オープニングからツッコミどころ満載だった謝罪会見。そこかしこに「強権組織の弱点」が見え隠れする(撮影:今井康一)

「ゴルフボールを靴下に入れて振り回して、水増し請求する。本当に許せません。ゴルフを愛する人への冒涜です」

このようなピントのずれた発言が連発した記者会見。中古車販売大手・ビッグモーター社の兼重宏行前社長(会見時は社長、7月26日付で引責辞任)によるものです。

自動車の修理を依頼された際に、意図的に車を傷つけて不必要な修理を行い、その費用を損害保険会社に不正請求していたビッグモーター社。7月25日には、兼重社長が事件後初めて報道陣の前に姿を見せ、冒頭のような釈明と謝罪を行う会見を開きました。

強烈なリーダーシップで同社を大手企業に育て上げた創業者の兼重氏と経営陣の会見から見えた、「強力すぎるリーダー組織の弱点」を考えます。

問題だらけの「ずっこけオープニング」

筆者は「謝罪のプロ」として、企業の不祥事会見から芸能人の不倫会見まで、さまざまな釈明・謝罪会見を見てきました。今回のビッグモーター社の件も大きな社会問題として注目を浴びる中、私もマスコミからコメント依頼を受け、会見を最後まで見ました。

司会による紹介に続き、まずは会見冒頭で兼重社長からのお詫びが始まったのですが、いきなり耳を疑う言葉が飛び出しました。それは会見での第一声です。

「この度、損害保険会社様に対する保険金請求に際して、当社・板金部門が不正な請求を行っていたことが明らかになりました」

日本中がずっこけたのではないかと思うくらい、ピント外れな開口一番の言葉です。何重にも間違っています。

ひと言目から、蜜月関係だったと批判されている損害保険会社(「ビッグモーターと損保ジャパン、不正請求の蜜月」)に対し「様」をつける配慮を見せたうえで、今回の一件は“現場の責任”と強調したいかのような内容。

謝罪における「語順」は絶対的な重要度を持ちます。まず開口一番、被害や損害を受けた方へのお詫びや気遣いの言葉から入るのは大前提です。お客様にではなく、損害保険会社に先に謝っているかのような、誤解を招きかねない呼称をチョイスするのはいただけません。

板金部門の責任だという表現も同様に、経営責任を矮小化したい意図と取られるリスクしかないでしょう。

こういった釈明・謝罪会見などがあると、よく裏で危機管理の専門家などが会見内容をコンサルしているのでは、と言われることがあります。今回、そういった方がついているのかどうかはわかりませんが、もし誰かがついていてこの内容だとすれば、首をかしげざるをえません。

わざわざ炎上をあおり、挑戦状を叩きつけるかのような、とても考えられない“ずっこけオープニング”でした。

「ビジネス存亡の危機」という意識はあったのか

自動車修理のような専門的な作業は、私たち一般人では良し悪しの判断が難しいものです。なじみのディーラーや修理工場の方と、長年の付き合いの中で、ある程度言い値で修理などを依頼することは珍しい話ではないでしょう。今はネットで比較見積もりを取れるかもしれませんが、それでもその修理の必要性や価格の妥当性については、やはりプロの算定に疑いを持つことは難しいです。

何か間違いがあれば、命に関わるのが車です。専門家が出してきた技術的必要性に、疑問など持てるはずがありません。しかし今糾弾されている内容が事実であれば、ビッグモーター社が犯した不正は、この「信頼」を基本とするビジネスモデルを根底から覆すことになる重大事犯といえます。

もはや同社の出す見積もりなど信用できないと思われれば、どれだけ有名タレントを使って多額の広告宣伝をしたところで、何十万円もの修理費を払う気がなくなってもおかしくないでしょう。最悪の企業・事業ブランド失墜が起こってしまったことは、事業継続が危ぶまれる事態ととらえるべきです。

しかし今回の会見は、「損害保険会社様」から始まる言葉のチョイスや、この期におよんで現場の責任を強調するかのような言い回しなど、著しく現状危機感を欠いたオープニングでした。「ビジネス存亡の危機」だという認識は、きわめて薄いのではないかという思いを強くしました。

また、オープニングだけにとどまらず、ずっこけるような“しくじり会見”は続きます。

兼重社長は終始、「(不正を働いた)社員の刑事告訴も考える」「(不正告発動画を投稿した元従業員に対し)自分の胸に手を当ててよく考えるべき」と社員への批判を止めませんでした。自分たち経営陣はあずかり知らぬことだったと繰り返し、自らの責任は棚上げしているかのように見えました。

さらなる反発を生むような発言が連発してしまった原因は、今回の謝罪会見における目標設定が明らかに間違ったものだからだと考えられます(この「今回目指すべきだった目標」については、後述します)。

