「そごう・西武」を米投資ファンドに売却するなど危機的な経営状況を感じさせるが、セブン&アイの営業収益(売上)は、ここ2年で倍増しているという(写真:yamahide/PIXTA)

8月末に西武池袋本店で行われたストライキが大きな話題となった「そごう・西武」。親会社のセブン&アイ・ホールディングスは9月1日、同社を米投資ファンドに売却しました。厳しい経営状況を感じさせますが、実はセブン&アイの営業収益(売上)は、ここ2年で倍増。いったい何が起きていたのでしょうか。

佐伯良隆『100分でわかる! 決算書「分析」超入門 2024』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再構成してお届けします。

世界各地に8万店舗以上! 圧倒的売上を誇る小売業の巨人

1927年に米国の氷小売店が、牛乳や卵、パンなどを販売し始めたことからはじまったセブン-イレブン。74年に、東京・江東区に日本第1号店が誕生して以降、フランチャイズ(FC)の事業モデルにより急速に拡大。91年には米セブン本社であるサウスランド社を買収、2005年にはセブン-イレブンやイトーヨーカ堂を傘下にもつセブン&アイHD(以下、セブン)を設立しました。

同社は19の国と地域に出店しており、店舗数は約8万5,000店(国内は23年2月末、海外は22年12月末時点)。当期(23年2月期)の売上高は12兆円に迫る勢いで、コンビニ業界のみならず国内小売業でも圧倒的な規模を誇っています。


※1 2023年7月末時点で、直近の通期決算を基に比較(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

驚異的な売上を叩き出す海外コンビニ事業の実態とは?

コンビニとしてなじみ深い同社ですが、それ以外にもスーパーストア、百貨店、金融など6つの事業を展開。決算書も、これらのセグメントに分けて分析していきます。

まずは損益計算書です。


※2 営業収益は「FC店からの手数料収入(ロイヤリティ)+直営店の売上」で、セブン&アイHDの実質的な売上を表す。ただし、損益計算書上は、売上高は「直営店のみの売上」を計上しており、ここから売上原価を引いた売上総利益に、営業収入として「FC店からの手数料収入」を足し戻して表示している(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

当期の営業収益(全体の売上)は約11.8兆円で、2年前と比べ約2倍と驚異的な増え方をしています(1)。また、営業利益は2年前と比較し38.2%増の5065億円(2)、最終利益は2810億円で過去最高益を達成(3)し、絶好調にみえます。

一方、営業利益率は、2年前から2.1ポイント低下(4)。なぜ収益性が下がったのでしょうか。

事業別の売上の割合をみると、驚くことに75%を海外コンビニ事業が占めています。


※1 営業収益の各セグメントの合計額は、調整によるマイナスを含まないため、損益計算書の営業収益の数値とは異なる(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

同社は、21年5月に米3位のコンビニチェーン「スピードウェイ」を約2.3兆円で買収。米国でガソリンスタンド併設型店舗を4000近く増やしました。2年前に比べ全体の売上が激増したのは、買収により海外店舗数が急増し、海外コンビニ事業の売上が急拡大したためなのです。

一方で、収益性低下の謎に迫る鍵はFC店にあります。国内と海外のコンビニ事業の売上構成比をみてみましょう。


※2 国内コンビニ事業はセブン‐イレブン・ジャパン、海外コンビニ事業は22年12月期の7-Eleven, Inc.の数値を決算補足資料より参照。「営業総収入」「営業総利益」などの表記は同資料に基づいている(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

国内はFC店収入が89%である(6)のに対し、海外はわずか4%程度(7)。売上のなんと78%をガソリン(8)が占めています。FC店収入はロイヤリティなので原価が発生しない一方、ガソリン売上は約9割が原価として計上されます。そのため、売上段階では約10倍あった国内と海外事業の差は、原価を差し引いた営業総利益の段階で約2倍にまで縮まっています(9)。

さらに、直営店が多い海外コンビニ事業は、国内事業に比べ特に人件費(10)などの販管費が多め(11)。その結果、営業利益の差は1637億円にまで縮まり(12)、利益率では国内事業のほうが圧倒的に高くなります(13)。

増収なのに同社の収益性が低下したのは、利益率の低い海外事業の売上割合が増え、FC店が多く利益率が高い国内事業の割合が低下したことが理由だったのです。同社は今後、食を中心とするオリジナル商品を強化し、海外事業の収益性を上げる計画です。

では、ほかの事業はどうでしょうか。


(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

イトーヨーカ堂等のスーパーストアと、売却が決定されたそごう・西武等の百貨店専門店の売上はいずれも前期から大幅減(14)(15)、営業利益率は1%を下回る(16)(17)など、全社収益の足を引っ張っています。他方、金融事業は利益率が高く、営業収益(18)、営業利益(19)ともに、前期からほぼ変わらず堅調です。

買収で体は1.5倍に巨大化 より筋肉質な体つきに変化する

21年5月のスピードウェイ社の買収は、体つき(資産構成)にも大きな変化を与えています。貸借対照表をみてみましょう。


(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

当期の総資産は10.6兆円で、2年前から1.5倍に増加(20)。内訳をみると、流動資産は8.6%減少した(21)のに対し、固定資産は約2倍に増えています(22)。巨大化しただけでなく、筋肉質な体に変化したことがわかります。

流動資産の減少は、買収に伴い現預金が7685億円減少した(23)ことが主因です。対して固定資産は、買収により建物や土地(24)を取得したことで、有形固定資産が約2倍に増加(25)。さらに無形固定資産は3.7倍に増えました(26)。このうち約8割を占めるのが、のれん(27)です。スピードウェイ社の買収により、のれん額が3500億円から1.7兆円まで跳ね上がっていることからも、同社が巨額買収で勝負手を打ったことが読み取れます。

次に、これらの資産増加の元手をみてみましょう。


(出所:「100分でわかる! 決算書『分析』超入門 2024」)

買収前と比較し、負債合計は2.8兆円増加(28)。増加分のうち、流動負債は4827億円(17%)(29)、固定負債は2.3兆円(83%)(30)と、ほとんどが固定負債の増加です。なかでも社債は一昨年から前年にかけて約1兆円増えており(31)、買収資金の約半分を社債の発行によって手当てしたことがわかります。

一方、当期の純資産は3.6兆円(32)で、自己資本比率は32.9%と買収前に比べ5.5ポイント減少。ただしネットD/Eレシオは前期0.5倍から当期0.4倍に改善。数値も低く安全性に問題はなさそうです。

「そごう・西武」売却、オリジナル商品強化…経営効率化の前途は

<投資家はココに注目!>

同社は、投資ファンド等から経営の非効率性を指摘されてきた。経営効率を高める方策として、アパレルからは撤退、百貨店のそごう・西武を売却する決定を下した。譲渡関連損失として約1331億円の特別損失を計上する結果、24年2月期の連結純利益の見通しは前期比18%減の2300億円へと下方修正された(23年9月現在)。


他方、イトーヨーカ堂は、食品におけるコンビニ事業とのシナジーを見込み維持されるが、国内事業をオリジナル商品強化で成長させることができるかに注目だ。海外コンビニ事業については、今後EVへのシフトでガソリン需要が減ると見込まれるなか、事業をいかに成長させるかが課題だろう。

(佐伯 良隆 : グロービス経営大学院教授(ファイナンス))