ゴルフファンを対象としてプラットフォームのビジネスは? illustration by Hamano Yuka

奥野一成のマネー&スポーツ講座(43)〜どんなビジネスが儲かるのか

 集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いてきた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。株式投資のような実際の投資活動についての話を聞きながら、投資家的思考法について学んできた由紀と鈴木だが、ここ3回は実践編として、野球に関するビジネスに携わる方法について考えをめぐらせてきた。

 放課後、野球部の練習が始まる前、今日も部室に集まった3人。前回、奥野先生から「何か自分たちでできそうなビジネスを考えてきてもらおうか」という宿題を出されたふたりが考えてきたこととは?

鈴木「でも先生、別に儲けることだけを考えているわけじゃないんですけど、ビジネスをやるからには利益って大事ですよね。そもそもスポーツ関連のビジネスって儲かると思いますか?」

奥野「それは誰しも考えることだよね。前回も話したけど、たとえば肖像権ビジネスで、ある程度の売り上げと利益を確保しようと思ったら、有名選手じゃないとダメだと思うな。現役時代は二軍、三軍で、名前をほとんど覚えてもらっていないような選手が、どこかの企業広告に出たとしても、ありがたいとは思ってもらえないよね。

 つまり、いくらプロ野球選手だとしても、無名選手では何のビジネスにもならないってことなんだ。

 世の中にいる大勢の人、ひとりひとりから少額ずつお金をいただいて製品・サービスを提供し、その総合計で大きな売り上げを立て、利益を得るというビジネスはもちろん"あり"なんだけど、お金持ちを相手にビジネスを行なうことができれば、製品やサービスを提供する側は効率よく売り上げと利益を上げることができる。

 たとえば野球でもテニスでもいいのだけれども、教わりたい人と教えたい人をマッチングさせるプラットフォームビジネスを想定した場合、正直なところを言えば、あまり儲かる気はしないかな。

 おそらく教えたい人は大勢いると思うんだ。そして、教わりたい人も大勢いる。ただ、教わりたい人の多くは趣味の範囲内での話だから、そんなにたくさんのお金をかけられるわけではない。実際の支払いは月払いで、金額は数千円程度だとした場合、それをプラットフォーマーと教える人とで分け合う必要があるよね。

『やる気の搾取』でもって、教える人にはお金を払わず、教える人の『教えたい』という気持ちにただ寄りかかるという手はあるけれども、それだと教える人もそのうちモチベーションが下がってしまう。すると、サービスの質がどんどん低下して、教わりたい人が離れていってしまう。つまり、サステナブルな商売ができなくなる恐れがあるんだ」

由紀「人と人をマッチングさせて利益を得るって、難しいんですね」

【さまざまなマッチングを考える】

奥野「そう。だから、たとえば利用したい人は、もちろん月額いくらというお金を払うんだけど、もう一方のマッチングさせる対象は、人ではなくてモノのほうがいいということも考えられる。モノなら『もっとお金をくれ』などとは言わないからね」

鈴木「あ、だから自動車のサブスクがあるんだ!」

奥野「自動車の場合、ガソリン代は利用者持ちになるけど、自動車を維持するための最低限のコストはかかる。まあ、それでも人間のようにうるさく『金額をもっと上げろ』などとは言わないから、その分はプラットフォーマーとしてもコントロールしやすいかもしれないね」

由紀「モノか......たとえば、まあこれは許可申請が必要かもしれないし、手続きが面倒なような気もするんだけど、学校の施設と利用者をマッチングするというのはどうでしょうか。たとえば泳ぎたい人と学校のプール。野球やサッカーをしたい人と校庭、ピアノの練習をしたい人と音楽室、というようにするんです」
鈴木「学校の施設使用権をサブスクリプション型サービスで、使いたい人に提供するってことか......。これなら元手もそんなに必要ないかもしれないなー」

奥野「なるほど、確かにいいアイデアかもしれないね。前にも一度言ったことがあると思うけど、プラットフォームビジネスには参入障壁が低く、参入障壁を築きにくいという欠点があるんだ。ちょっといいアイデアだと、すぐに競合が出てきて、熾烈な価格競争が始まって陳腐化してしまう。

 でも、学校施設を使う権利をがっちり押さえてしまえば、これ自体がちょっとした参入障壁になるかもしれないし、たとえそうならなかったとしても、何かを教えたい人と教わりたい人が集まる場ができれば、これはビジネスとして成立するかどうかという以前に、とてもいいコミュニティができるような気がするね。

 高校生のアイデアとしては、なかなかいいのではないだろうか。

 それに、学校の施設はさまざまな補助金でつくられているし、その補助金は税金から補填されているものなのだから、実際に税金を払っている人たちへの還元にもつながる。これによって地域コミュニティの活性化につながれば、学校周辺に住んでいる人たちからも喜ばれるかもしれないね」

鈴木「じゃ、高校生らしくない質問をちょっとしてもいいですか。これからプラットフォームビジネスで儲けることを考えるのだとしたら、どうしたらいいんでしょう」
由紀さん「まあ......」

【ホリゾンタルとパーティカル】

奥野「あははは。大勢の人から広くあまねく少額資金を課金していくのを『ホリゾンタル』と言って、要は水平方向に展開させていくビジネスモデルのことを指すんだ。『Facebook』や『X』(旧Twitter)のようなSNSは、まさにその典型パターンだね。非常に大きなマーケットがあるから、そこに広告などを掲載して収益を上げることもできる。

 これに対してビジネス専門的に垂直方向に展開させていく『バーティカル』な戦略というのがあって、これで有名なのが『エムスリー』という会社で、医療用のSNSサービスを提供しているんだ。

 日本人の医師の9割に当たる30万人以上が『エムスリー』のプラットフォームを利用している。そして、このプラットフォームを通じて、製薬会社が新薬の情報を提供したり、あるいは病院がお医者さんのアルバイトの募集をかけたりしているんだよ。

『お医者さんがアルバイト?』って思うかもしれないけど、実は大学病院の勤務医などはそれほど高いお給料を得ていない場合も多いため、人手不足の病院やクリニックで、比較的高額のアルバイト料で働いていたりするんだ。そんな求人の情報が、『エムスリー』のプラットフォームを通じて提供されているんだ。

 さすがにホリゾンタルのプラットフォームビジネスはすでに大手がいて、そこに対抗するのは極めて難しいけど、バーティカルなプラットフォームで、かつお金持ちを相手にすれば、『エムスリー』のように勝機はあると思うよ。スポーツを教えるプラットフォームを構築するにしても、たとえばゴルフみたいに比較的所得階層の高い人が趣味にしているようなスポーツを選べば、勝てる可能性が出てくるかもしれないね」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。