湘南ベルマーレのモロッコ生まれFWタリクが「絶対に平塚に住みたいと思った」理由
湘南ベルマーレ タリク インタビュー 前編
Jリーグは現在、じつに多くの国から、さまざまな外国籍選手がやってきてプレーするようになった。彼らはなぜ日本でのプレーを選んだのか。日本でのサッカーや、生活をどう感じているのか? 今回は湘南ベルマーレのFWタリクをインタビュー。「地元の人々と同じように暮らすことが一番」という彼の湘南ライフとは?
中編「ノルウェーに移住した少年時代『サッカーがカギ』だった」>>
後編「タリクが日本人選手にもったいないと感じていること」>>
旺盛な好奇心と優しい眼差しを持ち、話す言語は8つを数える。モロッコで生まれ、10歳からノルウェーで育ち、プロになってからはノルウェー、オランダ、ドイツ、ギリシャ、アゼルバイジャン、スウェーデン、そして日本でプレーしてきた。
タリクは2020年に湘南ベルマーレに加入。今季4シーズン目を過ごす photo by Kishiku Torao
社交的で他者を敬う35歳のフットボーラー、タリクのことを、湘南ベルマーレの広報は「みんな大好き」と言う。予定していた30分のインタビューがほぼ3倍になって終わった今、本当にそうだろうな、と筆者も思う。彼が饒舌なのは、きっと自分の意図を相手に正確に伝えたいからだ。そして誰とでも、穏やかに意見を交わしたいのだろう。
そんな人柄は、初めて会話をした時に、どことなくわかった。あれはコロナのパンデミックが世界を襲い始めた2020年2月。そのシーズンで唯一スケジュールどおりに行なわれた開幕節の浦和レッズとのホームゲームの後、湘南でデビューした彼にミックスゾーンで声をかけた。
2−3の手痛い逆転負けの直後だ。しかもタリクはPKをバーに当ててしまっていた。スポーツメディアの常套句を使うなら、"ほろ苦いデビュー"となったわけだが、彼は初対面の取材者にきちんとした英語で丁寧に応じた。こちらの両目をしっかりと見据えながら。
疫病の蔓延により以降は接点が途絶え、こちらの仕事の状況にも変化があったため、今回が久しぶりの再会となった。それでもタリクは当時のことを覚えていた。
「確かホームゲームの後だったよね。通訳なしで話しかけてくれる人はほとんどいないので、記憶に残っているよ」
【故郷のモロッコと日本は似ている面がたくさんある】そんなふうにして緊張を解きほぐす必要もなく、長いインタビューが始まった。まずはこのシリーズ恒例の日本に来た理由から。
「あの時、僕は前所属先との契約が満了して、フリーエージェントだった。欧州のクラブからもいくつか話が来ていたんだけど、湘南からオファーをもらった時、特別な機会だと思ったよ。そして妻に、これが僕の最後の所属クラブになるかもしれないから、君が選んでいいよと言ったら、彼女は『湘南!』と即答したよ。異論はまったくなかった。なぜなら、僕も妻も未知の世界、とりわけ日本にすごく興味があったからね」
タリクはそれまで、日本を訪れたことが一度もなかった。ただし幼少期に、私たちの国が世界に誇るエンターテイメントに、すっかり虜になっていたという。
「僕はモロッコで生まれ、幼少期と少年時代をそこで過ごした。モロッコでも日本のアニメが放映されていて、『ドラえもん』や『タイガーマスク』『キャプテン翼』をいつもすごく楽しみにしていた。ちなみに『キャプテン翼』は、『キャプテン・マジド』というタイトルだった。アラブ系の国で放映されるアニメは、まずシリアに集められてそこから配給されていたようなんだけど、おそらくそこで題名が決まるみたいだね」
それ以外には性能の良い電化製品など、日本に関する典型的なことしか知らなかったが、実際に来てみると、彼が育ったモロッコと似ている面がたくさんあったという。
「モロッコでも、年上の人を敬うことや、自然を大事にすること、物事を清潔に保つことがとても重視されているんだ。それからキャプテン翼の世界にもあったように、チームの仲間がそれぞれに支え合うことも。誰であろうと自分以外の人をリスペクトする日本の文化は僕の性に合っているから、まったく問題なくスムーズに適応できたよ」
【近所の人たちとのコミュニケーションを楽しむ】タリクの場合、新しい環境に順応するというのは、どっぷりと地元に浸かることを意味する。彼はベルマーレが本拠を置く平塚市に居を構え、地域のコミュニティーにすっかり馴染んでいるようだ。
「僕は絶対に平塚に住みたいと思った。なぜなら、この小さなクラブを間近で支え、愛してくれている地元の人々や社会のことが知りたかったからだ。旅をする時もそうだけど、その土地の文化や環境を知るには、地元の人々と同じように暮らすことが一番だよね。
だから僕はこのクラブハウスのすぐそばのマンションに家族4人で暮らし始め、近所の人々やパン屋の主人、八百屋のお母さんらとすぐに顔馴染みになった。僕の日本語は本当に拙いから、最近では英語を学ぶ努力をして、僕とコミュケーションを取ろうとしてくれる人までいる。本当に嬉しいね」
きちんと生活を営み、労働を尊ぶカルチャーは、タリクにも通じるものだという。そして彼は元来、強者よりもアンダードッグを好む。
「湘南ベルマーレとその周辺では、本当に多くの人が懸命に仕事をして、このファミリーのようなクラブを支えている。もし僕がビッグクラブに加入していたら、同じ気持ちになれたかどうかわからない。でもここでは、誰もがこの小さな地元クラブを大切に思っている。だから、僕は積極的にそんな人たちとコミュニケーションを取り、彼らが思っていることや感じていることを知りたいんだ」
モロッコ出身のタリクとノルウェー出身の奥さんの子どもは、インターナショナルスクールではなく、地元の幼稚園に通い、日本語をすらすらと話すという。そして近くの公園に家族全員で行き、外国人が彼らしかいないなかでも、周囲の人々と積極的に会話したりしている。
「僕はプロのフットボーラーだけど、ひとりの普通の人間だ。スターではないし、人々と同じ目線で接したい。特に少年や少女とのやりとりが楽しいから、チームのトレーニングに来てくれたら、ハイタッチをしたり、挨拶を交わしたり、可能な限り触れあうようにしている。そうした地元ファンとのつながりは、フットボールクラブに不可欠なものだからね」
このスポーツとそれをサポートする人々に感謝するタリク自身、フットボールに大いに助けられたことがあるという。それは彼が10歳の時に、モロッコからノルウェーに移住した時のことだった──。
中編「ノルウェーに移住した少年時代『サッカーがカギ』だった」へつづく>>
タリク
Tarik Elyounoussi/1988年2月23日生まれ。モロッコのアル・ホセイマ出身。少年時代にノルウェーに移住し、地元のユースチームを経て18歳の時にフレドリクスタFKでデビュー。ヘーレンフェーン(オランダ)でプレーした後ノルウェーに戻って活躍していたが、2013年からはホッフェンハイム(ドイツ)、オリンピアコス(ギリシャ)、カラバフ(アゼルバイジャン)、AIKソルナ(スウェーデン)と、さまざまな国でプレー。2020年シーズンから湘南ベルマーレに所属する。FWとMFでプレー。2008年からノルウェー代表に選ばれ、国際Aマッチ60試合出場10得点。