J1初優勝を決めたヴィッセル神戸でまさに「ハンパない」大活躍をしたのが、FW大迫勇也だった。ほかのFWがなかなかできない圧巻のポストプレーを含め、得点王を獲るようなパフォーマンスができたのは、どんな理由があるのか。同じFWのポジションで活躍された鄭大世氏に解説してもらった。

【チームが大迫勇也の能力を引き出した】

 大迫勇也選手は鹿島アントラーズ時代、2013年に19得点を取ってドイツへ渡りました。得点力や強みであるポストプレーがドイツでどれだけ通用するかというのは、日本のサポーターや関係者の期待するところだったと思います。


大迫勇也の圧倒的な活躍の理由を鄭大世氏が解説 photo by Getty Images

 1860ミュンヘン、ケルン、ブレーメンで通算9シーズンプレーした大迫選手でしたが、ドイツで2ケタ得点を取れたシーズンはありませんでした。それでも多くの試合に出られたというのは彼の能力の高さによるところで、それ自体すごいことだと思っていました。

 そして2021年、ヴィッセル神戸への加入でJリーグに復帰すると、ドイツ時代にはなかった点を取る余裕ができてゴールパターンも増えて、33歳になった今季、22得点というキャリアハイを記録しました。

 今季これだけ得点が取れた要因はさまざまあります。大きな要因の一つは、チーム状況の良さだったと思います。多くのサポーターやメディアは、彼が点を取ったからチームが勝てたと思うかもしれないけれど、チームが良いから大迫選手が点を取れたというのが事実だと思います。

 僕もFWだったので「自分が点を取ったから今日の試合は勝てた」と考えると思います。でもその得点に至るまでの99%を周りの選手がやってくれたことが、彼にとって追い風だったのは確かです。

 もちろん、ゴール前でのクロスを受ける動き、ポジショニングは的確でした。ただ、それは今季特別に向上したものではなく、彼がもともと持っていたものです。だから日本代表で多くの得点を取ってきました。

 つまり今年は、神戸がチームとしてうまく機能するようになったことで、ボックス(ペナルティーエリア)への進入やチャンスの数が増えて、得点も増えたわけです。つまり、チームが大迫選手の能力を引き出せるようになったのが、大きな要因だったと思います。

【武藤嘉紀のサポートも見逃せない】

 大迫選手が得点を取るシチュエーションを作ってくれたチームのなかで、とりわけ影響力が強かったのは武藤嘉紀選手でした。

 彼のボックス近辺での仕掛けというのは、大迫選手をかなり助けていたと思います。武藤選手はボックスあたりでボールを持つととにかく仕掛けて、DFを一人剥がしてくれます。それだけで大迫選手にとって2対1の状況ができ、何もせずに点が取れるシチュエーションが作られるわけです。

 武藤選手は自身でシュートまでいけるけど、大迫選手にフィニッシュを譲るようなシーンも今季はたくさんあって、彼の22得点というのは武藤選手ありきの数字だと言えると思います。

 また、武藤選手だけではなくて、佐々木大樹選手や汰木康也選手など、大迫選手に合わせられる日本人選手で周りを固めたことで、大迫勇也という軸を中心にチームのバランスが取れたのが良かったと思います。

 大迫選手は数字がついてくることで自信をより深めて、今季全試合に出場できるコンディションを維持できたところはあるでしょう。自信があるからコンディションが上がって、ポストプレーで身体を張ったあとにゴール前まで走る体力が残っているし、そこでゴールができるからさらに好循環が生まれるわけです。

 精神と肉体は密接につながっているので、もしゴールを取れずに自信を失っていたら、非常に体力を消耗するポストプレーのあとにゴール前までいく体力は残ってなかっただろうし、ここまで出場できていたかわからないですね。

【ポストプレーがうまくいくポイント】

 今季の大迫選手のポストプレーも別格だったことは、誰の目から見ても明らかです。彼があれだけポストプレーを巧みに収められるのは、いくつかポイントがあります。

 これは彼自身が話していたことですが、ポストプレーで相手を背負った時に両腕で相手の太ももを押さえること。背負って重心を落とす時、相手の股の間に体が沈んでいくので、相手は足を出してボールを蹴ろうとしてくるわけです。そこで相手の太ももを押さえれば、相手に蹴らせずにトラップができると言います。

 もう一つは相手を背負って腰を落とす時に、上の方向へ相手を押し返すこと。そうすると相手の上半身が浮くので、それで生まれた一瞬の空白の時間でボールを収められるようです。どちらも自分がトラップするための空間や時間を作るためのテクニックですよね。

