奥野一成のマネー&スポーツ講座(42)〜新規ビジネスのアイデアを探して

 昨年度から始まっている高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で、生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問も務めている。その奥野先生から、練習の前後などに、経済に関するさまざまな話を聞いているのが3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎だ。これまで「経済」なんて考えもしなかったが、現実の世の中の動きを反映した実践的な内容に、ふたりは引き込まれていくのだった。

 このところ、由紀と鈴木の頭のなかでは、さかんに「ビジネス」の4文字が浮かんでは消える。将来、どんな仕事に就きたいか。大好きな野球に関わる仕事に就くことはできるか。そもそも野球に関わる仕事にはどんなものがあるのか......そんなことから始まって、前回はついに「新規ビジネスの立ち上げ」にまで話題が及んだ。

由紀「そういえば以前、高校生を対象にした起業のプログラムが盛んに行なわれているという話を聞いたわ」(「第21回:起業」を官民あげて促すのはなぜか。高校の野球部生徒が社会の流れやその現状を学ぶ」)
鈴木「負けてられないですね。僕らも本格的にビジネスのアイデアを考えますか」

 ふたりがそんな話をしている野球部の部室に、今日も奥野先生が入ってきた。

奥野「鈴木君や由紀さんが、自分でもし会社を立ち上げるとしたら、スポーツ関連でどんなビジネスを考えるのかな?」

鈴木「たとえば、野球って、お金がかかるじゃないですか。WBCで世界の多くの人が野球の魅力を知ったと言われているけど、道具にお金がかかるから、プレーしたくてもできない人もいるという話を聞きました。だったら日本の中古の野球道具を海外に輸出して、世界の野球人口を増やすっていうのはどうでしょうか」
由紀「野球選手もそうですが、アスリートって、全般的に選手生命は短いですよね。だから、何かそういう人たちのセカンドライフをサポートするみたいな仕事があればいいのに、と思ったんですが......」

【中古ビジネスの難点は?】

奥野「お、ふたりとも結構いいアイデアを持っているね。

 まず、鈴木君のアイデアに対する先生の感想を言わせてもらうとね、世界に野球の魅力を広めるっていうのは、とても面白いと思う。なぜなら、野球って案外、世界的には普及していないんだよね。アジアだと日本や台湾、韓国など東アジア。あと盛んなのはアメリカと中南米。欧州で野球が盛んだという国はほとんど聞いたことがない。

 確かにある意味、野球ってお金がかかるスポーツだよね。道具もバットやグローブ、ボールといった選手が使用するものに加えて、ベースなどグラウンドで必要なものを揃えるのにもお金がかかる。世界的に普及しているサッカーなんて、極端な言い方をするとボール1個あれば、誰でもどこででも楽しむことができるからね。

 だから、日本で使われた後、それでもまだ使える中古の道具を、海外に輸出して世界に野球文化を根づかせるというのは、いいアイデアのように思えるな。

 ただ、中古品ですら買えないという国もあるかもしれない。鈴木君ならどうする?」

鈴木「そこはサブスクリプションにするとか?」

奥野「さすが、サブスクに馴染んでいる世代らしい考え方だね。確かに金額的に高価な場合、日本国内でもそうだけど、サブスクリプションはひとつのビジネスモデルになりうるかもしれない。

 ただ、敢えて難点を言うと、ハードに使えば、恐らく野球道具の寿命はかなり短くなってしまうかもしれないということかな。日本の野球人口も減っていることからすると、今後は中古の道具があまりたくさん出てこないかもしれないという問題もある。中古道具をどのようにして少しでも多く集めることができるか、そこを検討する必要があるかもね。

 次は由紀さんが考えたビジネスだけど、これは結構あり得ると思うよ。野球選手の場合、20代の後半には選手生命を終えてしまうケースも多い。20代後半で仕事を失い、それから何をするのか。プロアスリートは現役時代、1日24時間、競技のことだけを考えて生きてきたから、いざ現役を引退するとなると、もう何をすればいいのかわからなくなってしまうというケースも多いという。挙句の果てに、誰かに誘われて現役時代の人気を利用して飲食店を開店したものの、まったく商売が成り立たなくて、逆に借金を背負ってしまった......などという話をよく聞くよね。

大事なのは、『世の中一般のお金に関する常識を教える』ことかもしれないね」

由紀「年俸1億円の選手が引退して、いきなり普通の会社員になるって、ギャップが大きいんでしょうね」

【実際にあるアスリート対象のビジネス】

奥野「そうなんだよ。だから、中にはお金の使い方をコントロールできなくて、変な借金を背負ってしまったり、騙されたりする人が後を絶たない。普通の生活をしている人たちがどのような金銭感覚で暮らしているのかをしっかり理解してもらうのって、特に有名なプロアスリートの人たちにとっては、案外、大事なことかもしれないよね」

由紀「プロのアスリートが引退後も、お金をある程度、稼げるようなビジネスってあるのでしょうか?」

奥野「もちろん指導者として大成功を収める人もいるけど、どうだろうね。ただ、ちょっと参考になるかもしれないって思う例が、ひとつあるかな。

 アスリート関連だと『AthReebo』という会社がある。いわゆる『肖像権ビジネス』なんだけど、たとえば企業のホームページや広告、チラシにアスリートの肖像を使うとか、企業経営者とアスリートの対談動画や記事を掲載して企業プロモーションに使うとか、あるいはPRイベントにアスリートをキャスティングするといったビジネスを展開している。このサービスを利用したい企業は、『AthReebo』に対して月額で一定の金額を支払うと、『AthReebo』が契約しているアスリートの肖像権を使用できるというわけ。一種のプラットフォームビジネスだね。

 似たようなビジネスモデルとしては、時々、タクシーの交通広告で見かける、『中小企業からニッポンを元気にプロジェクト』というのもある。これは『中小企業のチカラ』という会社が運営していて、年会費を払っている中小企業は、『中小企業のチカラ』が契約している芸能人やタレントの肖像権を自由に使うことができるんだ。

 アスリートにとって旬の時期は短いケースも多いし、芸能人やタレントは人気稼業なので、いつ『あの人は今』状態になるか、わからないでしょう。でも、こういうプラットフォームがあれば、アスリートはプロを辞めたとしてもファンはたくさんいるだろうし、芸能人だって全盛期の人気はなくなったとしても、覚えてくれている人は大勢いる。

 そういう自分自身のブランドを持っているにもかかわらず、プロアスリートにしても芸能人にしても、自分の価値を活かしてお金に換える方法を知らないケースが結構あるんだろうね。だから、こういうビジネスが生まれてくるんだと思うよ。

 じゃあ、今日の話をヒントにして、もう一度、鈴木君と由紀さんには何か自分たちでできそうなビジネスを考えてきてもらおうか。これ、宿題ね」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。