「NTT法」の廃止をめぐり、楽天・三木谷浩史社長にNTT広報室のアカウントが反論。大きな注目を集めています(撮影:風間仁一郎)

「NTT法」の廃止に向けた動きが進んでいることをきっかけに、楽天・三木谷浩史社長とNTT広報室のアカウントがX(旧ツイッター)で全面対決するという、前代未聞の戦いが勃発しています。「広報が上手い」印象ではない三木谷氏ですが、過去には「広報上手」とされた時期もありました。

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「NTT法」めぐり、楽天・三木谷浩史社長にNTT広報室がX上で反論

楽天・三木谷浩史社長とNTT広報室のアカウントがX(旧ツイッター)で全面対決。そんな前代未聞の戦いが勃発している。きっかけは「NTT法」の廃止に向けた動きが進んでいるという報道だった。

「NTT法」とはもともとは国営企業であったNTTに、民間企業との競争の公平性や公共性の観点などからさまざまな制限を課している法律だ。このNTT法廃止に向けた動きを強く批判したのが、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長だ。

『NTT法を廃止』して、国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない。携帯含め、高騰していた通信費がせっかく下がったのに逆方向に行く最悪の愚策だと思います。国民の通信の将来など全く考えてない。こんなことがまかり通ってはいけない。(三木谷氏のXより)

三木谷氏がXでこう強く批判すると、NTT広報室のアカウントが三木谷社長の投稿を引用する形で、応戦した。

「税金で整備した光ファイバー網を持つNTTの完全民営化は愚策」説の勘違い 保有資産は最終的には株主に帰属するのでこの主張はナンセンスな話です。(中略)そもそも光ファイバーはほぼ全て公社ではなく民営化後に敷設しています。(NTT広報室のXより)

「ナンセンス」という強い言葉を使って、三木谷氏らの主張を批判しているのだ。まさに前代未聞の直接対決だが、三木谷氏の旗色は必ずしも良いとは言えない。

前述の三木谷氏の投稿についた「いいね」の数は5600あまり。対するNTTは18,000を超える(いずれも11月23日現在)。「いいね」の数だけで世論を測るわけにはいかないが、実に3倍以上の差がついているのだ。

『「最後の海賊」楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』。この夏、こんなタイトルの書籍が出版された。内容は決して三木谷氏に批判的ではないのだが、「なぜ嫌われるのか」というタイトルが成立するほど、今や「不人気」であるのは間違いない。


1.8万いいねを超えた、NTT広報室による反論の投稿/出所:NTT広報室のX

このような現状を前に、楽天、あるいは三木谷氏に対して「広報が上手い」という印象を抱いている人は、ほとんどいないのではないだろうか。だが創業初期、三木谷氏は起業家として屈指の「広報上手ぶり」を見せていた。

私はかつてテレビ東京経済部の記者として、創業から数年の「広報上手」だった頃の三木谷氏を取材した。そして、現在は独立して企業の広報PRを支援する会社の代表を務めている。

そんな私の経験を基に「広報上手」だった頃の三木谷氏の姿を改めて浮き彫りにすると同時に、今日のように嫌われるようになった原因、さらに「好感度アップの打開策」まで考えてみたい。

三木谷氏の「好感度アップの打開策」

創業から1年間で、21回。これは1997年、『楽天市場』を開始してから1年間で、日本経済新聞とその系列紙に三木谷氏、あるいは楽天が取り上げられた回数だ(記事データベース「日経テレコン」より算出)。

創業間もない企業が毎月2回近いペースで日経や日経の系列紙で取り上げられるのは、極めて異例だ。まして、現在のように気軽に情報発信できるプレスリリースのネット配信サービスもない時代である。

昔のことなので日経以外に十分な記録がないが、テレビ、経済誌、他の新聞を含めれば、掲載数はその何倍にも達するはずだ。

最初に三木谷氏が日経の系列紙・日経流通新聞(現・日経MJ)で記事になったのは、1997年5月。なんと楽天がサービスを開始した初月である。

「あの三木谷氏だから、初月からすごい売上を叩き出して、メディアの注目を集めたのではないか」と思われるかもしれない。だが、三木谷氏自身が後に明かしているが、初月の流通総額は32万円。このうち、18万円は自分で購入したものだという。つまり、今のように目立った実績がない時代から三木谷氏の「広報力」だけで、記事になっているのだ。

