2020年初頭から世界中で流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、ワクチンが広く利用できるようになるまでは、パンデミックを防ぐために多くの国々でロックダウンが実施されました。この新型コロナウイルスのパンデミックという極めて特殊な環境下で育った赤ちゃんの発達状況について、アイルランド王立外科医学院(RCSI)の研究チームが調査を行っています。

Developmental and behavioural outcomes at 2 years in babies born during the COVID-19 pandemic: communication concerns in a pandemic birth cohort | Archives of Disease in Childhood

https://adc.bmj.com/content/early/2023/06/20/archdischild-2022-325271



Pandemic babies behind on communication at age two - but other developmental areas remain unaffected

https://theconversation.com/pandemic-babies-behind-on-communication-at-age-two-but-other-developmental-areas-remain-unaffected-208332

2023年6月21日、小児科分野をカバーする査読付き医学誌のArchives of Disease in Childhood に、「COVID-19のパンデミック期間中に生まれた乳児の2歳時点の発達および行動」を調査した最新の研究論文が掲載されました。研究を行ったのはRCSIの研究者で、筆頭著者は同大学で小児科および小児保健について研究するスーザン・バーン氏です。

この論文によると、COVID-19のパンデミック期間に生まれた乳児の2歳時点での発達・行動は、「コミュニケーション」という重要な例外を除き、パンデミック前に生まれた乳児と非常に似ていたことが明らかになっています。



RCSIの研究チームは、2020年3〜5月という「新型コロナウイルスパンデミックの最初の3カ月」にアイルランドで生まれた乳児と家族(354家族)の追跡調査を実施。生後6カ月、12カ月、24カ月という3つのタイミングで乳児と家族に病院へ来訪してもらいました。

パンデミック期間であったこともあり、家族によってはこの病院への来訪が同期間における唯一の外出となるケースもあったそうです。このテストの中で、経験豊富な小児科スタッフは「一部の乳児が強い警戒心を抱いていること」に気づいたそうです。その理由について、しばしば保護者は「子どもはあまり外出していないので」と説明するケースが頻繁にあった模様。研究チームは家族が病院に訪問するたびにアンケート調査を実施し、乳児の生活や発達具合について、さまざまな質問を行っています。

通常、この種の研究では同時期に生まれた同じ問題を抱えていない他の乳児を対照群として、さまざまな情報を比較検討するのが最善です。しかし、新型コロナウイルスのパンデミック期間という特殊な状況下であったため、研究チームは「パンデミック前にアイルランドで生まれた乳児」としか比較することができなかったとしています。これについて、バーン氏は「これが我々の研究の限界です。この時、利用できる乳児の対照群は存在しませんでした」と記しています。



新型コロナウイルスによる制限のため、同期間に生まれた乳児およびその親は活動を著しく制限されていました。そのため、他の家庭へ遊びに行くこともほとんどできませんでした。調査によると、パンデミック中に生まれた乳児の場合、生後6カ月時点でキスしたことがあるのは両親を含めて平均3人だけだったそうです。これは乳児が親戚や家族の友人に会えていないことを示唆しています。さらに、パンデミック中に生まれた乳児の4人に1人は1歳の誕生日までに同年代の子どもに会ったことがなかったそうです。

さらに、パンデミック中に乳児を育てることについて保護者に尋ねたところ、「孤独」「孤立」「挑戦」といった言葉が頻繁に登場したことも明らかになっています。ただし、「子どもとの絆」や「家族の時間の増加」など、いくつかの前向きなキーワードも確認できたそうです。

また、研究チームは1歳の乳児の発達状況についても調査を実施。すると、「バイバイと指を差したり手を振ったりすること」ができる乳児は、パンデミック前に生まれた同年代の乳児と比べて明らかに少なかった模様。運動機能における明確な差は見られず、むしろハイハイができる乳児はわずかに多かったそうです。



これについてバーン氏は、「これは考えてみれば当然のことです。赤ちゃんが外に出たり歩き回ったりすることが少なくなったため、恐らく赤ちゃんが聞く言葉は少なくなったと思います」「また、両親が在宅勤務しており、訪問者も家に来ないというケースが多かったため、別れのあいさつの仕方を学ぶ必要性がなかったとも推測できます。パンデミックの影響で、ハイハイをする赤ちゃんが増えたのは、家で探索する時間が長かったためと考えることができます」と言及しました。

さらに、パンデミック期に生まれた乳児が2歳になったタイミングで、乳児が何かしらのアイデアを伝えるために2つあるいは3つの単語を一緒に使うことができるかや、何かしらも物事を正しく指すことができるか、両親などからの指示に正しく従うことができるかなど、コミュニケーションに関するさらに踏み込んだアンケート調査を実施しています。

調査の結果、パンデミック前に生まれた乳児と比べて、パンデミック期に生まれた乳児はわずかにコミュニケーション関連の発達が遅れていることが明らかになりました。ただし、運動能力や問題解決能力などの発達において、パンデミック期に生まれた乳児とパンデミック前に生まれた乳児に明確な差はなかったそうです。

加えて、パンデミック前に生まれた乳児とパンデミック期に生まれた乳児の間で、親から報告された行動において大きな違いは見られませんでした。



パンデミック期に生まれた乳児に関する調査は他の国でも実施されており、日本でも新型コロナウイルスのパンデミックを経験した5歳児は、経験していない子どもに比べてコミュニケーション能力が平均4カ月ほど遅れていると、京都大学の研究チームが発表しています。

コロナ禍経験で発達に遅れ 5歳児で4カ月 交流減影響か 京大研究 | 毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20230710/k00/00m/040/290000c



なお、バーン氏は「パンデミック対策がなくなった今、パンデミック期間に生まれたすべての赤ちゃんにとって、エキサイティングな外の世界を探索することが非常に重要となっています。家族は親戚や友人と会い、赤ちゃんをより幅広い人々と触れ合わせる必要があり、この中で赤ちゃんは仲間と会う必要があります。また、赤ちゃんに話しかけたり本を読んであげたりすることが有益であることも明らかになっています」と語り、パンデミック期に生まれた乳児を外に連れ出しさまざまな人と触れ合わせる重要性を説いています。