受刑者たちに「日本地図」が人気の理由とは?(写真:AKIJI88/PIXTA)

刑務所内で受刑者たちがどのような生活をしているのか、知らない人も多いのではないでしょうか。元吉本興業専務で、現在は「釈放前指導導入教育員」として受刑者と接する機会も多い竹中功氏が、今回は刑務所内での読書事情について解説します。

※本稿は竹中氏の新著『それでは釈放前教育を始めます!10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』から一部抜粋・再構成したものです。

「釈放前指導導入教育員」とは?

私は「釈放前指導導入教育員」といういわば出入り業者で、仮釈放や満期釈放で出所する前の受刑者たちに「社会復帰プログラム」の授業を受け持っています。吉本興業で学んだ「お笑い」を作るという経験を生かして「コミュニケーション力を付けよう!」と題して1時間授業を4コマ受け持っているのです。

これは「慰問」とは少し違います。「慰問」は受刑者全員が講堂や体育館に集まり、文化的活動に触れることで精神的な余裕や安楽を体感させることなどが目的です。皆さんもニュースで、お笑い芸人や演歌やフォークの歌手が舞台に立っている様子をご覧になったことがあるのではないでしょうか? それは年に一度あるかないかの催事で、全員の大きな楽しみになっています。

私の授業は、そうした全体研修などの「催事」とは違い、社会に戻る「出所前の人たち」に向けた「講義」です。メインテーマの「コミュニケーション力」に関して、インタビュー術を学んだり、言葉のキャッチボールを実践してみたり、ハラスメントについて学んでもらっています。

出所後の社会生活では人に助けられ、人を助けることを続けていかねばなりません。授業を経て、無事に社会復帰してもらい、二度と「犯罪」を起こさないことが私の一番の願いです。

実際の講義では、「コミュニケーション」の授業も進み、インタビューの練習にもこなれてきたころ、受刑者には各居室での愛読書の話も聞いたりします。

図書館の本は官本と呼ばれ、もちろん収容者は無料で借りることができます。授業中に聞きますと人気の作家は池波正太郎、山岡荘八、吉川英治、藤沢周平、司馬遼太郎などの名前が挙がります。偉人伝などには田中角栄、徳川家康、織田信長、豊臣秀吉、松下幸之助などの名前を聞きました。

文学や小説以外にはコミック、美術・芸術、将棋や囲碁など趣味の物もあります。また部屋で書評を聞き、興味が出たものを借りることも多いそうです。

もちろん、自前で本の購入も可能です。ただ日ごろの評価によって月に購入可能な冊数が決まったりします。また部屋の本棚に置いておける数にも限りがありますので、読み終わったら廃棄処分にするか、自宅や親戚に送るかしかありません。

施設にもよりますが、購入可能なものとしてアダルト本があります。意外に思うかもしれませんが、コンビニの本棚の成人コーナーに売っている類のものは、ほとんど購入可能です。私にとってもこれは意外でした。もっと規制されていると思っていましたので。

知られせたくない情報は黒塗りに

一般誌や趣味などの専門誌にかかわらず、雑誌類の多くは購入可能です。また暴力団関係者お好みの雑誌類も「この情報を知らせたくない」というところが黒塗りにされますが、手元に届けられます。

この「知られたくない情報」とは、組関係の抗争や、ホットな組関連の人事情報や、事件簿などです。あとヘアヌードや際どい絡みも刑務官の手によって黒塗りにされます。

購読不可のもので言うと、脱獄や殺人、実際の犯罪などに関するもの、オレオレ詐欺、ピッキング、強盗、自殺などの実際の行動の参考になりそうなものはNGです。これらの判断は所長によるものとなっています。

では、所内のベストセラーは何だと思いますか。

「意外!」というか、「なるほど!」というか、所有ナンバーワンは、なんと「日本地図」でした。聞いてみたところ何人もが部屋に持っていると言いましたので、その理由を聞いてみると「とくにないです」とは答えるものの、よくよく聞くと「読み飽きない」という感想と「読み終わらない」というのがありました。

私もその気持ちがわかりました。私も手元においておきたい本でいうと3番までに入るかもしれません。

それに次いで同様に持っている人が多かったものに「国語辞典」がありました。聞きますと日本地図同様、「読み飽きない」「読み終わらない」が理由とのことでした。ここも私も同じ思いです。また手紙や日記を書くことも増えたので必要なのでしょう。

ちなみにある刑務所の図書館で見つけたものに「怪盗ルパン全集」がありました。さすがに泥棒界のスーパースターのものは駄目ではないのかと思い、そこにいた刑務官に聞いたところ、答えはひとこと。「誰も真似できません」ということで、図書館の蔵書の許可が出ているそうです。

受刑者に人気の雑誌や漫画は?

雑誌好きの私、いろいろと人気のあるものを調べてきました。

男子で購入や差し入れの多い雑誌ですと『週刊実話』『週刊大衆』『週刊アサヒ芸能』『FRIDAY』『週刊文春』『週刊新潮』『FLASH』『週刊少年ジャンプ』『週刊少年マガジン』『週刊ポスト』『週刊SPA!』『るるぶ』『じゃらん』『裏モノJAPAN』など。

漫画ですと『ONE PIECE』『キングダム』『SPY×FAMILY』『僕のヒーローアカデミア』『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』『HUNTER×HUNTER』『ゴールデンカムイ』『NARUTO−ナルト−』『ドンケツ』『なにわ友あれ』などのようです。

先日『週刊朝日』の休刊が発表されましたが、施設の中ではまだ紙版しか許可されていないので、今後、選択肢が減っていくことの不安があります。女子のほうの細かいデータは取れませんでしたが、「料理」「旅行」「BL漫画」などが人気のようです。

単行本や雑誌は以上のように結構自由に接することができますが、案外と厳しいのが、本や雑誌の「回し読み」がご法度ということです。新聞も自前で購入できますが、同様に回し読み不可なんです。それは「物の貸し借りが禁止」というルールに伴って決められていることだからです。

施設によっては、時事に触れる目的で一般紙が平日の休憩時間や作業のない日に回覧で読むことができる所もありますが、もっとゆっくり読みたいとか、好きなスポーツ紙を読みたい人は自分で購入すれば読めます。

受刑者間で「貸し借り禁止」の理由

ちなみに「貸し借り禁止」についてですが、これは「受刑者遵守事項」の中に「金品不正授受」という項目があり、きっちりとルール決めされています。


「貸し借り」は、上下関係や力関係、イジメの原因にもなりかねないので、厳しく禁止されています。お金を持っている人といない人の差などでトラブルが起こらないようにするためです。

それでいうと、食事に関してですが、「食べ物は残してもいいけど、他人にあげてはならない。交換も許さない」というルールもここから来ています。私にすれば、「税金で賄われている食事を残すな!」と言いたいところですが、体調にもよりますし、好き嫌いもあるといえばあるでしょうから仕方がないともいえます。

しかも、人にあげるという行為や交換とかがまかり通ると、「ご飯ひと粒とおかず1品交換」というようなイジメがありえてしまうので、許されないのです。

これらも懲罰などの処分の対象になりえます。

(竹中 功 : 作家)