サービス開始当初の「21本の記事」には、三木谷氏個人に焦点を当てた記事がいくつもある。そのすべてが三木谷氏を「時代のヒーロー」的に取り上げているのだが、代表的なものを見てみたい。サービス開始から3カ月後の日経産業新聞だ。

三木谷氏は興銀ではM&A(企業の合併・買収)分野で買収のアドバイザー役を務め、「一人で数億円は稼いだ」。「銀行員として恵まれていた」が、独立したのは、米ハーバード大ビジネススクール(HBS)への留学時の経験のせいだ。HBSでは自分で起業するのが最も優秀で尊敬される――。

そうした雰囲気を感じ、独立の志が芽生えた。帰国後、阪神・淡路大震災で親戚を失い、「一度きりの人生なら、独立したほうが未来が広がる」と考えた。「情報産業における日米の差を縮めたい」といい、大手デパートも「楽天市場」に出店、年末までに店舗数を250店にする考え。(1997年8月14日 日経産業新聞)

この記事にある「三木谷氏の起業ストーリー」には「メディアが好む起業家の要素」のほとんどが見事に集約されている。

最大の要素は「時代性がある」ことだ。当時はインターネットが、メディアで注目を集め始めた時期だ。インターネットという分野そのものが、まさに時代を象徴している。現在に置き換えると、AI(人工知能)か、それ以上に注目を集めている分野だった。

加えて、起業の背景にも「時代性」が強く感じられる。1997年は山一證券、北海道拓殖銀行など、「絶対に潰れない」と思われていた、日本有数の金融機関の破綻が相次いだ年でもあった。日本の未来に懐疑的な見方が広がり始めた時期だ。

エリートが阪神・淡路大震災をきっかけに起業

当時の三木谷氏は日本興業銀行に入り、社費留学でハーバード大学でMBAを取得するなど「日本の企業社会のエリート中のエリート」。そんな「超」が付くほどのエリートが日本を代表する金融機関に見切りをつけ、起業している。さらに起業のきっかけとして、2年前の阪神・淡路大震災を挙げている。

「インターネットという起業分野」、さらに「大企業への眼差しの変化」「起業のきっかけ」と、あらゆる面で「時代を捉えていた」のである。

三木谷氏の起業ストーリーが秀逸なもう一点は、「弱者の側に立っていること」だ。

楽天市場には一部、大企業も出店しているものの、圧倒的大多数の出店者が「どこの商店街にもありそうな店」だった。「シャッター街と化した商店街の店がインターネットで大成功するチャンスをつかめるかもしれない」。楽天市場はそんな「弱者の味方」としても、捉えられていたのだ。

そして最後は「起業家として掲げる志の高さ」だ。この記事では「情報産業における日米の差を縮めたい」と語っている。「今どきのベンチャー企業界隈」でよく言われるような「イグジット(出口の意。企業の売却や上場によって、投資資金を回収すること)」といった、「私利私欲」を口にしていないのだ。

三木谷氏の広報的に凄い点

最近、私はある起業家のインタビューをラジオで聴いて、「すごくもったいない」と思ったことがあった。その起業家は非常に将来性を感じさせるペット関連の事業を営んでいるのだが、ペットビジネスを手がけた理由として「市場規模が大きく、強い競合企業が存在しない」ことを挙げていた。

なんとも「正直な告白」ではあるのだが、聴く者の共感や支持を得られるものではない。というのも、聴く者は「他人の財布が分厚くなろうが、どうでも良い」からだ。「世の中を変えようとしている」。つまり「自分たちの生活を良くするために戦っている」からこそ、支持される起業家になりうるのだ。

