東京はエリアが変われば、街の色が変わる。それぞれの街が特徴的なのは、住人の個性によって変化するからだ。

東カレが、街に住まう人々やレストランを徹底取材して、その個性をご紹介しよう。

今回は、昔ながらの風情を残しながらも、個性溢れる魅力的なお店が溢れるエリア「幡ヶ谷」に注目!

東京の街の個性を徹底調査する連載「東京ご近所探訪」。過去にご紹介した街も、要チェック!


今月のエリア【幡ヶ谷】


今回フィーチャーするのは、京王新線幡ヶ谷駅の南北に広がるエリア。新宿から電車で約3分、タクシーでも10分ほどの立地だ。

京王新線の両隣の駅(初台、笹塚)とは駅間が近く、それぞれ徒歩10分ほどしか離れていない。

それゆえ「笹幡初(ササハタハツ)」とセットで語られることも多いが、その中で幡ヶ谷はどのような存在なのだろうか。


“ここにしかないもの”が点在するのが魅力

甲州街道沿いとエリア西端の中野通り沿いを除き、幡ヶ谷には高い建物がほとんどなく、商店街と静かな住宅街がある。北側の幡ヶ谷2丁目のオリンパス跡地は再開発が予定されており、住民からの期待が高まっている


「幡ヶ谷」として認識されている範囲を住所でみてみると、南から北に向かって、渋谷区の西原1、2丁目、幡ヶ谷1〜3丁目、本町5、6丁目と中野区南台1、2丁目あたりまで。

甲州街道で南北が分断されていることもあって、南側と北側では街の雰囲気も大きく異なる。

40年以上の歴史と実績を持つ地元の不動産店『ベラテック販売』の賃貸営業部長、石澤 忍さんによれば「甲州街道の南側に広がる西原は代々木上原から続く落ち着いた高級住宅街の一角で、幡ヶ谷の中でも特に人気の高いエリアです。南口から代々木上原に向かって延びる西原商店街に個性溢れる魅力的なお店が増えているのは、アッパー層でありながら気取らない居心地の良さを求める西原住民の志向が反映されているからだと思います」と分析する。



幡ヶ谷駅南口の「西原商店街」には、精米店や金物店、銭湯など昔からある店と、古い建物をリノベーションしたショップやレストランが共存している。ナチュラルワインを扱う店が急増し、ひそかに“ナチュール街道”と呼ぶ住民も


一方で、甲州街道の北側は庶民的な雰囲気が強く、相場も南側に比べて低め。

そんな幡ヶ谷には、趣のある古い建物をリニューアルし、昔ながらの風情を残しながら活用する店が増えている。

西原商店街で築60年の古民家を改装した『こんにゃく寿司とかき氷 KON』もそんな店のひとつ。オーナーで刺繍作家の小林モー子さんは、8年前に笹塚から西原に拠点を移し、2年前に同店をオープンさせた。

「幡ヶ谷には、地元に根付いた昔ながらのお店が多く残っていますし、最近は各地で経験を積んだ若い職人たちが集まってきて、ますます活気が出てきました。

お隣の笹塚などは駅前の開発が進んで、商業施設がにぎわっていますが、今は“ここにしかないもの”がある幡ヶ谷に魅力を感じています」


『こんにゃく寿司とかき氷 KON』


オーナーの小林モー子さんが熊本で出合った郷土料理「こんにゃく寿司」の美味しさを伝えたい、と生まれた一軒。

築60年の古民家を活かした店内では、こんにゃく寿司のほか、旬の果物やハーブ、スパイスを使った「大人のかき氷」(2,090円〜)も楽しめる。




「こんにゃく寿司と南関いなりの折詰」(1,404円〜)は、手土産や著名人への楽屋見舞いにも人気。



小林さんが主宰するオートクチュール刺繍のアトリエ『メゾン・デ・ペルル』や西原の代名詞的存在になっている『PADDLERS COFFEE』などが入居するパールマンションは、幡ヶ谷の新しいカルチャー発信地になっている。


話題の店が目白押し、ナチュラルワインの街


幡ヶ谷駅の北側にも地元住民の暮らしを支える商店街がある。甲州街道から水道道路までの「六号通り商店街」とその先に続く「六号坂通り商店街」だ。

青果店、ドラッグストア、居酒屋など昔ながらの活気に溢れる街並みにも、新たな風は吹きはじめている。

「六号通り商店街」を抜けた水道道路沿いに『Sunday Bake Shop』がオープンしたのは4年前。

店主の嶋崎かづこさんに伺うと「ここ数年で、六号坂通りにも元気な飲食店が増えました。古い建物をリノベーションした小さなお店ですが、人の流れが変わってきたのを肌で感じられます」と教えてくれた。


