ラツィオ界隈では今、人差し指と中指をクロスさせて鎌田大地を待っている。これは「幸運を祈る」のジェスチャーだ。代表戦でミャンマーを相手に見事なミドルシュートを決めたものの、その後、ケガをして退場、ラツィアーレたちは彼の体調を心配している。なぜならこの代表ウィークが終われば、ラツィオには、リーグ、チャンピオンズリーグ(CL)、コッパ・イタリアと、たて続けにハードな戦いが待ち受けているからだ。これらすべてでラツィオがより高みに行くには、鎌田の存在は不可欠だ。鎌田はこの夏の最も重要な補強選手のひとりであり、ナポリ戦でのゴールでサポーターのハートをつかんでいる。
 
 ただ、最近の試合では出番は決して多いとは言えず、鎌田は難しい時を過ごしている。一方、中盤での最大のライバル、マテオ・ゲンドゥージは試合のたびに拍手喝さいを浴びている。鎌田の進む道は思ったよりも平坦ではなさそうだ。鎌田が6月でラツィオを去るのではと言う者もいる。

 ただし、今、鎌田が置かれている状況は、周囲が思っているほど彼にとって不利なものではない。それを理解するには、まずは以下のことを頭に入れてほしい。


ミャンマーと戦った後、ケガのため日本代表を離脱した鎌田大地(ラツィオ) photo by Sano Miki

 第一に、鎌田はラツィオの会長クラウディオ・ロティートのお気に入りだ。この夏に強力に鎌田獲得を推進したのは、他でもない会長自身だった。11月に入ってからのあるインタビューで、会長は今夏獲得したすべての新加入の選手について語ったが、彼の鎌田評はポジティブなものだった。

「彼の活躍の時は遅からず訪れると私は確信している。とても強い選手で、我々は皆、彼のことを大事に思っている。非常にいい形でスタートを切り、その後、少しスピードが落ちただけだ。彼がチームにフィットする時は必ずやってくる」

「我々は彼のことを大事に思っている」という言葉の裏には、ロティートの強い気持ちが込められている。昔気質の会長は、選手の真価を知ることに長けており、そのためには待つことが必要なことも知っている。

【唯一、気になるのは契約の形】

 たとえばフェリペ・アンデルソン。2013年に20歳でラツィオにやって来た彼だが、1年目はひどかった。出場試合数はたった13で、ゴールはなし。ヨーロッパリーグ(EL)では重要なPKで失敗し、経験不足を非難された。しかしその翌年、ステファノ・ピオリが監督に就任すると、リーグ戦で10ゴールをマークし、ブラジル代表の座も手に入れた。このエピソードからわかるのは、"ラツィオは投資した選手の成長を待つことができるチームである"ということだ(特に高額な選手については)。

 第二は鎌田のプレースタイルだ。マウリツィオ・サッリは直近のリーグ戦8試合で、鎌田を6試合で途中出場させ、2試合は完全にベンチに温存した。彼が最後にスタメンに入ったのは、9月のユベントス戦にまでさかのぼる。この試合の鎌田は、中盤でボールをとり戻し、ルイス・アルベルトにパスを出し、初アシストを決めた。

 ただ、これは鎌田らしいというよりは、ゲンドゥージ風のプレーだった。鎌田は自分からボールを入れ、散らし、ゴールエリアで存在感を示すことをより得意とする。これができるのはラツィオの中盤には鎌田しかいない。だからこそ、今の鎌田には売却の危機はない。リーグはまだ始まってからまだ3カ月しか経っていない。サッリズムを理解するには難しい。ベンチにサッリがいる限り、慣れるのに時間がかかるのは予測済みだ。

 唯一、引っかかるのが契約の形だ。鎌田の契約期間は4年だが、1シーズンプレーした後、あと3年残るかどうかを、2024年6月に決めることができるオプションがついている。

 このオプションについては、1カ月前までは単なる形式的なものに過ぎないと思われていた。しかし今は、それに関していろいろな噂が飛び交っている。特に鎌田が出場の少なさに不満を漏らしたというニュースが伝えられた後は、彼をほしがるチームの具体的な名前まで浮上してきた。ただ、ラツィオに鎌田を手放すつもりは毛頭ない。この1月においても、6月においても、だ。特にサッリは鎌田がチームを去ることを望まない。

【中盤に同じタイプの選手はいない】

「セリエAを熟知し、ローテーションに完全にフィットしさえすれば、彼は多くのことを与えてくれる。我々にとって鎌田はチームの基礎となる存在だ」

 サッリは繰り返しこう言っている。たぶん、解決が一番難しいのは戦術的な問題だろう。鎌田自身もつい最近、インタビューで「自分の唯一の問題は、戦術的に適応すること。正直に言うと、これほど出場機会が減るとは予想していなかった。チームが求めるのはルイス・アルベルトを助けることができるフィジカルな選手だということはわかっている」と述べている。

 フィジカルな選手−それはすなわち、ゲンドゥージとマティアス・ベシーノである。このふたりが、鎌田がラツィオで活躍する障害になっていることは確かだ。ゲンドゥージは絶好調で先発出場を続けており、ラツィオにとって非常に重要であるローマとのダービーマッチでも活躍した(結果は0−0だったが)。一方、鎌田はこの試合で最後の10分間しかプレーしなかった。

 チームの流れは、このように一見、鎌田にとって逆流になっているように思われるが、チームメイトたちの鎌田への信頼は厚い。スペイン代表とバルセロナ双方で世界の頂点に立ったことのあるペドロはこう言う。

「鎌田にはすばらしい才能がある。今のところ、彼にあまりそれを発揮する場は与えられていないが、それでも我々を大いに助けてくれる」

 カギはこの"助ける"という言葉にある。先にも述べたように、ラツィオの中盤には鎌田と同じタイプの選手はいない。ゲンドゥージはフィジカルでプレーは堅実、シュート力もあるし、先を読むのもうまい。しかし他の選手にいいボールを出すことは少ないし、今のところゴールも少ない。ベシーノも同じだ。

 唯一、ルイス・アルベルトだけはラツィオのプレーの手綱を握っているので、彼からレギュラーの座を奪うのは不可能だろう。だが、鎌田はサッリのシステムに、ゴールとアシスト、とりわけトレクアルティスタ(トップ下)としてゴール前に上がることを保証してくれる特異な存在だ。その能力でチームを大いに助けることができる。実際、そのことはもう何度も彼自身が証明している。だからラツィオは、彼がチームのプレーに入り込めるようになるのを待ち続けている。鎌田はこれまでリーグ戦とCLを合わせて13試合に出場している。決して多いとは言えないが、対戦相手を理解するのには役立っているだろう。

 11月25日のサレルニターナ戦は、その適応の度合いを知るチャンスでもある。不動のレギュラー、ルイス・アルベルトがイエローの累積で出場停止のため、鎌田は久しぶりにスタメン入りすると思われる。ルイス・アルベルトの代わりができるのはベシーノではなく鎌田だ。

 サッリは鎌田がアジアから戻るのが土曜の試合の直前になるため、間に合うかどうかを危惧していた。だが鎌田は腰の痛みのためにシリア戦をプレーすることなく、予定より早く代表を離脱、フォルメッロ(ラツィオの練習場)に帰って来た。初日は別メニューで練習していたが、幸いケガはそれほど深刻なものではないようだ。ラツィオにとってはまさに「ケガの功名」となるかもしれない。