いまも“伝説の謝罪会見”と称される、1997年の山一証券破綻の際の記者会見。野澤正平社長は「みんな私ら(経営陣)が悪いんです、社員は悪くありません」と涙と鼻水まみれで謝罪しました。その姿勢は感動を呼び、多くの賞賛と同情を呼んだのです。

2022年に大規模な通信障害を起こしたKDDIは、障害発生時の記者会見で、郄橋誠社長自ら先頭に立ち、通信障害の技術的説明までほとんど1人で行いました。

実害も発生している通信インフラの障害という強烈な反発の中、郄橋社長は技術上の問題をわかりやすく説明し、「ここが問題」「この点は不明」といった全体像をしっかりと把握している様子を世間に伝えました。結果として強烈な反発を打ち消し、逆にKDDIへの信頼を高めたといわれるほどの評価を得ました。

“他人のせいにしない”ことは、謝罪による事態収拾においては絶対要件です。ビッグモーター社の場合、すべてがその逆をいっており、「社員のせい」「自分たちは知らない・関与していない」という言い訳ばかりしたことで、謝罪も反発への燃料投下にしかならなかったといえます。

なぜか謝罪会見の場で“兼重社長の功績”を称賛

さらに驚くべき発言がありました。

「弊社は、創業者の兼重宏行の“リーダーシップ”と、その“卓越したビジネスモデル”により、いまや業界を代表する企業となりました」

これは会見に同席した、7月26日付で新社長に就任した和泉伸二専務取締役が発した言葉です。


反省の弁を述べながら、涙を堪える和泉伸二新社長(撮影:今井康一)

謝罪や釈明会見の場で、身内である社長のリーダーシップやビジネスモデルを褒め称えるというのも、これまた異例のことでした。

兼重氏は一代で会社を大きく成長させただけあって、良くも悪くも強いリーダーシップがあるのは肌で感じます。しかし、今回そうした創業社長による強大すぎる経営、組織運営によって、さまざまな歪みが生まれ、不正修理や不正請求が行われた可能性が高いのです。

事態収拾を図る釈明の場で、現社長を称賛する次期社長の姿勢に、根本的な組織の弱さを見ました。それは圧倒的な強権体制、有無を言わさぬ上意下達な組織が共通して陥る“弱さ”です。

第二次世界大戦末期、敗色濃厚なナチスドイツ本営には、独ソ戦の戦況が十分に届かなくなりました。史上希に見る独裁者の機嫌を損ねるようなニュースを届ける者は、もはやドイツ軍には誰もいなかったといわれます。つまり、強権的独裁者には「悪い知らせ」は届かなくなるのです。

経営において何より欠かせない情報。最も尊ぶべきは「正確さ」です。しかし強大なトップに忖度する組織においてはこの情報が歪められ、不正確あるいはトップに耳障りの良い情報だけが届くようになります。

この時点で強権組織は衰退が始まっているのですが、今回の社長や専務の言葉を聞いていると、ビッグモーター社もそうした機能不全組織であるという印象を持ちました。

戦において最も困難な闘いは、「殿(しんがり)戦」といわれます。勢いに乗って攻撃してくる敵を食い止め、味方の損耗をわずかでも減じる戦いです。つまり、殿戦は負け戦であり、勝利はあり得ないのです。勝利という希望も持てない戦闘がどれだけ過酷か、命を賭けた戦いでどれだけ不利かは想像がつくかと思います。

さらには、そうした負け戦には勝ち目がない以上、どこまで負けるかをトップ自ら策定する必要があります。損耗を最小限に抑えるには、一定の負けは織り込まなければなりません。いわば命を長らえるために、身体の怪我は忍従するという決断です。「負けは一部たりとも許さない」といった机上の空論や精神論などは通じません。

自分で自分の負けを認め、「ここまでは捨てる」という決断を下すのは、当然最も困難なものであることも間違いありません。

会見に表れた「強権組織の限界」

今回、ビッグモーター社は、信頼に基づく価格というビジネスの根底を揺るがす事態に陥りました。会見では、その負け戦でどこまで損害を少なくできるかこそ、目指すべきゴールのはずでした。

しかし実際の内容は、責任は現場の社員にあり、経営陣は不正をあずかり知らぬと断じてしまったのです。どう考えてもこれで批判が収まる訳がありません。

ビッグモーター社には、そこに考えがおよび、社長に進言する幹部がいないのが現状なのではないでしょうか。

実際の不正行為の有無はこれから明らかになるのでしょうが、経営陣の関与について調べるのはかなり難しいでしょう。だからといって経営陣の責任が無いのではありません。この最大の危機を乗り越えられず、会社が立ち行かなくなってしまえば、何も守れなかったことになります。

強権組織は打たれ弱いのです。BCP(事業継続計画)という困難な決断と判断を下すという点において、きわめて脆弱な組織状態だといえます。それがこの謝罪会見では色濃く表れていました。

(増沢 隆太 : 東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家)