「素材は超一級品!」ヤクルトのドラ2松本健吾が150キロを連発するようになった「ある特訓」とは?
2023年のプロ野球は阪神タイガースの日本一で幕を下ろし、各球団はすでに来シーズンに向けて新たなスタートを切っている。その手始めとしてチームが行なう重要な一歩が、10月下旬のドラフト会議で指名した選手たちとの入団交渉だ。
2023年のドラフト会議では、巨人の西舘勇陽(中央大)、西武の武内夏暉(國學院大)、広島の常廣羽也斗(青山学院大)など、即戦力となる大卒ピッチャーが複数球団から1位指名を受けて人気を集めた。
近年の補強傾向において、好投手の獲得は最優先事項のひとつ。そんななか、ヤクルトがドラフト2位で指名したのが、トヨタ自動車の右腕・松本健吾だ。ドラフト漏れから2年、松本はいかにしてヤクルトから指名を受けるまでの存在になったのか──。
ヤクルトからドラフト2位で指名された松本健吾 photo by Tokuyoshi Keiji
10月26日に行なわれたドラフト会議でヤクルトからドラフト2位指名された、名門・トヨタ自動車の「最速152キロ右腕」松本健吾。その松本が、実は過去2度も"大物食い"を果たしていたことをご存知だろうか?
まずは、東海大菅生時代。
背番号「11」で臨んだ3年夏の西東京大会・決勝で、当時の高校通算最多本塁打記録を持つ早実・清宮幸太郎(現・日本ハム)をわずか単打1本(※ほかの内訳は一ゴロ、ストレートの四球、キャッチャーへのファウルフライ)に抑え、9回を7安打2失点の完投勝利。各球団のスカウトが注目した超高校級スラッガーに見せ場を作らせず、実に17年ぶり3度目の甲子園出場を決めた。
その勢いに乗って、甲子園では背番号「1」のエースの座を再奪取し、初戦から準決勝まで計3試合に先発登板。完投含む2勝をマークし、春夏通じて同校初となるベスト4に貢献した。
次なる"大物食い"は、社会人2年目の2023年。その相手とは、元ヤクルトの度会博文を父に持ち、今秋ドラフトでは3球団競合の末にDeNAから1位指名された度会隆輝(ENEOS)だ。
【DeNAのドラ1、度会隆輝のバットをへし折った】今夏の都市対抗2回戦。ディフェンディングチャンピオン(ENEOS)vs前年の日本選手権王者(トヨタ自動車)という「事実上の決勝戦」と言われた屈指の好カードで、松本は2点リードの7回から登板した。
注目の対決は、9回裏2死一塁。1発出れば同点──という場面で訪れた。
昨大会ではMVPにあたる橋戸賞、打撃賞、新人賞の若獅子賞を獲得し、野手では史上初の三冠に輝いた度会に対し、松本はこの日最速タイとなる148キロの直球主体で押しまくる。しかし、度会もファウルで巧みに粘り、そのたびにスタンド中が大いに沸いた。
そして、カウント2-2から投じた9球目。最後は内角へのカットボールでバットをへし折り、度会を一ゴロに仕留めてゲームセット。名門ENEOSの史上初3度目の大会連覇を阻止した。
「好打者だけど負けたくない。いいコース全部カットされてメッチャ粘られたけど『絶対に抑える!』という強い気持ちで投げられた」
このシビれる対決に、笑みを浮かべて振り返った右腕は、汗を拭いながら充実感を漂わせた。
だが、好投して笑顔を見せる松本も、プロへの道のりは決して平坦ではなかった。
亜細亜大では3年秋に「寮の掃除当番をサボった咎(とが)」により、よもやの"ベンチ外"という憂き目に遭った。そして翌年、ドラフトイヤーの4年時はエースの座を任されたものの、秋の絶不調もあって無念の指名漏れ......。
そんな悔しさを胸に、松本は2年後のプロ入りを目指してトヨタに入社した。
社会人1年目は都市対抗予選で未登板ながらも、夏の本戦・準々決勝のTDK戦でリリーフに大抜擢される。すると4回を無安打&無四球、4奪三振、無失点の"パーフェクト救援"で社会人初白星をマークした。
しかも、球速が速く表示されにくく「激辛スピードガン」と言われる東京ドームで、自身初となる大台150キロを叩き出してみせた。
大舞台でいきなりの大台到達──。その理由は、不調によって登板なしに終わった都市対抗予選の直後に川尻一旗投手コーチと行なった「ある特訓」にあったという。
【折れたバットを使った特訓で150キロを連発】「川尻コーチが現役時代にやっていた『折れたバット』を使ったシャドーピッチを、毎日の日課として続けた成果」
球速がアップした秘訣を、松本はこう明かす。
いわゆる「タオルシャドー」との違いを、当の川尻コーチに尋ねてみた。
「通常のタオル(シャドー)だと、どうしても腕の振りが大きくなってしまうのが難点で......。松本の場合は身体が開きやすいこともあり、(危なくないようにヤスリをかけたうえでテーピングを施した)折れたバットのほうが適度に重さやグリップもあって握りやすいので、腕の振りをコンパクトに修正できるという利点があります」
また、「現役当時は細身の竹を使っていて『それに近いものが何かないか?』と探していたら、たまたま折れたバットがあった。というか、たくさん(笑)」ともつけ加えた。そのリサイクル精神は奇しくもトヨタ本社が掲げる『SDGs』『サステナブル』の理念にも合致して、まさに"一石二鳥"といったところか。
同年秋の日本選手権では、2回戦のパナソニック戦で自身2大大会初の先発を任された。
初回は緊張からか制球が定まらず、ストレートの四球を与えるなど得点圏に走者を出してしまう。しかし、相手の4番には「アドレナリンが出る感じ」で投げ、ボール球ながら自己最速更新の152キロを計測。結局、遊ゴロに仕留めて、先制のピンチを切り抜けた。
するとその後は、あれよあれよの快投で、結果的に許したヒットは内野安打1本のみ。亜大時代には成し得なかった150キロ台を連発すること、実に19球。威力十分の真っ直ぐに決め球のフォークやスライダーなどの変化球を織り交ぜ、計8個の三振はすべて空振りで奪ってみせた。
球数も117球の省エネ投球で、2回以降は二塁すら踏ませず、社会人初完投&初完封を飾った。また内野安打はボテボテの当たりが幸いしたもので、実質「みなしノーヒットノーラン」と言っても過言ではないだろう。
【素材は超一級品!大舞台に強いピッチングに期待】松本の球速アップに大きく寄与した川尻コーチは、プロでの活躍に太鼓判を押す。
「とにかく気持ちが強い。トヨタからプロ入りした投手で、直近だと吉野(光樹/DeNA/2022年ドラフト2位)や祖父江(大輔/中日/2013年ドラフト5位)などに比べても能力的に遜色はないですね。ただし、栗林(良吏/広島/2020年ドラフト1位)は最初から完成度が高かったので除外して(笑)。松本はまだまだ伸びシロもあって、素材は超一級品!」
また、ヤクルトの東海地区担当・中西親志スカウトは「社会人に入って球速が上がった。即戦力として評価している」と、社会人出身投手のなかで真っ先に指名された右腕に期待を寄せた。
亜大時代のドラフト指名漏れから2年後。大きく成長してスカウトの目を自らに引き寄せ、ついにプロへの扉を開いた。学生時分に慣れ親しんだ神宮球場が本拠地となるプロのステージでも「大舞台には滅法強い」ピッチングを見てみたい。