宇野昌磨の基本は他者との競争よりも自分との対峙 数字や記録に「思い入れはない」
「自己満足」
2023−2024シーズン、宇野昌磨(25歳/トヨタ自動車)は誤解を恐れることなく、今シーズンのテーマを打ち出している。その言い回しはネガティブな意味で使われることも多いが、宇野は自分と対峙するなか、そこに行き着いたのだろう。とことん"表現"にこだわるには、エキセントリックな姿勢を示す必要があったのだ。
「自分」
実際、2022−2023シーズンも己と向き合う戦いがテーマだった。その結果、宇野はグランプリ(GP)ファイナル、全日本選手権、世界選手権とタイトルを総なめにしたのである。
そう語る宇野は、もはや他者との競争心から脱却している。世界を連覇した絶対王者として、自分の道をゆく。その物語の結末は、彼自身が一番楽しみにしているということか。
NHK杯本番に向け会見に臨む宇野昌磨 photo by Kyodo News
11月23日、大阪。宇野は、GPシリーズ・NHK杯の前日練習のリンクに立っていた。グループ6人のなかで、最後にやや遅れて入ってきたが、スピードに乗った滑りを見せると、急速に体を温めていった。右足、左足と踏み込むたび、風を受けた前髪がなびいた。すぐに紺色の上着を脱いで、黒いシャツ姿になった。
いきなり、トリプルアクセルを完璧に決めている。たとえ体の軸が曲がっても、それを空中で修正できる、あるいは着氷の瞬間に立て直せる。技を完全に自分のものにしているのだろう。ジャンプを跳んでいるというよりも、操っているに近い。着氷ではぐっと下半身が沈み、両腕は大きくまっすぐに広げられ、背筋は凛と伸び、足はきれいに高く上がった。
フリーレッグひとつとっても、とにかく美しい。フリーレッグのためのフリーレッグではなく、フィギュアスケートを鍛える一環のなかで生み出されたものだからだろう。人工的な嫌らしさがなく、自然で美しく映える。
その積み上げは、宇野のベースだ。【勝負強さは運がいいだけ】
昨シーズンのNHK杯でも、現地に入って一度も飛べなかった4回転フリップを本番で成功させたことがあった。それは本人曰く「スケート人生で長くフリップを練習してきた賜物」だった。仮説、検証、改善を長年繰り返し、フィギュアスケーターとして極まりつつあるのだ。
この日も、宇野はGPシリーズ・中国杯(279.98点で2位)で苦戦した4回転フリップ、4回転ループで試行錯誤を重ねている。成功も失敗もあったが、そのたび、リンクサイドにいるステファン・ランビエルコーチと言葉を交わし、動画で確認しながら改善をほどこしていた。それは絵画に手を入れるようでも、科学的な研究のようでもあった。
フリー『Timelapse / Spiegel im Spiegel』の曲かけ練習、冒頭の4回転ループは惜しくも崩れている。しかし、4回転フリップはみごとに着氷した。改善の跡があった。
続くトリプルアクセル+ダブルアクセルのコンビネーションは、軽々と成功させている。3回転ループはやや苦しかったが、4回転トーループは出色、4回転トーループ+3回転トーループの連続ジャンプはGOE(出来ばえ点)も期待できる大技だった。最後のトリプルアクセルの転倒は、"弘法も筆の誤り"と言ったところか。
その後、宇野は失敗したジャンプを中心に修正を加えていた。一つひとつの練習が本番につながっていたし、本番は練習につながっている。そこに切れ目がないのが、いざ試合で背水の陣から逆転できる理由だろう。
もっとも、彼自身は偶然的、非論理的なことは好まない。
「僕はフワッとしたのはあまり好きではなくて。たとえば、勝負強さって運がいいだけにも思えるんです。メンタルはすごいけど、自分にとっていいことではない。基本は練習してきたことが試合に出るべきで。試合ごとに課題を見つけ、次の試合に活かせるか」
それが彼の持論であり、NHK杯を前にしても変わっていなかった。
「今日までの練習は、すごくやりがいを持ってできていました。モチベーションがどうってわからないです。でも、練習でやってきたことを試合でどう表わすのか、っていうのが自分は興味があるので」
宇野は練習を積むことで、もっと技を深めたい、と自ら突き動かされる。その衝動は極めて強い。それが単純に試合で強さとして出るわけだが、自らを追い込んでしまう諸刃の剣で、そこに指導者が必要なのだろう。
「完璧を求めすぎるな。一つひとつをやった先に、それは待っている。完璧そのものを目指すものではない」
昨シーズン、ランビエルコーチからもそうたしなめられていた。
NHK杯で宇野は過去3戦全勝と相性がいい。GP通算での10勝にも王手。連覇がかかるGPファイナル出場にもつながる。
「10勝に思い入れはないですが、皆さんに期待してもらえるようなら、全力を尽くしたいです」
宇野は彼らしく超然と言った。
「中国杯から、そんなに期間はなかったんですが、ステファンに日本へ早く入っていただいて一緒にコレオを練習したり、ジャンプは自分でやったりしてきました。とくに何をしたっていうことではないですが、プログラム全体を練習してきました。やってきたことを出しきりたいです」
淡々と言ったが、やはり自分との対峙に基本がある。メディアがつくった記録に興味はない。表現を深めるため、数字の枠に収められたくないのもあるはずだ。
今年の夏、宇野はアイスショー『ワンピース・オン・アイス』で主人公のモンキー・D・ルフィ役を好演した。表現者として、ひとつの殻を破ったと言える。表情や動きがより豊かになって、人を引き込む力も強くなった。
「表現」
それは数値化できず、自分をもの差しにするしかないのだ。
11月24日、男子シングル。ショートプログラムで宇野は映画曲『Everything Everywhere All at Once』で大トリの演技となる。