当時でも三木谷氏はハーバード大学のMBAを取得し、「ビジネスの言葉」には誰よりも精通している。にもかかわらず、前述の「ペット業界の起業家」のような言葉は決して発していない。

創業初期の三木谷氏の広報的に凄い点は「自らのなかにあるメディアが好む要素を極めて早い段階で把握し、徹底して繰り返したこと」なのだ。おそらく初期にメディアのインタビューを受け、「こう語れば、メディアに支持される」というポイントを瞬時に肌で感じ、実践したのではないだろうか。

圧倒的多数の起業家は「自分のなかにあるメディアに支持される要素」にそもそも気づくことができない。

私が起業家の広報PRのプロデュースを行う際には、まず長時間のインタビュー取材を行って、メディア、そしてその先にいる視聴者・読者が支持する起業ストーリーの要素を掘り起こす。「ビジネスとの言葉」とも齟齬がないようにしながら、起業ストーリーを編集するのだ。創業初期の三木谷氏はこの困難な作業を「自ら」「瞬時に」行っていたということである。

さて、起業初期は「広報巧者ぶり」を如何なく発揮していた三木谷氏だが、徐々に世間やメディアの風向きが変わってくる。

最初の転機はプロ野球チームの買収だろう。当時、楽天はライブドア社長であった堀江貴文氏と球団買収を争っていた。だが、その方法はじつに対照的であった。

堀江氏がいち早くプロ野球買収の意思を表明し、「正面突破」を図ったのに対し、三木谷氏は球界の有力者に「根回し」をあらかた終えた後に意思表明し、最終的に球団を獲得に成功した。堀江氏の「若さ」と対照的な、三木谷氏の「老獪さ」を印象付ける最初の出来事となった。

球団買収後も、三木谷氏の好感度を下げる報道が相次いだ。低迷するチーム成績に業を煮やした三木谷氏が打順や選手の起用法まで、事細かに介入していると報じられたのだ。三木谷氏の「傲慢さ」を感じた人も多いのではないだろうか。

「英語の社内公用語化」は賛否の分かれる施策だ。ただ、ほとんどの会社員にとっては「自分の会社ではなくて、よかった」と思うものではないか。

ほかにも楽天が「市場」「トラベル」「ポイント」そして「モバイル」と、「お家芸」のように「シェアを握るまでは好条件で勧誘するが、後から都合よく条件変更すること」も嫌われる理由だ。

「根回しの巧みさ」「過剰な現場介入」「社内のルール変更を独断で進める」「後から都合よく条件を変える」。そんな三木谷氏の姿は「仕事はできるけど、好きになれないエリート上司」、あるいは「自分の会社の困ったワンマン社長」など、多くの会社員にとっては「身近にいる好きではない人」を思い出させるものかもしれない。

三木谷氏は楽天創業以来の危機を救えるのか

さて、三木谷氏は広報的に「かつての輝き」を取り戻すことはできるのだろうか。困難な道筋ではあるが、私は可能だと見ている。

なにしろ三木谷氏の実績は、ネット起業家としては「圧倒的」だ。買収や海外企業との提携に頼らず、ネットサービスを「自ら」立ち上げ、「次々と」成功させた起業家は他に見当たらない。過小評価されている感すらある。

Xの投稿を見ると、三木谷氏に「脇の甘さ」や「言葉の軽さ」を感じることも多い。私自身、まだ中目黒の雑居ビルに本社を構えている頃、楽天を取材したことがある。当時、三木谷氏はバランスボールに乗って、執務していた。三木谷氏に1時間ほどインタビューしたのだが、詳細は省くが「無防備さ」を感じさせる発言もあった。

Xでの投稿、そして当時を思い出すと、三木谷氏は世間のイメージとは裏腹に、じつはかなり「ピュア」なのかもしれない。いずれにしても、「攻め」と「守り」の両面で再構築の余地は大きいと言えそうだ。

楽天モバイルの業績不振が喧伝される今、楽天は創業以来の危機にあるとも言われている。そんな「第二の創業期」にもう一度、日本を代表するネット起業家の「広報巧者」ぶりが見たいと、私は思っている。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)