『ONE PIECE』は大きな期待を背負って製作された(画像:Netflix提供)

黒船襲来と話題になったNetflixの日本参入から、9月1日で8年が経過した。

全世界の有料会員数は2億3000万を超え、一時期はFacebookやApple、GoogleなどのIT大手企業とならんで「FAANG」とくくられるなど、Netflixは「海外」のIT系サービスという印象を持つ人は少なくないかもしれない。

ただ、実はこの8年の間に、『鬼滅の刃』や『SPY×FAMILY』のような日本発のアニメがNetflix経由で世界中で視聴され、『全裸監督』や『サンクチュアリ-聖域-』のような日本発のドラマも海外で視聴されるようになった。また、実写版『ONE PIECE』が世界中で大ヒットのデビューをかざるなど、Netflixにおける「日本」の存在感は間違いなく増してきている。

今後、Netflixは日本のコンテンツ産業をどこへ導こうとしているのか。Netflixで日本のコンテンツのトップを務める坂本和隆氏に、noteプロデューサーでありブロガーの徳力基彦氏がインタビューした。

日本参入当時の状況は?

Netflixの日本参入から8年が経過しましたが、坂本さんは8年前の参入のタイミングからNetflixにおられました。この8年を振り返ってみて、どうですか?

坂本:やっぱりハードでしたね。最初日本でのNetflixの認知度は低かったので、キャストや事務所、クリエイターの方も含めて、サービスを理解してもらうための時間が最初はとても大切でした。

アメリカ企業だからすぐ撤退するだろうみたいなことも言われていましたし、私自身も実は面接の時にグレッグ・ピーターズに同じことを質問しました。

ただ、当時から彼は、日本市場に長い目で取り組むという覚悟があったんですね。日本がアジアの中心として動いていくべきで、ハリウッドからの遠隔操作だと無理な市場だということを理解していたので、私のような人材が必要だから来てくれと言われて、入社を決めたことをよく覚えています。でも、予想以上に最初の数年はハードでした。

この8年間で、当時予想してたよりもうまくいかなかったことを一つ挙げるとしたら何ですか?

坂本:特にスタートの段階で、日本の実写ドラマの可能性を理解してもらうのに時間がかかったことですね。当時は、「日本にそもそも海外で見られる作品がどれぐらいあるんだ?」という実績ベースでの議論になってしまうと、やはりしっかりした投資を確保するのが難しい時期が続きました。

どういうふうに、ここから自分たちの色というか、Netflixならではの作品を出していくのかというところに注力して作っていくプロセスに、どうしても3年ぐらいかかりましたね。

その流れでようやく出せたのが『全裸監督』でした。作品の開発からその制作過程含めて、配信までは本当に時間がかかりました。ただ、大変だった分、あそこが一つのゲームチェンジのポイントになった気はしています。


Netflixで日本コンテンツを統括する坂本和隆氏(左)とインタビュアーの徳力基彦氏

『全裸監督』で流れが変わる

『全裸監督』でNetflixの印象が大きく変わった感じはありますよね。どこにでもある番組を配信する「動画配信サービス」ではないんだという。逆に、思ったよりうまくいったことはなんですか?

坂本:やはり『全裸監督』以降の流れで、その後の自分たちが関わった日本の作品が世界中でみられていく勢いというのは、想像を超えていましたね。特に『今際の国のアリス』シーズン2が、90カ国以上でトップ10入りしたのは本当に嬉しかったですし、『First Love 初恋』や『サンクチュアリ -聖域-』も本当に多くの人に観ていただきました。

さらに直近のゲームチェンジ事例で言うと、やはり実写版『ONE PIECE』ですね。

特にマンガベースの実写化をアメリカで作ったものって、まだ5つぐらいしかないんですね。それが、やはり『ONE PIECE』という日本でも最も大きなIPの一つで、Netflixでも初めて社内の中で日米含めたタッグを組んだ作品で、これだけの結果を出せたのは本当に嬉しいです。

