NHKは4月から受信料不払い者に対して割増金を取ることになった。『NHK受信料の研究』(新潮新書)の著書がある早稲田大学社会科学部の有馬哲夫教授は「テレビ離れの時代に逆行した不当な対応だ。そもそも、NHKが受信料を徴収する根拠には正当性がない」という――。
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■「NHK離れ」「テレビ離れ」が進んでいる

NHK受信料が社会的問題になっている。なぜなら国民の多くはNHKのテレビ放送番組を見なくなっていて、できれば払いたくないと思っているからだ。

NHK放送研究所の「テレビ・ラジオ視聴の現況 2019年11月全国個人視聴率調査から」によれば、NHK総合チャンネルを1週間に5分以上見ている日本人は54.7%だった。1日ではなく、1週間である。

見なくなっている原因はいくつもある。

まず、多くの人にとって、もともと少ない余暇時間が、さらに少なくなってきている。ケータイやオンラインコミュニケーションの普及で、自宅へ帰っても、連絡や仕事しなければならない。テレワークで仕事している人などは、自宅そのものが仕事場だ。もう、ゆったりと自宅でくつろいで、テレビの前に座るという習慣がなくなっている。

次に、多くの人がスマホ中毒になっていて、ケータイを手放すことができず、テレビ放送番組そのものを見なくなっている。今なっていない人も、これからなる可能性が大だ。

■好きな時に、好きなだけ見られるネット動画

たまにテレビ画面を見るときでも、時間に縛られるテレビ放送番組は選ばない。インターネットに動画コンテンツがふんだんにあり、多くはテレビのコンテンツより国民のニーズに合っていて、かつ、テレビ放送のコンテンツと重複しているからだ。

私はAmazonプライム、Netflix、Disney+、U-NEXTのような大手有料動画配信のことばかりいっているのではない。無料のYou Tubeやツイッターでさえ優れた動画を見ることができる。最近では、放送局自身がYou Tubeニュース番組などをアップしている。

そして、これらは、放送時間に縛られずに、好きな時に、好きなだけ見られる。早送り、巻き戻し、2倍速視聴もできる。

こういったなかで、なぜNHKのテレビ放送番組を見なければならないのか。

NHKの放送番組など見ないし、見る暇もないし、見る必要もないのだ。事実、先ほど紹介した放送研究所の調査結果のように、日本人の半数は週5分もNHKを見ていない。

それなのに、NHKは、「みんなで支えるべき公共放送」だから、見なくても払えはおかしい。

■そもそも「公共放送」とは何なのか

裁判所は何といっているだろうか。2017年12月6日に最高裁判所大法廷で下された判決は「受信契約を義務づける放送法の規定は、憲法に違反しない」という判断を示した。だから受信料を払えということだ。

判決文は非常に長く、いろいろな論点が盛り込まれているが、要点をまとめると次の二つになる。

1.NHKは民間放送とは違って営利を目的としない公共的性格を持っており、広告が禁じられているので受信料を徴収することができる。

2.NHKだけが公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的としている。

つまり、(1)広告を流さない(2)あまねく広く受信できるよう放送するので、「みんなで支えるべき公共放送であり」ゆえに受信義務を法律で課し、受信料を徴収してもいいということだ。

これにNHKがしばしば強調する(3)公平性を加えてもいいだろう。NHKはまるでこれが自明のことであるかのようにいう。そしてプロパガンダのように繰り返す。その結果これが公共放送の要件だと思っている人もいる。

果たしてそうだろうか。

■最高裁判決は法的根拠を挙げていない

まず、(1)の「広告を流さない」だが、世界では広告を流す公共放送は珍しくない。イタリア、フランス、オーストラリア、韓国がそうである。

中国の中央電視台ですら広告を入れている。中国人に聞くと、これによって放送にかかる経費を賄い、国民に負担を求めないのだからいいことだそうだ。

また、(2)の「あまねく広く放送する」が、公共放送の要件だとしている国は、私の知る限りない。公共放送でなくとも、あまねく広く放送したほうがいいに決まっている。逆に、なぜこれが公共放送の要件として挙げられるのか不思議だ。

つまり、世界から見て、日本の最高裁判決は、法によって受信契約義務を課し、それに基づいてほぼ強制的に受信料を徴収できる根拠を挙げていないのだ。

■「公平性」を課されているのは民放も同じ

(3)の「公平性」は、一応もっともに思える。しかし、注意すべきは、これは公共放送だけでなく、電波を使う民放にも課されているということだ。放送法第4条は電波を使うすべての事業者に対して次の義務を課している。