『Sunday Bake Shop』


焼き菓子とコーヒーとアイスクリームの店。




大きめのスコーンとクロテッドクリーム、自家製ジャムがセットになった「クリームティー」(560円)はイートインの人気メニュー。

「キャロットケーキ」450円、「ビクトリアスポンジケーキ」540円。



パンと焼き菓子の店『steppin'』、喫茶&ワインバー『Cyōdo』など、地元住民に愛されるだけでなく遠方からもわざわざ訪れるファンが多い店ばかり。

甲州街道の北側と南側に共通しているのは、大手資本のチェーン店が少なく、魅力的な個人店が多いことだ。

個性的なレストランやショップが街に受け入れられ、地域になじんでくると、その雰囲気に惹かれて新たな個性が飛び込んでくる。そんなふうにして、唯一無二の“幡ヶ谷にしかない魅力”が醸成されている。

そんな幡ヶ谷だが、お洒落な若者だけでなく、グルマンの間でも注目度が急上昇中。中でも特徴的なのはナチュラルワインを扱う店が一気に増えたこと。

幡ヶ谷のナチュラルワインの先駆けでもある『wineshop flow』のオーナー深川健光さんは、「本当にものすごく増えているんですが、なぜなんでしょうね」と笑うが、同店のようにラフな雰囲気でワインに触れ合える店が存在するのはやはり大きい。

また、一説によれば、奥渋や代々木上原で働く人が自転車で通えるということで幡ヶ谷に住み出したことや、それらの街に比べて比較的家賃が安価なため幡ヶ谷に出店する流れがあったとも。

街を見れば、大人気の『サプライ』や、お総菜をつまみながら立ち飲みができる『キッチンかねじょう』など、背伸びしないで楽しめるお店がそこかしこにある。

「お店同士も交流があって、お互いにお店に行き来しますし、お客さんにも紹介しています。商売敵というより、業態や好みの違いでうまくすみ分けながら、一緒に街を創っている感覚がありますね」と深川さん。


『wineshop flow』


常時200種類ほどのナチュラルワインをそろえる専門店。




半地下のワインカーヴのような店内には、角打ちスペースを備えており、日々近隣のお洒落人が集う。



今回の取材で何軒ものお店で「幡ヶ谷って、どんな街ですか?」と尋ね歩いたが、どこに行っても、示し合わせたかのように「ご近所さんと仲が良くて、アットホームな街」という返答をいただいた。

この街には、本当に幡ヶ谷を愛し、そこに住む自分に満足している人が多いと実感した。そして、“好き”を追求できる街でもある。



街全体に公園が点在する。南口にある「玉川上水旧水路緑道」などもあり、街道沿いの街ではあるが緑が多い印象


渋谷や新宿からほど近いという立地の利がありながら、肩肘張らずに良質なものに触れられる。しかも、ちょっと古くて懐かしさもある。

そんな幡ヶ谷の魅力は、これからも増していくに違いない。


地元の不動産店に聞いた!街の基本スペック


・賃貸相場:(1LDK 40平米目安)
 10万〜18万円

・販売相場:
 中古マンション 40平米 4,000万〜6,000万円
         60平米 5,000万〜8,000万円
 中古戸建て 80平米 8,000万円〜
 ※新築物件は非常に少ない

・駅周りの人口:
 約39,000人

◆協力してくれたのは◆
店名:ベラテック販売
住所:渋谷区幡ヶ谷2-13-6
TEL:03-3299-5511



【幡ヶ谷で盤石の人気店】街の柔和な空気を感じさせる、アットホームなビストロで心安らぐ
『will o' wisp』



思わず目が留まる、洒落たたたずまいのお店が多いのも、幡ヶ谷の魅力。

南口を出てすぐの場所に位置する、人気のビストロの魅力に迫る。


ブルックリンを彷彿とさせる、洗練された空間が広がる

鉄のフレームに透明なガラスをはめこんだファサードは、かつて光安シェフが腕を磨いたブルックリンの名レストラン『Battersby』のデザインを模している


南口から徒歩10秒。ひと際瀟洒な存在感を放つのが、ビストロ『will o’ wisp』だ。



天井の高さを生かした趣のあるインテリア。東北の古民家から移設したはりやシンプルな裸電球は、素朴で、温かくて、クール。ここが商店街の入口であることを忘れてしまうような洗練を感じさせる


オーナーシェフの光安北斗さんが繰り出すのは、力強さと繊細さが一体になった料理。

クリアな脂をまとった佐渡島の魚介類、赤身が旨い佐賀の「しろいし牛」、色鮮やかで味の濃い茨城の野菜など、現地に足を運びほれ込んだ食材を使い、フレンチをベースにしながらスパイスやソースにアジアや中南米の要素も採り入れて調理していく。



しっとり仕上げた衣に、酸味の利いたソースが絡む「しろいし牛のカツレツ」3,680円


料理がサーブされた瞬間、彩りの美しさに息をのみ、口に運べば味や香りの多層的な広がりに目を見張る。

「オープン当初は凝った盛り付けにしていたんですが、“お洒落すぎる”と言われたことがあって。味や食感に奥行きを持たせながら見た目はシンプルに、という現在のスタイルに落ち着きました」と光安シェフ。