実写版『ONE PIECE』はハリウッドのチームだけでなく、日本側のチームも一緒に動いていたんですね。

坂本:例えば、ハリウッドの中でのストーリーテリングのメソッドだと、一般的には主人公のキャラクターが大きく強く成長していく過程が必ず必要だと考えられているんです。

一方で、『ONE PIECE』ではルフィは最初から強くて、ルフィの影響で周りがどんどん変わっていくという、ハリウッド的な王道とは違う尾田先生ならではのキャラクターの行動原理があります。そういう違いをNetflixの制作チームが、どういう風に理解するかっていう過程がとても大切だったんです。

『ONE PIECE』は本当にたくさんのコアなファンの方がいて、実はファンの方って、7割ぐらいは別に実写は見たくないという思いもあったりするんですよね。

だからこそ、マンガ原作のDNAを深く理解するというところに注力して、この作品を通してNetflixに2億3000万世帯以上の方がいる中で、コアファンはもちろんですが、特に初めて『ONE PIECE』に触れる人を増やすことを目指しました。

Netflixの場合、「グローバルワンチーム」であることが多分最大の強みというか特徴で、それによって作品を作っていく表現の幅が大きく広がるという手応えがあります。

その特徴を生かした制作体制で取り組んだ『ONE PIECE』が、今までにない規模で、想像を超える多くの人たちに喜んでいただけたのは、本当に嬉しかったです。

『ONE PIECE』に巨額予算が投じられた訳

今回Netflixが桁外れの巨額の予算を、日本のマンガである『ONE PIECE』に投下したという記事を拝見して、最初信じられなかったんですけど、なぜ可能だったのですか? アメリカでは、そこまで『ONE PIECE』の認知度は高くなかったですよね?

坂本:日本の『ONE PIECE』のポテンシャルであったり、100巻以上あるという歴史も含めての重みは、最初から深く理解してくれましたね。Netflixは「グローバルワンチーム」なので、実はアメリカと日本の人間の距離がすごく近いんですよ。

実は8年前は英語至上主義の会社だったんですけど、「それだと才能が枯渇してしまうから、そこは変えたい」と当時のリード・ヘイスティングCEOと直接提案したら、「面白い、だったら挑戦してみろ」と言ってくれたんですよね。

その結果、今は英語力ではなく才能を重視して採用ができていますし、今だと、トップが日本に来たとしても、会議で英語で議論するのではなく、トップは日本語の議論を通訳経由で聞くようにしてます。

そういうことも含めて、今のNetflixは本当に各国の現場を尊重してくれるので、『ONE PIECE』の可能性を説明する大変さはほぼなかったですね。

Netflixは、アニメが世界に広がるきっかけにもなっている印象があるんですが、坂本さんからすると、日本のコンテンツが世界にも通用する、という手応えを明確に感じたタイミングはいつですか?

坂本:この8年間で、『全裸監督』の流れや、アニメのラインナップ拡大など、確実に少しずつ醸成されてきた感じではあるのですが、『今際の国のアリス』が、やっぱり歴史的な一つの転換期でしたね。

その後に韓国発の『イカゲーム』がヒットをして、それに引っ張られるように『今際の国のアリス』もトップ10に再浮上しましたし、その勢いもあって、その後のシーズン2がさらに大きな反響を得ることができたのは大きかったと思っています。


ヒットによりシーズン2も製作された『今際の国のアリス』(画像:Netflix提供)

私も『今際の国のアリス』を見たときに、「韓国ドラマのようなクオリティの高い作品は日本の製作会社は作れない」とこれまで散々聞いてきたけど「作れるじゃん!」と感動したんですよね。「日本では作れない神話」は一体なんだったんでしょうか?

例えば制作予算というのは、一般的に過去の実績に基づいて統計学的に出してくるケースが多いですよね。一方で、Netflixで私たちがやろうとしているのは、過去にやったことのないことをどういう風にやるかということなので、統計学にはまらないんです。

もちろん、ビジネスですから回収しないと次につながらないので、日本の実写でも世界に見られるという実績を積みながら予算の規模を大きくしてきた8年間のステップだったと考えています。

