湘南ベルマーレのタリクが「もったいない」と感じている日本人選手たちの行動とは
湘南ベルマーレ タリク インタビュー 後編
来日して4シーズン。湘南ベルマーレでプレーするタリクは、大好きな日本の文化をすばらしいと感じている一方で、日本人の性質に少し物足りないと感じているところもある。インタビュー後編はそんな彼の日本人評と、自身の未来についても語ってもらった。
前編「タリクが絶対に平塚に住みたいと思った理由」>>
中編「ノルウェーに移住した少年時代『サッカーがカギ』だった」>>
「僕は日本のすべてが大好きだし、住んでいる平塚のことを愛している。人々や自然を敬い、清潔さやハードワークを尊ぶ文化は、本当にすばらしいと思う。時々、世界で起きている紛争などを見聞きすると、全世界が日本のようであればいいのに、と思うことさえある」
タリクは日本の印象について、そう語った。日本の美しい四季も好み、特にインタビューをした時の季節、秋がお気に入りだという。彼の妻やふたりの子どもも、日本の生活を楽しんでいるようだ。
タリクが日本人選手たちに感じていることとは? photo by Kishiku Torao
その一方で、一般的な日本人の性質に、少し物足りないと感じているところもある。
「もちろん相手をリスペクトするのは良いことだけど、あまりに気を使いすぎて、まったく意見を言わないのは良いことではないよね。たとえば湘南ベルマーレのチームミーティングでも、自ら意見を言おうとする選手は実に少ない。
チームだから、監督のアイデアを尊重するのは間違っていないよ。でもうちの監督(山口智)はオープンな人で、選手の意見を求めることもある。でもそこで何かを話そうとする人は本当に少ないんだ」
これまでの日本の社会では、ひとつの集団にリーダーがいれば、その人の方針に従うことが良しとされてきた。それが成功の道筋と考えられていた節さえある。グループの有力者の顔色を伺い、胡麻を擦って気に入られ、出世していくことが、幸せのひとつと捉えられていたようなところもある。タリクもそれを感じている。
【何も意見しないのは本当にもったいない】「僕が思うに、日本の社会では目上の人に意見をすることが、逆らっていると捉えられてしまうことがあるのだろう。だから、従順な人が多いのだと思う。内面に何かを抱えていたとしても、それを表に出す人は少ない。
確かに監督はチームのボスであり、敬意を払うべき存在だ。あるいは僕もベテランだから、気を遣われているのかもしれない。でもだからといって頷くだけでは、チームが良くなるチャンスをみすみす逃しているようなものだ。
いろんな意見が出てくれば、それを監督が吸い上げてより良い形にすることができると、僕は思うんだ。何も意見をしないのは、本当にもったいないよ。特にフットボールは、自由な選択のスポーツだからね」
タリクは穏やかながら真剣な目をして続ける。
「この点について、僕は日本全体を変えることはできないと思うけれど、湘南のチームの空気は変えられたらいいと思ってきた。プロのフットボーラーなら、誰もがこのスポーツに対して意見を持っているはずだ。だからそれを内にとどめておかずに、仲間とシェアできるようになれば、このチームはもっともっと良くなっていくと思う。
それは監督を助けることにもつながる。監督が言ったことだけでなく、自分たちで考えて別のやり方も身につけていれば、僕たちはさまざまな状況に対応できるようになるからね。うちの監督もきっと歓迎すると思うんだ」
タリクは調和を好むが、それはまったく波風を立てないということではない。人々がそれぞれに異なる意見を述べ、チームや集団、社会にとって有益になりそうなことを採用していけば、きっとより良いものになっていくと信じているのだ。
おそらくそれは、これまでにさまざまな文化や環境に触れてきたことにより、形作られてきた考えだろう。
【将来は若者たちを手助けしたい】そんなタリクは今後、どのような未来を思い描いているのだろうか。来年2月には36歳。「年齢を考えず、つい頑張りすぎてしまって」今季3度目の負傷を抱えている彼には、現役続行以外のオプションもありそうだ。
「僕はいろんなものに興味があるんだ」と言うタリクは、インタビューが終盤になっても、少年のように目を輝かせている。
「だから今ここで何をしていくと言うのは難しいけれど、たぶん指導者にはならないかな。なぜなら、僕は約20年に及ぶ現役生活で、自分自身と家族の多くの物事を犠牲にしてきた。プロの指導者、特に監督になれば、おそらくまた同じことが続くと思う。でもね、僕はフットボールが大好きなんだ」
そう言って少し笑い、タリクは続ける。
「ひとつのオプションに、エージェントがあると思う」
8つの言語を話し、面倒見が良く、温かいハートを持つタリクなら、選手のキャリアを手助けできるだろう。彼にそう伝えると、「でもフットボールの代理人になれば、危うい人々と付き合わなければならない」とタリクは答えた。
「裏切り、カネ、ウソ、そういうものが横行する世界だ。それは僕の望むところではない。僕が何よりもやりたいのは、若者たちを手助けすることなんだ」
──では、フットボールのスクールやチームを作るのかな?
「それもできると思うけど、僕は子どもたちを商売の道具に使いたくないんだ。ヨーロッパでプレーしていた頃、毎夏、子どもたちを集めてキャンプをしていた。多くの人やクラブが手伝ってくれ、僕らはそれをフリー(無料)で開催していた。
その一方で、1日に何百ユーロも取る団体もあった。自分もそうだったけど、子どもたちはフットボールのためにカネを払うべきではないと思うんだ。それがストリートであろうと、アカデミーであろうと」
──ぜひ、それを日本でやってもらいたい。
「もし日本がノルウェーの近くにあったなら、間違いなくそうするよ。きっと平塚に住み、湘南をサポートし続けるさ。でも僕の家族や親戚(11月8日のチャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦で得点したFCコペンハーゲンのモハメド・エリュウヌシは彼の従兄弟だ)は、すごく仲が良いのに、僕らは長いこと会えていないんだ。だからおそらく、ノルウェーで次のステップを踏むことになると思う」
──でも、人生は何が起こるかわからない。
「もちろん。今はこう話しているけど、別の展開が待っているかもしれないね」
インタビューが始まって、そろそろ90分が経とうとしていた。最後にタリクは「たくさん喋りすぎてしまってごめん」と言って、右手を差し出した。握った彼の手は、柔らかくて力強かった。
(おわり)
タリク
Tarik Elyounoussi/1988年2月23日生まれ。モロッコのアル・ホセイマ出身。少年時代にノルウェーに移住し、地元のユースチームを経て18歳の時にフレドリクスタFKでデビュー。ヘーレンフェーン(オランダ)でプレーした後ノルウェーに戻って活躍していたが、2013年からはホッフェンハイム(ドイツ)、オリンピアコス(ギリシャ)、カラバフ(アゼルバイジャン)、AIKソルナ(スウェーデン)と、さまざまな国でプレー。2020年シーズンから湘南ベルマーレに所属する。FWとMFでプレー。2008年からノルウェー代表に選ばれ、国際Aマッチ60試合出場10得点。