遺伝子編集技術の「CRISPR(CRISPR-Cas9)」を利用して、小児にみられる横紋筋肉腫のがん細胞を健康な筋肉細胞に変える実験に、アメリカの生物医学研究所であるコールド・スプリング・ハーバー研究所などの研究チームが成功しました。

Myo-differentiation reporter screen reveals NF-Y as an activator of PAX3-FOXO1 in rhabdomyosarcoma | PNAS

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2303859120



Once rhabdomyosarcoma, now muscle | Cold Spring Harbor Laboratory

https://www.cshl.edu/once-rhabdomyosarcoma-now-muscle/

CRISPR used to 'reprogram' cancer cells into healthy muscle in the lab | Live Science

https://www.livescience.com/health/cancer/crispr-used-to-reprogram-cancer-cells-into-healthy-muscle-in-the-lab

横紋筋肉腫は将来的に骨格筋(横紋筋)になるはずの細胞から発生するがんであり、小児から若年成人において100万人あたり4〜5人程度の割合で発症するとのこと。患者の約7割は6歳未満の小児であり、高リスクとみなされた症例の生存率は50%未満という危険ながんのひとつです。

そんな横紋筋肉腫の治療法を開発するため、コールド・スプリング・ハーバー研究所の分子生物学者であるクリストファー・ヴァコック教授らの研究チームは、がん細胞を健康な細胞に再プログラムする「differentiation therapy(分化療法)」という治療法について研究しました。分化療法は薬物などを用いて未成熟ながん細胞を成熟させ、健康な細胞に分化させることでがんを治療するという手法です。

分化療法はすでに骨がんや血液がんなどでテストされており、アメリカ食品医薬品局(FDA)は白血病の分化治療のために4種類の薬を承認しています。これらの薬は一般的に、がん細胞内の特定のタンパク質を阻害することによって機能するとのこと。



分化とは幹細胞が体内でさまざまな役割を果たす筋肉細胞や脂肪細胞などに変化するプロセスですが、横紋筋肉腫の患者では遺伝子変異によってPAX3-FOXO1という特殊なタンパク質が産生され、横紋筋細胞での分化が停止するとのこと。その結果、細胞が横紋筋になる代わりにがん組織が形成されてしまうというわけです。

そこで、ヴァコック氏らの研究チームはCRISPRを使用してさまざまな遺伝子を無効にし、どの遺伝子がPAX3-FOXO1と連携して細胞の分化を停止するタンパク質を産生するのかを調べました。その結果、横紋筋肉腫の細胞が遺伝子発現を調節するNF-Yというタンパク質を作る能力を失うと、がん細胞が筋肉細胞に分化することが判明しました。

ヴァコック氏は声明で、「細胞は文字通り筋肉に変わり、腫瘍はがんとしてのすべての属性を失います。がん細胞はただ自分自身を増やそうとする細胞から、収縮に専念する細胞(筋肉細胞)に切り替わっています」とコメントしています。

なお、遺伝子編集を行わずにPAX3-FOXO1とNF-Yを不活性化しても同様の効果がありますが、これらのタンパク質は物理的に相互作用しているのではなく、NF-Yが特定のDNA配列に結合することでPAX3-FOXO1を作る遺伝子をオンにしているとのこと。そのため、NF-Yを作る遺伝子をブロックするだけで、PAX3-FOXO1の産生もブロックできると研究チームは報告しています。



この研究結果が実際に横紋筋肉腫の治療に応用されるまでには、さまざまな問題を解決する必要があります。克服するべきハードルの1つは、NF-Yが代謝や細胞周期といった細胞の健康的なプロセスにも関わっているという点です。しかし、横紋筋肉腫の細胞はPAX3-FOXO1発現の変化にとても敏感であるため、がん細胞が筋肉細胞に分化するのには十分でも、健康的な組織が損傷するほど長くはない「治療に最適な期間」があると研究チームは考えているとのこと。

ヴァコック氏は、「この技術(CRISPRを用いた遺伝子編集技術)によって、どのようながん細胞であっても、それを分化させる方法を探すことができます。これは、分化療法をより利用しやすくするための重要なステップかもしれません」と述べました。