宇野昌磨が見せた純粋と達観 鍵山優真との切磋琢磨を歓迎「互いがモチベーションに」
彼の基準は明快だった。
「今日の演技はよかったし、満足しています。(11月10〜12日の)中国杯のあとから練習してきたことを出せました。ステファン(・ランビエルコーチ)にも『(ステップやつなぎが)よかった』って言ってもらえて、彼が思い描いた演技ができたのがうれしかったです」
宇野昌磨(25歳/トヨタ自動車)はそう言って笑みを浮かべている。表現者として、もの差しははっきりとしていた。だからこそ、超然として言えるのだろう。
11月24日、大阪。グランプリ(GP)シリーズ・NHK杯男子シングルのショートプログラム(SP)で、宇野は大トリで登場している。
NHK杯SPで2位となった宇野昌磨
引き締まった表情だが、口元は柔らかく、目が澄んでいた。気持ちが整理できているのだろう。事実、6分間練習ではフリップ、トーループ、アクセルを高い精度で決めていた。朝とは違う状態だった氷の感覚にもアジャストしながら、本番どおりのコースどり、入念にジャンプの入り方も確かめ、臨戦態勢に入った。
そして映画『Everything Everywhere All at Once』からの『Love you Kung Fu』、冒頭から「I love you」を連呼する歌詞が響くなか、宇野は冒頭の4回転フリップを完璧に降りている。
会場の高揚感が一気に上がる。そこからピアノの音の一つひとつを拾うように体を動かし、4回転トーループ+3回転トーループを着氷。惜しくも回転不足の判定だったが、昨シーズンまでセカンドが2回転だったのを3回転にしたことが、単純に挑戦的だった。曲に入り込んだステップはレベル4。そしてトリプルアクセルは芸術的だった。
演技直後、会場は大歓声に包まれた。イエローのバナーや日の丸が振られ、宴のような光景になった。【鍵山優真と切磋琢磨】
「(セカンドで)トリプルを跳ぶっていうのは、点数だけを追い求めなくなったという表われで。みなさん、あれだけ『トリプルを跳べ』って言っていたので、この結果でどうですかって?」
そう問いかける宇野は、子どものように楽しそうだった。
「中国杯の時は、まだ状態が整っていなくて。『表現を頑張る』とは言うけど、実際に何ができるんだ、というのはありました。でも、NHK杯では練習をこなせていたので、それを出すことができたと思います」
スコアは100.20点だった。演技構成点はトップも、4回転トーループ+3回転トーループが回転不足になり、点数を落とした。結果、105.51点をたたき出した鍵山優真の後塵を拝する2位で......。
「演技自体はよかったです。今できるものだったし、申し分ない。点数も悪くないです。表現に関し、中国杯よりも練習の成果が出せたかなと思いますし」
宇野は淡々と言った。
「(順位については)それ以上の選手がいたということで。もっとできたな、と思わせてもらえるのは、いいことだと思います。競争は、見る分には面白いはずで、やる分にはたまんないですけどね(笑)。昔よりもヒリヒリ感というか、勝負そのものにこだわるより、お互いがモチベーションになれるように、とは思いますが」
宇野は切磋琢磨を歓迎していた。ただ、誰かを倒したい、というのではない。あくまでフォーカスは自分自身だ。
「僕以上に(鍵山)優真くんの演技がすばらしかった。点数を超えるには、僕が完璧にやらないといけなかったですが、4回転+3回転が詰まった時点であやしいなって。それより、優真くんが再びこの地に帰ってきてくれてうれしく思います。2年前、彼に競技へのモチベーションに火をつけてもらいました。その時と同じく、僕が彼にとってのモチベーションになれる選手でいられるようにって」
宇野は競争に対しては終始、達観していた。彼だけのもの差しがあるのだ。
「表現が何なのか、僕にもわかっていません。正解は、それぞれの人にあって、点数をつけるのは難しい。僕にとっては、ステファンのようなスケーターの表現ですが、それも好みで。だからこそ、僕は自分が満足する表現をしたいんです」
それが「自己満足」をテーマにする理由だろう。そのアプローチでも我流を貫く。
「試合は練習で何をやるべきか、あぶり出す指標」
彼ははっきりと言う。そのスタンスはマジョリティではない。天邪鬼にも映るが本心だ。
SP1、2、3位の選手が登壇した記者会見で、宇野は外国人記者に曲で繰り返される「I love you」という歌詞の意味について聞かれ、マイクを手にしながら答えに窮した。
「あんまり面白くない答えになりますけど、何も考えていないです。中身のある返しができないことを悔しく思いますが(苦笑)。洋楽ではよくあると思いますが......本当に何もなくて、すいません」
正直な青年だ。本当のことしか言えない。その純粋さが愛される。
11月25日、フリーは『Timelapse/Spiegel im Spiegel』で幻想的な音楽世界を再現できるか。表現者には格好の舞台だ。