上尾シティハーフマラソンは、多くの大学にとって箱根駅伝の選考レースとなっているが、今回、大きな注目を集めたのは駒澤大学だった。現在、出雲駅伝、全日本大学駅伝を制し、箱根駅伝に勝って3冠を目指している。分厚い選手層で他校を圧倒しているが、さらにメンバーの掘り起こしや新芽の発見に余念がない。一方、ボーダーライン上や故障明けの選手は、ここでの結果が箱根の出走に大きく影響してくるが、果たして彼らの走りはどうだったのだろうか――。


上尾シティハーフマラソンで7位の白鳥哲汰と8位の庭瀬俊輝 photo by Sato Shun

「うーん、微妙ですね」

 渋い表情を見せたのは、駒澤大の花尾恭輔(4年)だ。
 
 安定感抜群で監督の信頼が厚い主力のひとりだが、今季は夏前の疲労骨折の影響で出雲駅伝、全日本大学駅伝ともに出走できなかった。
 
 全日本に勝った後、藤田敦史監督は「今回は花尾よりも他の選手が明らかによかった。ただ彼は(箱根を)絶対に走ってもらわないといけない選手」と、完全復活を期待する言葉を残した。その期待に応え、箱根出走を掴むために、花尾は上尾に向けて準備をしてきた。
 
「今回は『練習の一環でいいけど、ある程度、しっかり走ってくれ』と言われたのですが、上尾は選考レースですし、最低でも62分台を目標にしていました。13キロまでは良かったんですが、そこから体が動かなくなって......。元気になったところは見せることができたと思いますが、悪くないけど良くもない。ほんと、微妙です」

 4月の世田谷競技会以来、7カ月ぶりのレースだが、62分39秒で13位。目標タイムはクリアできたが、藤田監督は順位を重視していただけに、「微妙」という言葉が花尾の心情をよく表しているように見える。

 ただ、9月から練習を始めて、ここまで戻って来たことを結果で証明した。花尾の表情も先に光が見えているようで暗くはなかった。

「箱根では、アンカーを走りたいですね。でも、今の調子では選ばれない。もう1回しっかり練習ができれば自分の調子も上がってくると思うので、合宿でやり直してきます」

 過去の実績はもちろん、レースを外さない花尾は3冠達成には欠かせないピース。上尾でそのキッカケを掴んだことは、花尾はもちろん藤田監督にとっても大きな収穫になったはずだ。

 箱根への道筋が見えた選手がいる一方、落胆した表情を見せたのが唐澤拓海(4年)だった。大学2年時、関東インカレ5000mと10000mで日本人トップの3位に入り、箱根駅伝では1区2位でレースを作った。3年時は故障に悩まされたが、今シーズンは4月に10000mで27分57秒52の自己べストを出して復活を印象づけた。だが、6月から腰、さらに踵の故障で苦しみ、10月半ばに練習に復帰、上尾に向けて準備してきた。

「レースは、タイムよりも順位を意識していました。15キロまではなんとか前についていきました。でも、そこから差し込みが来て、粘れなかった。急ピッチで合わせてきましたが、夏も走れていないですし、練習量がぜんぜん足りていない。1年間準備して合わせてきた人と戦うっていうのは難しいですね」

 唐澤は、硬い表情でそう言った。

 レースは66分20秒、174位という結果に終わった。これが何を意味するのか。唐澤自身が、一番理解していた。

【正直、箱根はギリギリでしょう】

「うーん......この結果に納得はしていないですけど、箱根まで1か月半ぐらいしかない中で、何をすればいいのか......。箱根はこのメンバーがいる中、正直、難しい。でも、そこで自分が諦める姿勢を見せたらダメなんで、やれることをしっかりやって最後までがんばります」

 自らを奮い立たせるようにそう述べたが、思うように走れなかったショックは隠せなかった。藤田監督は、唐澤についてレース後、厳しい表情だった。

「レースは、現状を確かめる感じで走りなさいと伝えました。練習を見ていても感じていましたが、やはりスタミナが圧倒的に足りない。15キロから遅れていったので、これから突き詰めてやっていくところが明確に見えたと思います。ただ、スタミナは一朝一夕につくものではないので、彼の能力でどこまでいけるか。正直、箱根はギリギリでしょう」

