AIの普及が人間の活動にもたらすものとは(写真:Supatman/PIXTA)

昨年から驚異的な進化を遂げ世界に衝撃を与えているのが、ChatGPTに代表されるジェネレーティブAI(生成AI)だ。毎日のように新たなサービスや使い方の情報がもたらされ、ビジネスシーンにおいても「革命的」と歓迎される一方で「仕事がAIに奪われるのでは」という声が聞かれる。これまで人が行ってきた「リサーチ」も、今後AIに代替されるのではないかと言われている領域だ。この3月に刊行された『外資系コンサルのリサーチ技法〔第2版〕』(東洋経済新報社)の編著者でもあるアクセンチュアの上原優氏が、ビジネスパーソンとリサーチの今後を解説する。

ChatGPTに代表されるジェネレーティブAIの普及は、世界的に大きな盛り上がりを見せています。ちょっとした疑問であれば、AIに問いかけるだけで瞬時にそれらしき答えが返ってくるため、あらゆる人間の活動が影響を受けるのではないかとさまざまな臆測が飛び交っています。

「これ調べておいて」がなくなる日


コンサルティング会社では、プロジェクトを開始する際、プロジェクトマネージャーからメンバーに対して「〇〇事業の事業環境、競合の戦略について調べておいて」とか「〇〇というサービスのこれまでのパフォーマンスと成功要因について調べておいて」といったように、基礎的なリサーチをお願いするのが典型です。しかし今後、AIの精度が高まるにつれ、こういった依頼自体、減っていくのかもしれません。

では、何かを調べる際に、人間がやることはなくなっていくのでしょうか?

一口にリサーチと言っても、大きく分けて2種類のリサーチがあります。「探す」リサーチと「作る」リサーチです。

まず、「探す」リサーチとは、その名の通り、世の中にある情報の中からお目当ての情報を探し当てるタイプのリサーチです。Web検索や、文献検索、公的調査統計の活用などが該当します。

一方、「作る」リサーチとは、世の中にない情報を調査を通じて得る、あるいは既存の情報を組み合わせて新しい知見に進化させるようなリサーチを指します。アンケート調査やインタビュー調査、フィールド調査など、事前に設計し、ある程度時間をかけて深い気づきを得るために行うリサーチです。

それでは、AIの普及で人間のやることはどう変わるのでしょうか。

それぞれのリサーチについて考えてみましょう。

「探す」リサーチで人間に勝ち目はあるか

「探す」リサーチの領域では、AIのパフォーマンスは圧倒的です。これまでも、ビジネス上の意思決定にそのまま使うことはないにしても、日常のちょっとした調べものであれば、Web検索して出てきたWikipediaなどで済ませていた方は多いと思います。権威ある百科事典を開かずとも、いろいろな調べものが片付く便利な時代です。しかし、ジェネレーティブAIを使うと、口語文で質問するだけで意図が汲まれ、一定の精度の回答が得られるようになりました。いろいろなキーワードで検索してお目当てのページを探し当てる手間すら不要になり、革命的と言えます。

では、「探す」リサーチではもはや人間の出る幕はないのでしょうか? 

まず、現在の精度では、AIが回答の参考とする学習データが誤っていたり偏っていたりすることで、的外れな回答をすることがあるため、人間の目で真贋を見極める、情報の取捨選択をする、といった介入が必要です。

さらに、意思決定を促す個別具体的ファクトをつかむ場面では、AIはまだ力不足だといえるでしょう。特に、ジェネレーティブAIは大量の情報をインプットし、それを確率的に処理するアルゴリズムであるため、一般的、常識的な情報を提示することは得意ですが、その特性上、中立的で無難な情報しか提示しません。学習データが正しければ大きく外すことはありませんが、個別具体的ファクトをピンポイントでつかむ、という作業には不向きなのです。

えてして、人の心を動かすのは一般論ではなく個別具体的、特徴的なファクトです。こういった心を動かすファクトを見つけ出し、選び取るためには、経験の蓄積による特徴的な言葉や情報への嗅覚や、必ずどこかに求めるファクトがあるはずだという執着心が不可欠なため、このあたりにはまだ人間に分があると言えそうです。

ジェネレーティブAIの活用により、一定の基礎調査や情報収集は文字通り瞬時にできるため、手間は確実に減っていくでしょう。しかし、得られる情報は公開情報(学習データ)の域を出ません。世の中にすでにある情報から関連性の高いものを提示してくれますが、世界が驚くような発見、誰もそんな角度から見たことはなかった、というような新ファクトは出てこないのです。

そのような新しいファクトは、既存のデータを集めて整理すれば出てくるというようなものではないので、必然的に仮説思考が求められます。経験からくる直感や判断力からの「おそらく重要なのは〇〇なのではないか」という仮説出しと、それを裏付けるファクトをどう集めるかという「作る」リサーチの事前設計こそが、人間に求められる役割になっていくはずです。

人間に求められる能力

そうであれば、リサーチャー(に限らずAIを活用するあらゆる人)が警戒すべきは、仕事を奪われることではなく、AIに頼りすぎることで人間側の仮説構築力や設計力が落ちること、なのではないでしょうか。

冒頭で挙げたような、コンサルティング会社での「これ調べておいて」といった依頼を受けたスタッフは、リサーチ作業を繰り返す中で、世の中にはどんな情報ソースがあるのか(業界知見・勘所)、どうすれば効率的に情報を集められるか(計画力・作業効率向上力)、どのくらいの時間をかけてよいのか(タイムマネジメント力)、どんなまとめ方をすれば伝わりやすいのか(アウトプット力・説得力)、といった試行錯誤の経験から基礎力を養っていました。そのような機会が減っていくとすれば、別の機会でこれらの基礎力を鍛える必要があるでしょう。

今後AIが我々の生活の中に浸透していくにつれ、AIと人間の力をうまく組み合わせる場面が増えていくことが想像できます。AIで手間を省いてクイックに基本情報を整理し、その情報を基に人間が仮説を出し、その仮説に対してさらに「探す」リサーチでAIに補足情報を確かめさせる。また、世の中にいまだ存在しないデータが必要であれば、それを得るための「作る」リサーチをかける……といったように、AIと人間がそれぞれ得意なことを活かして補完しあう中で、人間が得意なことを鍛え続けていく必要があります。

人間としては、引き続き特徴的な言葉・情報への嗅覚や執着心を養いつつ、仮説構築力や設計力を高めることで、あらゆる知的活動における主導権を失わず、AIをうまく使いこなしていくことが求められるでしょう。

(上原 優 : アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 マネジング・ディレクター)