。裏を取られたDFとGKが焦って交錯、まだ数的優位を保てていたが、相手をフリーにしてクロスを流し込まれた。複数の選手のミスが続く、幼稚な失点だった。
2019年にJ1を戦った松本山雅は今季、J3で9位に終わったphoto by J.LEAGUE/J.LEAGUE via Getty Images
「今日の試合の振り返りは、今シーズンを振り返るのと同じかもしれません」
霜田監督は説明するが、まさに象徴的だった。
「敵陣でサッカーをやると決め、どんどんボールを前に進め、プレッシングでボールを奪って、それはできました。でも最後が足りず、1回のミスで失点。シーズンで何回もそれをやってしまった」
率直に言って、未完成のサッカーだろう。J1と社会人のレベルが混在したような波の激しさがあった。
たとえば山口一真は、能力は高い。すばらしいターンで、カウンターでゴールに迫る瞬間があった。しかし、左へ流すだけのイージーパスは大きくずれた。また米原秀亮は、センスを感じさせる左利きボランチで、戦術眼にも優れる。相手の間に入ってセンターバックからボールを受け、それをダイレクトで戻す。ボールが右に回ったとき、彼はターンでラインを越えていたが、リターンがない。味方はガチャガチャとしたプレーで失い、台無しだった。
ひとつのいいプレーが、連続的につながらない。判断にズレが出る。それが最後の精度も狂わせ、失点に至るアマチュアレベルのミスを起こしていた。その不安定さが、1試合は良くても、次の試合で良くなくなる不安定さにもつながった。
「早い段階で手応えはあって、開幕から6試合負けなし。キャンプからやってきた効果が出てきました」
霜田監督は言ったが、そこで眉をひそめた。
「でも、それが続かない。(相手に)何もやらせない試合で勝ったあと、次も同じメンバーなのに、できなくなっちゃう。仕組みが定着できていないな、と勉強になりました。(これまでのサッカーに)戻ってしまう試行錯誤で......」
【転落したクラブの宿命】
たしかな希望もあった。多くの選手はキャリアハイに等しい活躍を遂げ、小松蓮はJ3得点王だ。
「小松は(レノファ)山口へのレンタルでうまくいかず、初めてのJ3でも結果を残せず、危機感を持った。食事から筋トレから自分で変えた。山口で一緒にやった時とは別人。いい選手だと思っていたけど、危機感で変わった。今回は、ここから這い上がる、というチャレンジャーの気持ちで矢印が上に向いていた」
小松は、矢印が上に向いた理想的選手だった。
しかし結局、松本は奈良に0−1と敗れ、9位が確定した。何度もゴールに迫ってPKまで奪いながら外し、来季もJ3だ。
試合後のセレモニーは晒し者同然だった。
「伝わってこねぇよ、言葉だけなら何とでも言えるぞ!」
社長や監督の挨拶に厳しい怒号が飛ぶ。冷えた空気は肌を刺すようだった。
「今はみなさんを納得させられる言葉が見つかりません。選手にできることは、ピッチに立って結果を残すことで、今の胸の痛みを忘れず、納得させられる結果を出します!」
主将である安東輝がそう言うと、スタンドから拍手が送られたが、悶々とした空気は残った。
そのストレスの正体は何だったのか。
かつて松本は反町康治監督に率いられ、J1を舞台に戦った記憶がある。"あのサッカーをしたら、輝かしい場所へ戻れる"。そんな幻想は今も残る。しかし、そのころからサッカーは確実に進歩し、当時のような人海戦術とセットプレーでは厳しい。何よりJ1ではいつも返り討ちに遭い、限界を示していたからこそ、舵を切ったのだ。
強いチームになるには、仕組みを整え、ボールを捨てず、ふさわしい選手を配置し、トレーニングで鍛え、試合を乗り越えるしかない。しかし幻想に引きずられる。それも沼の引力か。転落クラブは、過去とも対峙しなければならない。
「来季はメンタル面の矢印を上に向けていく。ギラギラ感。その点で、人を変える必要もあります。今シーズンでやるサッカーは決まったから、できる選手に声をかける、その効率化は図れるはず。できるようになったことも多く、希望がなかったわけではない。いいチームではなく、強いチームに」
来季も続投になった霜田監督の言葉である。