大谷翔平の「憧れるのをやめましょう」はアマ球界にも浸透 ドラフト候補たちが口にする「大谷的思考」
「憧れるのをやめましょう」
2023年3月22日、WBC決勝のアメリカ戦の試合前、侍ジャパンの大谷翔平がチームメイトに語りかけた言葉は多くの人間の胸を熱くした。圧倒的な実績を残すメジャーリーガーが相手であっても、畏れを捨てて戦う。大谷のマインドがチーム全体に乗り移った侍ジャパンはアメリカに3対2で勝利し、世界一の勲章を手にしている。
大谷が発した「憧れるのをやめましょう」は新語・流行語大賞の候補にもノミネート。激闘から8カ月が経過した今も、色あせることなく人々の記憶に刻まれている。
そして、大谷の言葉は野球ファンのみならず、次世代を担うアマチュア選手にも影響を与えている。今秋の明治神宮大会を取材していて、そのことを痛切に感じた。
今年3月のWBCで世界一を達成し、雄叫びを上げる大谷翔平 photo by Sankei Visual
青山学院大の4番打者・西川史礁(3年/龍谷大平安)を取材していた時のこと。同期の佐々木泰(3年/県岐阜商)が大学入学直後からリーグ戦で本塁打を量産していたシーンをどんな思いで見ていたのかと聞くと、西川はこう答えた。
「自分はその時にボールボーイをしていたので、ベンチにも入れないふがいなさを感じながら、同級生の活躍に刺激を受けていました。でも、それに憧れるのではなく、超えるくらいの強い気持ちで練習に取り組んでいました。ライバルだと思っていたので、(佐々木の活躍は)悔しかったですね」
佐々木から遅れること2年。西川は3年春からレギュラーを奪取し、リーグ戦で3本塁打を放ってMVPを受賞。大学日本代表に佐々木とともに選ばれ、4番打者を任されるまでに出世した。右の大砲は希少価値が高いだけに、来年のドラフト会議では佐々木とともに上位指名候補に挙がるはずだ。
もし西川がハイレベルな同期生に「憧れ」を抱いていたら、今の大活躍はなかったかもしれない。
同じく来年のドラフト候補に挙がる麦谷祐介(富士大3年/大崎中央)の言葉も強烈だった。試合後の囲み取材中、「憧れの選手はいますか?」と問われた麦谷は毅然とした態度でこう答えた。
「人に対して憧れを持ってしまったら、もう超えられないと思うんです。自分は自分、そう考えています」
大谷からの影響を強く感じさせるコメントではあるが、一流を目指すアスリートなら当然の思考なのかもしれない。
【大谷翔平は幕末が好きだった】我々メディアの人間は、取材対象のアマチュア選手に「憧れの選手」「目標とする選手」を安直に聞いてしまう。有名選手の名前が挙がれば、見出しにもなりやすい。
だが、誰かの人生をトレースしたいと考えている選手に、見る者の心を打つプレーができるのだろうか。自分は自分にしかなれない。ならば、極限まで自分を高め、まだ見ぬ自分になりたい。そう願うのがアスリートの本能なのだろう。
大谷自身、「誰かのようになりたい」と願って今の姿になったわけではない。むしろ逆だ。
筆者は花巻東高校時代の大谷にインタビューをしたことがある。好きな授業の話を聞いた時、大谷は「日本史」と答えたうえでこう続けた。
「とくに幕末が好きです。日本が近代的に変わっていくための新しい取り組みが多くて、歴史的に見ても大きく変わる時代。『革命』や『維新』というものに惹かれるんです」
大谷がドラフトの目玉格になりながら高卒でMLBを目指したのも、ドラフト会議で強行指名された日本ハムから「二刀流」という選択肢を示されて日本に残ったのも、すべては「誰もやっていないことを成し遂げたい」というパイオニア精神に突き動かされたからだろう。
今や大谷翔平という存在はアスリートの枠を超え、もはや「歴史上の人物」になった感すらある。憧れている者も世界中にいるはずだ。もちろん、大谷に憧れること自体は否定すべきではない。
それでも、ひとりの野球ファンとして夢想してしまう。大谷すらも憧れとせず、大谷を超えるべく奮闘する新たな挑戦者の登場を。