宇野昌磨がNHK杯で収穫 ジャンプ採点基準にベテラン記者は「大会によってバラバラな面も」
宇野昌磨(トヨタ自動車)は、11月10〜12日開催の(GP)シリーズ中国杯で、2位だった。ショートプログラム(SP)はノーミスで105.25点の1位発進ながら、フリーではジャンプのミスを連発し、アダム・シャオ イム ファ(フランス)に逆転された。
そして、今回のNHK杯では、SPは2位発進。4回転トーループ+3回転トーループが回転不足となって減点され、鍵山優真(オリエンタルバイオ/中京大)に5.31点差の100.20点だった。宇野は「演技自体もすごくよかったし、点数も全然悪くない」と納得していた。
NHK杯フリーの宇野昌磨。総合2位となった
そのフリーは流れのある演技だった。曲は『Timelapse/Spiegel im Spiegel』。静かでゆったりとしたピアノの音でジャンプを跳ぶというタイミングの難しさもある曲調だが、全身を使う大きな動きのなかに力強さもにじみ出させる独特の世界を表現している。集中しきった緊張感さえも感じさせた。
ジャンプは滑らかな着氷だった。それぞれのエレメンツの技術点も速報値では、最初の4回転ループはGOE(出来ばえ点)加点も3.30点で、次の4回転フリップは2.99点。ダブルアクセルを2本つけて3連続ジャンプにする予定だったトリプルアクセルはシングルになったが、その次の3回転ループをトリプルアクセル+ダブルアクセルに変更した。
体いっぱいにため込んだ感情をじわりとにじみ出させる迫力を感じさせるステップシークエンスは、ジャッジのほとんどが4〜5点をつける滑り。そのあとの4回転トーループ+3回転トーループも、高い加点を得ていた。
単発の4回転トーループは、2回転になったが、最後のジャンプを4回転トーループ+2回転トーループにしてリカバリー。ピアノの音色のなかで最後まで緊張感を保ち続けた。最近では演技後でも変えることのなかった冷静な表情を崩して笑みを浮かべた。
「けっこう納得していましたね。本当に練習どおりに6本のジャンプをそのまま出せました。ひとつ失敗したけど、リカバリーする練習もしていたのでそれも出せた。ステファン(・ランビエルコーチ)も喜んでいたし、僕としてもすごくうれしい気持ちでした」【「先はないな」と思わされる採点基準】
だが、キス&クライで得点が表示されると、表情は変わった。演技終了時点で表示されていた技術点の速報値は106.98点だったが、正式な採点では94.94点になっていた。跳んだ4回転ジャンプ4本がすべて4分の1の回転不足と判定され、GOEは3本が0点で4回転トーループ+3回転トーループが+0.27点となっていたからだ。
フリーの結果は、186.35点で1位だったが、合計は286.55点にとどまり、中国杯に続く2位という結果。ポイントランキング5位でGPファイナル進出を決めたものの、表情は晴れなかった。
「ジャンプはけっこうきれいかなと思ったんですが、まさかループとトーループも......。あんまり覚えていないんですけど、判定が厳しかったなというのは感じています。ただ、判定は人がやるものだし、それをつけるのも人それぞれなので。回転不足をつけるのはどうなんだ、という気持ちでもないんですけど、ただ本当に言えるのは、今日のジャンプ以上のものを練習でもできる気はしない。もし、これが今後の基準になるなら、ここが僕の限界で、これ以上先はないなと思わされる試合だったなと思います」
今回は回転不足の判定が厳しかったのは確かだ。女子のフリーでも出場12人中、優勝したアバ マリー・ジーグラー(アメリカ)以外の11人は4分の1の回転不足やアンダーローテーションをとられていた。
きちんとした判定は、スポーツである限り必要不可欠だ。そして、その基準を明確にしなければいけない。だが、フィギュアスケートの現状では大会によって判定基準はバラバラな面もある。
また、各ジャッジのGOE加点や演技構成点の付け方にも、大きな差があるのが目立っている。0.01点を争う競技だからこそ、その基準を明確にしなければ、選手自身が正解をわからず迷いを生んでしまう。今回の宇野の判定には多くの関係者も疑問の声を上げていたが、改善に向かうことを願う。
それでも、宇野は「ちょっと気持ちを揺るがされるような試合だったと思いますが、今日の演技が悪いものだったとは、自分のなかでは捉えたくない」と話した。
そして一夜明けたあとの取材では、「中国杯からの短い期間のなかですごくいい調整をしたうえで、やってきたことをしっかり体現できた試合でした。いいというのはこういうものでしかないと言える演技をできたと僕は思うので、次のGPファイナルへ向けても引き続き同じような練習をしていきたいです」と述べた。
今大会で結果以上の収穫もあった。試合後の記者会見で、今季よく口にしている「表現」の面での手応えを聞かれると、こう語った。
「今回の試合は久しぶりに集中したので、演技中のことはあまり覚えてないんです。だから、今日の自分の演技をもう一度見直して、自分がどう思うかというのを見てみたいと思います」
昨シーズン、宇野は世界選手権連覇の結果を出すなかでも、その戦いの対象を自分だと捉えていた。自分に勝つことがすべてだと。フリーでの4回転5本への挑戦をやり通すと話していたのも、そんな自身の進化への希求からだった。
今大会は、大会を純粋な勝負の場として捉えることができたという。単に勝ちたいというのではなく、鍵山優真が長いケガから復帰してきて、同じ場に立つようになったからこそ感じる気持ちなのだ。
「去年、何を言ったか本当に覚えていないけど、挑戦とかを口にしたのは、自分のモチベーションをなんとかあげようとして言ったことだと思います。今年初めに『表現』と言ったのも同じで、僕がモチベーションを見つけるため。それは本当に本心でした。でも今大会に出てみて、(鍵山)優真くんのような存在がいないとそこから先のモチベーションはなかなか出てこないだろうなと思いました。
3年前にトップで戦えなくなっていた時に優真くんがグッとあらわれて、僕も頑張りたいと思った。そこからはジャンプばかりに集中しましたが、ある程度跳べるようになったから完成度を目指したいと思った。みなさんは4回転の本数を言うけど、フリーでも4回転を3本くらい跳べば、そこからは本数ではなく完成度の勝負だと思っています。
優真くんの4回転サルコウは、GOEを加えればルッツ以上の点数がもらえる。今の僕に本当に必要なのは、しっかりGOEを上げること。表現の部分でももっと体力的に頑張れるところがたくさんあると思うので、引き続きやっていけば、年末とか年明けには、すごくいいものになるんじゃないかと思っています」
不可解な部分も残るNHK杯ではあったが、宇野は結果以上のものを手にすることができたといえるだろう。
【著者プロフィール】
折山淑美 おりやま・としみ
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、これまでに夏季・冬季合わせて16回の大会をリポートした。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦らのトップ選手の歩みを丹念に追っている。