かつて選手権を沸かせた高校サッカー界のスターが今、プロサッカー選手として新たに生きる道を見出し、覚醒の時を迎えようとしている。

 それが、ジェフユナイテッド千葉の背番号2、郄橋壱晟である。


かつての「選手権のスター」郄橋壱晟。今度はジェフ千葉をJ1へと導けるか。photo by J.LEAGUE/J.LEAGUE via Getty Images

「僕としては、プロで試合に出られた経験がほとんどないなかで、毎試合出続けられることにすごく意味を感じていて。中盤のポジションではダメだっていう烙印を押されたわけでもないし、(中盤を)やれるんだったらやるつもりでいるし。ただ、今は与えられたポジションで精一杯やっているところです」

 そう語るプロ7年目の郄橋は今季、J2リーグ30試合に出場(うち24試合先発)し、飛躍のシーズンを過ごしているわけだが、そこに少しばかり意外な印象を受けるのは、現在の彼のポジションが右サイドバックであるからだ。

 なぜ、郄橋が右サイドバックを務めていることが意外なのか。それは、彼の経歴を振り返ればよくわかる。

 青森山田高時代、2年時からすでにレギュラーとして活躍していた郄橋は、3年になるとエースナンバー10番を背負い、高円宮杯U−18チャンピオンシップと全国高校サッカー選手権の二冠を制覇。青森山田に悲願の選手権初優勝をもたらすと同時に、MFながら初戦(2回戦)から決勝までの全5試合で得点を記録した活躍を、記憶に残しているサッカーファンは多いだろう。

 高校サッカー界屈指のMFは、高校卒業後に千葉入り。1年目の2017年には高卒ルーキーながらJ2開幕スタメンでプロデビューを果たすと、第7節で早くもプロ初ゴールを決めている。

 ところが、順風満帆に見えた郄橋のキャリアは、プロ1年目のシーズン半ばを境に徐々に暗転し始める。第23節までは21試合に出場(うち19試合先発)していたものの、第24節以降はわずか2試合の出場。それも、途中出場でわずか10分程度プレーしたのみだ。

 ルーキーシーズン後半に出番を激減させた郄橋は、翌2018年にはレノファ山口へ、2019年にはモンテディオ山形へ期限付き移籍するが、いずれのクラブでもレギュラー獲得はならず。2020年に千葉へと復帰するも、なかなかポジションをつかむまでには至らなかった。キャリアハイとなる34試合に出場した一昨季にしても、先発出場は14試合にすぎず、そのほとんどがシーズン序盤に限られた。

 郄橋が口にした「プロで試合に出られた経験がほとんどない」は、必ずしも事実を正確に表現してはいないものの、自身としてはそれが率直な実感なのだろう。

 選手権で名を馳せたMFは、プロ入り後もあくまで中盤で勝負し、ずっともがき続けてきた。だからこそ、彼の才能が異なるポジションで開花し始めていることに、意外な印象を受けるのである。

 とはいえ、飛躍のシーズンとなった今季にしても、郄橋は初めから右サイドバックだったわけではない。今季から背番号2をつけているため、右サイドバック転向はシーズン当初から予定されたものだったようにも見えるが、本人曰く、「よく言われますけど、そんなことはなく、たまたまです(笑)」。

 今季から千葉の指揮を執る小林慶行監督にポジション転向を告げられたのは、「夏ですね。(J2第21節の)いわきFC戦の週からです」。郄橋は今季に入り、いわき戦直前の第20節を含め、それまで3試合に先発出場していたが、それらはすべてボランチとしてのもの。それが突如、1週間後には右サイドバックを務めることになったのだ。

 それでも「(試合に)出続けられるなら、どこでもやりたかった」と郄橋。迷いはまったくなかったという。

「悲観することもなく、特別喜ぶこともなく。僕は試合に出られることが一番だったので、(ポジションにかかわらず)その経験を得られることのほうが大きいんです」

 すっかり右サイドバックが板についてきた感のある現在は、「やっぱり試合に出ることがすごく楽しいと思ってやれているので、(チームで)僕に求められるやり方プラス、自分の特徴を出せたらなって思っています」。

 一時は21位に沈んでいた今季の千葉は、最終的には6位に食い込み、J1参入プレーオフ進出を決めた。郄橋の右サイドバック起用と千葉が調子を上げてきたタイミングが符合するのは、決して偶然ではなかっただろう。

 郄橋は、自分が右サイドバックを務めることの価値を「ボールを持てるところだと思っています。低い位置から配球できるところ。あとは、アップダウンができるところだと思っています」。

 もちろん、いかに郄橋が優れたMFだったといえども、右サイドバックに関しては初心者である。初めて任されるポジションには難しさも感じていた。

「毎試合、毎試合、いろんな課題がありながら、坂本(將貴)コーチだったり、いろんな方に指導していただきながら、着実に、着実にやっている。それは今も変わりません」

 だが、その苦労も試合に出られてこそ。「新しいポジションですけど、毎試合課題を見つけて修正しながらやれるのが、"すごく"楽しいです」。

 穏やかな口調で話すなか、あえて「すごく」に力を込めるあたりに、郄橋の充実感が伝わってくる。

 今季の千葉がそうであるように、現代サッカーにおいてしっかりとボールを保持して攻撃を組み立てようとする時、カギを握るのはサイドバックであると言っても大げさではない。サイドバックに中盤的資質が求められる。そう言い換えてもいいだろう。

 だとすれば、もともとは中盤で卓越した攻撃センスを発揮していた郄橋の起用は、意外な印象を受ける一方で、実は適材適所。

 郄橋自身、「今とは違う戦術だったらどうかとか、他のチームに行ったらどうかとかはあると思うので、そこは僕の成長が必要だと思う」と前置きしたうえで、「今のチームのやり方はしっかり理解できていると思うので、そこではうまくハマっていると言ってもいいんじゃないかなと思います」と手応えを口にする。

 今季、"右サイドバック郄橋壱晟"という新たな武器を手に入れた千葉は、15年ぶりのJ1復帰をかけてプレーオフに挑む。

 今季のプレーオフには、奇しくも"Jリーグオリジナル10"のうち3クラブ、千葉、東京ヴェルディ、清水エスパルスが顔をそろえた。古豪がラスト1枠を争うサバイバルレースとしても注目度が高い。

 なかでも、最もJ2生活が長くなったのが千葉である。

 千葉が最後にJ1を戦ったのは、2009年シーズン。郄橋が高卒で新加入する8年も前の話だ。

 試合に出続けられる充実感を、外連味なく「最高です」と言い表わす郄橋。今年25歳となったかつての選手権のスターは、久しぶりのJ1復帰へ起爆剤となれるだろうか。

 いよいよ始まるプレーオフの注目ポイントである。