塩サバのタルタルが絶品。「石ダコのフリット」1,280円。




「スルメイカとパプリカのセビーチェ」(1,280円)は、さっぱりとした味わい。



フランス産を中心に個性派のナチュラルワインを多数そろえる。左からフランスの「コート・ド・ジュラ」7,600円、ナパの「プティ・セラー」6,800円、ドイツの「キリアン・フン」のスパークリング 6,900円。グラスワインは900円〜


幡ヶ谷らしい“肩肘張らない上質”を、料理と空間で体感したい。


■店舗概要
店名:will o' wisp
住所:渋谷区幡ヶ谷1-33-2
TEL:03-5738-7753
営業時間:18:00〜(L.O.22:00)
定休日:月曜、不定休
席数:カウンター8席、テーブル8席



【幡ヶ谷注目の新店】多国籍な食文化を楽しめる、カジュアルフレンチの新星に注目
『bistro IZUMY』



次々と新しいお店ができる幡ヶ谷でも、話題の一軒がこちら。

自由闊達なスタンスが、この街にちょうどいい。



甲州街道に面した分かりやすい立地に、シドニーの海をイメージしたシンプルなデザインが映える


幡ヶ谷駅の南口から甲州街道を西に徒歩5分。

笹塚との中間に昨年12月にオープンした『bistro IZUMY』は、地元住民の間で人気が広がりつつある創作ビストロだ。



白を基調としたインテリアは、明るく軽やかな印象。オークのカウンター越しに泉さんとの会話を楽しむ常連客も多い

シドニーの名店仕込みの料理は既視感ゼロのこだわりの味


シドニーのフレンチレストランで修業を積んだオーナーシェフの泉 謙介さんの料理は自由で独創的。

「オーストラリアは移民の国。それぞれの国の食材が手に入らないことも多いので、いい意味で伝統にとらわれないんです」

食材やスパイスを柔軟に組み合わせる泉さんのスタイルは、数種類そろえる〆の麺類にも色濃く表われている。




「大山鶏のソテー」2,600円。

焼きとうもろこしをイメージし、軽く焦げ感を出したバルサミコソースが抜群に美味しい。




スペシャリテの「フライドポテトIZUMY」1,000円(黒トリュフ+1,500円)。

仕込みに2日かけ、外はカリッと、中はトロッと仕上げる。



富山の「大門素麺」を使った「冷製ボンゴレ・ビアンコ」2,500円


「日本人は食事の最後に炭水化物が欲しくなる。そこまで含めて満足していただきたくて」と泉さん。

「大門素麺の冷製ボンゴレ・ビアンコ」は焼肉店で〆に食べる冷麺に着想を得た一品。




「ケンサキイカと万願寺唐辛子のペペロンチーノ」1,800円。



「四川風 桜海老と九条ネギのトマトスパゲティ」1,800円。〆はすべてハーフポーション


このように柔軟な発想を人気メニューに仕立てあげられるのも、フレンチの技術があってこそ。

泉シェフの発想と今後の進化を見届けて。




ワインはオーストラリア産を中心に、ナチュールとクラシックを半々でそろえる。

左から「ルーウィン・エステート アートシリーズ」18,000円、「ルーシー・マルゴー ヴィノ・ロッソ」11,000円、「ヌーンリザーブ・シラーズ」21,000円。グラス 1,000円〜。


■店舗概要
店名:bistro IZUMY
住所:渋谷区幡ヶ谷1-9-6 リッツ幡ヶ谷 1F
TEL:03-6383-4415
営業時間:【月・火・木〜土】17:00〜(L.O.22:00)
     【日】16:00〜(L.O.21:00)
定休日:水曜、不定休
席数:カウンター8席、テーブル8席



担当編集・船山が気になるお店を現地リポート!
〜酒を媒介に緩くつながる幡ヶ谷のリズム〜



幡ヶ谷で今回伺ったのが、南口にある『焼肉スタンド 肉と麦』。



オープンは2021年の11月。お店前で看板娘の皆様と。舞台俳優を目指しているという左端の平硲菜未さんは関西出身のチャキチャキ娘


ビアバーでナチュラルワインもあって、でも焼肉ができる……ってどういうこと!?と、訪れてみたら、なんともユニーク。



奥にはテーブル席がたっぷり。家族連れでも楽しめる


手前にカウンターと豊富なタップ。

奥には普通の焼肉店よろしくテーブル席があって、どちらでも焼肉が楽しめるのだ。



焼肉はその日仕入れた国産の上質な牛を使用。「盛り合わせ」3,650円〜


スタッフの方も若い女性が多く、イラストレーターや役者さんと一芸に秀でた方ぞろい。

「今度、コラボイベントあるんで来てください〜」って誘われたりしたから、このコミュニティ感、幡ヶ谷っぽいなーと実感。

帰りには素敵なアイス屋さんを見つけて酔い覚まし。少しは幡ヶ谷になじめたのかも。




初めて西原商店街を訪れた際、路面のレコード店なんて久しく見てなかったから驚いた。シティポップが似合う街。


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