 諦めかけた箱根に唐澤は、果たしてどこまで喰らいついていけるだろうか。

 庭瀬俊輝(3年)は、レース後、ホッとした表情を見せた。

 出雲駅伝、全日本大学駅伝ともにエントリーメンバーに入ったが、出走できなかった。その悔しさをぶつけるような走りを上尾で見せた。
 
「1回ペースが落ちて余裕がなくなった中でも前に追いつけたので、それは良かったんですけど、後半の途中で転倒してまって。あとは目の前の選手を追うので精一杯でした」

 全日本大学駅伝の後、右足を捻挫して2週間ほど思うような練習ができなかった。それでもなんとか調整して、62分15秒の自己ベストで8位入賞を果たした。

「自分が白鳥さんに勝ったり、他校の選手に勝ってニューヨーク行き(2位内がNYマラソンに招待)を決めたのであれば満足できますが、駒澤大学で勝負している以上、他校に負けてはいけない。記録については、このくらいで走れるかなって思っていたのですが、やっぱり勝負に負けたのが悔しいです」

 藤田監督が「勝負」を重視していただけに勝てなかったことの後悔が残るが、「走れる」ということを証明したのは大きい。あと一歩というところで出走を逃してきただけに、これでひとつ突き抜けることができるかもしれない。

「昨年は、出雲前にコロナにかかり、その後は左膝の怪我で足を引っ張ってばかりで、悔しい思いをしました。今年は4年生の力を借りながら充実した練習ができましたが、駅伝で走れていないので、箱根は絶対に自分が走るんだという強い気持ちでやっています。箱根を走れるのであれば、集団走が得意でラストを上げられるので1区を走りたいです」

 4年生がもうひとつ足並みがそろわない中、庭瀬にもチャンスは十分ありそうだ。

【自己ベスト更新も、ここからが大事】

 花尾をとともに期待されていたのが、白鳥哲汰(4年)だった。

「自分はハーフに苦手意識があったり、持ちタイムが63分だったんですけど、今回は最初から積極的に行こうと決めていました」

 1キロ2分55秒のペースで押していく中、このままいけば自己ベストは達成できると思っていた。だが、途中から気温が上がり、前半に速く入った影響で後半、キツくなった。

「早稲田の山口(智規・2年)君が残り5キロで前に出たんですけど、そのスピードでいくと打ち上がってしまうと思ったので、自分のペースに切り替えました。残り1枚のニューヨーク行きのチケットを松永(伶・法政大4年)君たちと競うことになり、粘り強く、我慢していこうと思ったんですが、後半にガクッと落ちてしまって......。タイムは61分台、順位は2位内を狙っていたので、今回は最低限の結果という感じです」

 62分14秒の自己ベストで、7位に入賞したが、満点の結果とはいかず、悔しさを噛みしめていた。白鳥は、箱根で奇跡の逆転優勝を果たした1年時、1区(15位)を走り、2年時は7区(10位)を駆けた。3年時は駅伝に絡めず、今シーズンは出雲、全日本でメンバー入りを果たせなかった。チームは2つの駅伝で優勝し、うれしさはあったが、自分が走れないことで素直に喜べない気持ちもあった。

「やっぱり走れないで見ているだけはキツイ。箱根が最後の大学駅伝になるので、何がなんでも走りたい。白鳥だったらいけると思わせないと箱根では使ってくれないので、これから本番まで気を抜かずにやっていきます」

 白鳥の結果を受けた藤田監督は、「まだまだ」という表情だった。

「今季は勝ち切るのがテーマなので、2位の松永君と最後まで争って勝ち切れると良かったんですが、今回は強さを見せることができなかった。白鳥は昨年よりはいいですが、ここからが大事というのは、選手全員に伝えている。今後の合宿で調子を上げてほしいですね」

 白鳥は、どこまで調子を上げられるか。

 今回の上尾は、庭瀬の走りや小山翔也(1年)が初ハーフで62分59秒と結果を残し、出遅れた選手の現状を把握するなど収穫があったが、67分08で203位に終わった赤津勇進(4年)や唐澤は厳しい結果に終わり、昨年、日本人1位になって箱根出走を決めた円健介のような選手は出て来なかった。
 
「このままじゃいけない」

レース後、藤田監督はそう語ったが、2冠を獲り、なお厳しさを求めるのは、絶対はない箱根に勝つため、油断を断ち、想定できるリスクを最小限にしたいからだろう。 駒澤大は隙のないマネジメントで、このまま箱根まで突っ走りそうだ。