一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

つまり、(3)の「公平性」はNHKだけでなく、すべての放送業者が担保しなければならないものなのだ。

NHKが勝手に「公共放送」を名乗っているだけ

ここで、なぜこれらの原則を民放も守らなければならないのかについて述べておこう。というのも、放送業者でさえ、これをよく理解していないと思われるからだ。

よく「公共の電波」という言葉を耳にする。その意味は、電波はみんなのものだということだ。電波は誰のものでもないので、誰でも使っていいのだが、そうすると混信を起してしまい使えなくなる。

したがって、限られた数の事業者に免許を与えて使わせるかわり、事業者は電波の届く範囲の地域住民の公共の利益になる放送をしなければならない。そして地域住民は、そのような放送を受信する権利があり、自由がある(よくNHKにスクランブル放送をやれというひとがいるが、受信の権利を侵害することになる)。

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そして、受信の権利は、知る権利とつながっている。地域住民は前述4つの原則をクリアした放送サービスを受ける権利がある。

このように見ると、NHKが公共放送の要件だとするものは、なんの根拠もなく、NHKが勝手にいっているだけだということがわかる。

では、ひるがえって、世界の公共放送はどのような公共性をもっているのだろうか。スイスがわかりやすいので、例にとろう。

■スイス公共放送とBBCの存在意義

スイスには4つの言語グループがある。ドイツ語、フランス語、ロマンス語、イタリア語。たとえば、ドイツ語グループはドイツの放送やメディアを利用する。人口が多いのでそれだけお金がかかったコンテンツを提供するからだ。他の言語グループも同じことをする。

したがって、スイス人なのに、ドイツ、フランス、イタリアの情報にばかり接して、自国の情報に接することが少ないという現象が起こる。スイスは頻繁に国民投票を行う国である。自分の国のことをよく知らないのでは政治参加できない。

4つの言語グループに対しスイスについての情報を与え、かつスイス人としての意識をもたせる公共放送が必要である。事実、2018年3月に公共放送の改廃を国民投票にかけたが、これまで述べた理由を基に71.6%のスイス国民は存続を選んだ。

実はイギリスも多言語国家で、イングランド、スコットランドは英語を使用するが、北アイルランドではゲール語、ウェールズはウェールズ語を使用する。BBCはこれらの4つの王国に対する放送サービスを充実させている。BBCはそれを公共放送たるゆえんの一つに挙げている。

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世界には多言語、多方言国家が多い。これらの国は公共放送を必要としているといえる。

■公共放送の要件は「民放ではなし得ない役割」

では、日本のNHKはどうか。まったく、このような公共性はないといえる。

法学者の近江幸治は「NHK受信料契約の締結強制と『公共放送」概念」(判例時報 No.2377)のなかで、このようにいっている。

「公共放送」を定義することは至難であり、「公共放送」であるために是非とも必要な要件は何かという問いに対しては、おそらく、それが何でないかという消極的な答えしかなしえない。つまり、民放事業には十分果たしえない役割が公共放送には期待されているという答えである」(強調部近江)という。結局において、「民放ではなし得ない役割」を担うということになろうが、しかし、「民放ではなし得ない」ことなどあり得るのだろうか。

■受信義務規定を削除し、受信料も廃止すべき

つまり、民放にはない公共性がNHKになければならないのだが、それは見当たらないという。だから、近江は、放送法第64条の受信契約義務をうたった条項は、あくまでそのようにしたほうがいいという訓示規定であり、しなければならないと強制する規定と考えるべきではないとする。

ところが放送法が改定されて、この4月から受信料不払い者に対して割増金を取ることになった。実質的に訓示規定が罰則規定に変わった。これは不当であるばかりか、時代に逆行している。

世界の趨勢は、放送は、公共放送であっても、広告を入れるなどして無料にし、ネットに移したコンテンツから従量制(見た分だけ払う)で料金を取る方向に向かっている。冒頭で詳しく述べたメディア状況は、日本だけでなく世界的に起こっているからだ。

日本も受信義務規定を削除し、受信料を廃止すべきだ。どうしてもとるというなら、イギリスがそうしているように、公共放送だけでなく、民放にも受信料収入を分配なければならないだろう。「公共の電波」を使う民放も、公共の利益になる放送サービスを提供しているからだ。

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有馬 哲夫(ありま・てつお)
早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授(公文書研究)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』『日本人はなぜ自虐的になったのか』『NHK受信料の研究』(新潮新書)など多数。
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(早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授(公文書研究) 有馬 哲夫)