 ポストプレーで難しいのは、浮いたボールをキープしなければいけないこと。ショートバウンドとか胸の高さまで上がったボールは相手にとっては触りやすくて、それを隠しながら触らせずにキープするのは本当に難しいプレーなんですよね。

 そこで自分よりも相手の体の一部が前に来ないように工夫するために、大迫選手がやっているのが先ほどのプレーというわけです。

【ポジショニングセンスとボールコントロール】

 ポストプレーは味方がボールを蹴る前のポジショニングで勝負が決まるんですが、その受ける動き、タイミングも大迫選手はレベルが高いんですよね。

 まずポストプレーは味方がボールを蹴る瞬間に、スペースとDFの間に入って相手を背負いながら掴みに行くことが大事になります。

 そこで相手が自分よりも前にいたら絶対に勝てないし、無理に行こうとすればファールになってしまいます。逆に前へ早く入りすぎると相手に身体をぶつけられてしまったり、DFが背後から自分の前へ出る動きに気がつかなかったりして、ボールを取られやすくなってしまう。

 どれだけ相手に気づかれないタイミングで、前にスッと入ることができるか。彼はそのポジショニングセンスが抜群なので、タイミングよく相手の前に入って、ボールを相手から隠しながら収めることができます。

 それからもう一つ忘れてはいけないテクニックが、ボールを受けたあとにちょっと横にずらしてコントロールするところですね。

 ポストプレーの時にボールを足元に止めてしまうと、相手に触られてしまったり、ボランチに挟まれてしまったりします。でもそこで少し横にずらすことで、背負ったDFは後追いになるし、ボランチも挟みにいけなくなるので、次のプレーの道が見えてくるわけです。

 ポストプレーが下手な選手ほど、ボールを足元に止めがちですが、うまい選手はみんなボールを横にずらして止めていますね。あるいは足元に止めたとしても次のタッチが速い。とにかくボールを速く動かして、相手の目線を変えて的を絞らせないのがポストプレーでは大事で、大迫選手はそこも非常にうまいですよね。

【ポストプレーへの信頼で神戸のプレーに勢い】

 大迫選手は華奢な上半身をしているのに、あれだけボールを収められるというのはもともとのテクニックの高さはもちろん、受ける前のポジショニングセンスが抜群で、背負う相手を抑える技術が高く、横にずらしながら次のプレーに繋げるのがうまいからです。

 正直、あれだけFWがボールを収めてくれれば、監督の仕事はほぼなくなるんですよ。相手はボールを奪われた瞬間に、まずFWへの縦のパスコースを切りにくるわけです。そこで周りの選手が動いて別のパスコースを作ってあげるというのが基本なんですけど、そこで一本のロングボールが通ってしまえば、これほど楽なことはない。

 一本のパスでポストプレーが成功すれば、他の選手がそれほど動かなくてよくなるので全体の体力的にも相当助かります。

 大迫選手のハイレベルなポストプレーが前提としてあることで、彼にボールが入った瞬間の周りの選手の動き出しが非常に速いところも、神戸の特徴だったと思います。相手DFと五分五分のボールであっても「大迫なら収めてくれる」という信頼のもと、周りがより速く、迫力を持って動き出せばチームの勢いはより生まれるものです。

 今季、神戸が優勝できたのは、運が良かった部分もあったと思います。横浜F・マリノスや川崎フロンターレが、昨季ほど調子が上がらず、神戸のようなカウンタースタイルがハマりやすいトレンドだったのもその一つです。

 ただ、その運を味方につけるくらい、絶対的なエースを最大限に生かすスタイルを確立した。エースをチーム全体で生かせるメンバーや環境が整い、シーズンを通して徹底してやり通せた。それが初優勝を掴めた大きな要因で、今季のMVPは文句なしに大迫選手だと思います。

鄭大世 
チョン・テセ/1984年3月2日生まれ。愛知県名古屋市出身。朝鮮大学校から2006年に川崎フロンターレに入団し、FWとして活躍。2010年からはドイツへ渡り、ボーフム、ケルンでプレー。その後韓国の水原三星、清水エスパルス、アルビレックス新潟、FC町田ゼルビアで活躍し、2022年シーズンを最後に現役を引退した。北朝鮮代表として2010年南アフリカW杯に出場している。J1通算181試合出場65得点、J2通算130試合出場46得点。