そうしたステップにより、それぞれの作品に合わせた適切な予算を確保することができたのが大きいです。

Netflixでは、必ずしも大作だからハリウッドで作る、小規模だから日本で作るという判断はしないんです。『ONE PIECE』は、原作の世界観と多様性あるキャラクターを考えると、英語が主言語のハリウッド制作が望ましいですし、『幽☆遊☆白書』は日本的な世界観が物語の舞台なので、日本語、日本人で制作することが原作に忠実であり、オーセンティックであるという判断をしています。

一方、Netflixは、決断がとても早いので、うまくいかなかったら、やめるという判断もとても早いんですよね。だから、我々としてもシンプルに勝ち筋をそれぞれの作品でどう作るかというのはとても重要です。

どのくらいの方が最後まで見てくれたのか、1話だけ見てやめてしまう人が増えていないか、見た人が周りの人に話しているかということにはつねに注目しています。

日本の製作者が変わるべき点

そういった視聴データもすべて取れているのも大きいですよね。Netflixの影響もあり、日本のコンテンツはアニメだけでなく実写ドラマも世界に通用するというのが証明されはじめてますが、日本のコンテンツ製作者やコンテンツホルダーは、今後世界に向けた挑戦をするために、何を変えるべきだと思いますか?

坂本:一つには、プロデュース側がどういう制作環境で、その方たちを受け入れるかってことが、とても大切だと思っています。例えば、『パラサイト 半地下の家族』という韓国映画がアカデミー賞を取りましたが、あの企画はたぶん普通に話が来た場合、日本だったら非常に小さな制作予算でどう作るかという流れになっていた可能性が高いと思うんですね。

この感覚が、従来の日本と海外で大きく違うと考えています。それはどちらかというと、プロデュースの一つの責務ですね。

もう一つは、制作側もそこに入る以上、どう回収に持っていくかっていうお互いのコミットメントの中で、双方のコラボレーションやコミュニケーションの距離を密にするということがとても重要だと思います。

例えば日本の場合、監督史上主義がとても強い傾向としてありますけど、アメリカの場合、ショーランナーというドラマシリーズ全体のクリエイティブを統括する方がいて、脚本家も監督も複数いるやり方をしていたりします。そういった、クリエイティブのチームワークの体制についても、柔軟にいろんなやり方を提示して、考え直してよいと思います。

今後、日本のコンテンツでどういうカテゴリーに注力するかなど、優先順位はつけているのですか?

坂本:最初の頃はアニメや実写ドラマでも恋愛エリアとかSFに注力をしていたんですが、今はほぼ全ジャンルになっています。ヒューマンドラマやコメディも入ってきますし、サスペンスも入れていきたいなと思っています。『離婚しようよ』などは、その一つですね。

われわれとしては、各ジャンルでベストインクラスのものを出していきたいという思いがあるので、一つ一つのジャンルを丁寧に検証してプログラミングを重ねていきたいなという思いがあります。

Netflixはどういう会社?

Netflixというと「動画配信サービス」というくくりで捉えてしまっていたのですが、お話を伺っていると、そういう事業ドメインで考えていないですよね。坂本さんはNetflixをどういう会社だと考えているのでしょうか?

坂本:Netflixは、ある意味でやっぱりイノベーションを起こした会社だと思うんですよ。このイノベーションを起こし続けられる会社っていうのは、とても重要だと思うので、Netflixはイノベーションを起こせる環境があり、そのための人材とアイデアを受け入れる、その風土をとてつもなく大切にしていることが最大の強みだと思います。

企業ミッションとして「entertain the world」という、世界をいかに楽しくさせるかというものを掲げているので、コンテンツを通して世界をいかに楽しくさせるか、ということに邁進している会社だと思います。

「世界一楽しい会社」という印象はありますね。「ライバルは?」とよく聞かれるんですけど、変な話、ライバルは食事です。食で1日に3回感動する人もいるので、全然ジャンルが違うんですけど、食というエンターテインメントってめちゃめちゃ強いと思うんですよね。Netflixは余暇の時間をいただく立場なので、そういった感覚を持っていますね。

やっぱり「エンターテインメント」会社なんですね。日本のメディア企業は自分たちを「テレビ局」とか「新聞社」とか「映像制作会社」とか媒体や業態として定義しがちな印象があるんですけど、Netflixの本質がわかった気がします。

(徳力 基彦 : noteプロデューサー、ブロガー)