自分らしく幸せに生きるにはどうすればいいか。脳科学者の西剛志さんは「タワマン上層階の住人が下の階の人に威張ることがあるように、脳は自分と誰かを比較して優越感を覚えたがる。この比較をさらに悪化させる『自己中心性バイアス』は、幼いときに自尊心が満たされなかった人ほど強く残っている」という――。

※本稿は、西剛志『あなたの世界をガラリと変える 認知バイアスの教科書』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

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■タワマン上層階の住人が優越感を覚えて、威張ってしまう理由

「人はみな平等」とは言うものの、ついついわたしたちは心のなかで上下のランクづけをしてしまうものです。たとえば……

あいつは営業成績こそ上げているけど、性格が悪いから俺より下。

彼女は服のセンスもいいし、勉強もできるから、確実にわたしより上。

友人の実家が裕福だと知ってから、わたしより上の人と思ってしまう……など。

また、タワーマンションでは資産価値が高いとされる上層階に住んでいる住人のほうが、下の階の人に対して優越感を覚えたり、威張るような態度をとる傾向があるとも言われます。

このように、つい自分と誰かを比べて考えてしまうのは、「比較バイアス(コントラスト効果)」という認知バイアスの働きです。AとBと自分。本来、比べなくてもいいところにもの差しを当てて、比較してしまいます。

そして、この比較をさらに悪化させるのが「自己中心性バイアス(Egocentric bias)」です(※1)。

「自己中心性バイアス」は、他者の視点ではなく自分の視点からしか見られない傾向のこと。事実を自分の都合がよいように解釈してしまう認知バイアスです。この「自己中心性バイアス」は未発達の幼い子どもに多く見られますが、成長とともに弱まっていきます。

しかし、幼いときに「自尊心」が十分に満たされなかった人は、大人になってもこの「自己中心性バイアス」が残っていることが多々あるのです。

■女性よりも男性のほうが自分の視点を中心に考えやすい

このバイアスがあると、たとえば、過去にとったテストの点数を実際の点数よりも高く見積もったり、釣った魚が人よりも大きく見えたり、同じ仕事をしても自分はあの人よりも貢献したと主張したり、武勇伝をやたら話したがる中年になったりします。

また女性よりも男性のほうが自分の視点を中心に考えやすく、「自己中心性バイアス」が強いという報告もあります(※2)。

また「自己中心性バイアス」が強く働くと、相手への嫉妬心、攻撃心まで高まっていきます。

というのも、わたしたちは誰もが自分のことを重要な存在だと思いたい生きものだからです。この自己重要感を満たすために、下に見た相手を攻撃したり、上にいる相手の過失を見つけて引きずり落とそうとします。

店員さんに横柄な態度をとったり、芸能人のスキャンダルを炎上させるようなコメントをネットに書き込んだり……。こうした人たちも同じような現象です。

さらに、自分の地位が高くなっていくと「エリート効果」というバイアスが働くため、公平性より効率化を重視するようになり、不平等に寛容になってしまいます。

たとえば、海外で行なわれた研究では、高級車に乗っている人ほど、交差点で人が立っていても止まってくれる確率が下がってしまったそうです(※3)。

『あなたの世界をガラリと変える 認知バイアスの教科書』より

■「自己中心性バイアスをとり除く」とっておきの方法

「自己中心性バイアス」があると、「比較バイアス」が強く働いてしまうため、人を上下で判断することになってしまいます。

この認知バイアスを弱めるためには、どうすればよいのでしょうか?

そのためには、自分ではなく人の目線で考えることが重要です。一度は相手の靴をはいてみるという考え方です。

おすすめは、「わたしは○○だと思う」と言うのではなく、「尊敬する人だったら、○○だと思う」と言ってみることです。言葉とは不思議なもので、主語をほかの人に変えるだけで、認知が相手視点に変わってしまいます。

そして、もう1つの方法が「いろいろな人の考え方を知ること」です。面白い研究があって、バイリンガルの人などいろいろな文化に触れた人は「自己中心性バイアス」が減少するという報告があります(※4)。

文化を超えていろいろな人の考えを理解することで、自分の世界観が広がり、他者の視点に立ちやすくなると言われています。

■「上を目指す」という果てしのないゲーム

わたし自身も以前、「比較バイアス」と「自己中心性バイアス」に支配されていた時期がありました。競争社会のなかで、まわりを蹴落としてでも地位と成果を得ようと思っていました。いい大学を出て、たくさん稼いで、まわりよりも上に行こう、と。

ただそういう生活は気もちのよいものではありません。成果は出ても、また上を目指し、新しい成果が出たら、また目標を立てる。果てしのないゲームをしている感覚でした。

達成したとき一瞬はいい気もちになりますが、その気もちは長続きせず、また上を目指すような毎日。そんなとき、わたしはある人をテレビで目にしたのです。

それが、ハリウッド俳優のマシュー・マコノヒーさんでした。彼が映画「ダラス・バイヤーズクラブ」でアカデミー賞を受賞した際のちょうどスピーチのときでした。

マコノヒーさんが演じたのは、余命30日と宣告された主人公のエイズ患者。21キロもの減量に挑み、見事、アカデミー賞主演男優賞を受賞します。

そのトロフィーを授与されたあと、マコノヒーさんはこうスピーチしたのです。

■過去の自分と比べて、いまの自分・未来の自分はどうか

マコノヒーさんは、ずっと昔から追い求めていたヒーローがいるというのです。それは「10年後の自分」。15歳のときから彼は10年後の自分を追い求めて、近づこうと努力してきたそうです。

写真=iStock.com/Laikwunfai
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つまり毎日、毎週、毎月、毎年、ヒーローは10年後にいて、追いつくことができない存在。そして、その10年後の姿をずっと追い求め努力してきた結果、マコノヒーさんはあの授賞式の壇上に立つことができたのです。

感動しました。

西剛志『あなたの世界をガラリと変える 認知バイアスの教科書』(SBクリエイティブ)

比較するのは他人や周囲からの評価ではなく、10年後の未来の自分。比較するものを変えるだけで、こんなにも自分に対する考え方が変わるんだと心から気づけた瞬間でした。

わたしはそのとき、新しく素晴らしい考え方に触れることで、「自己中心性バイアス」がなくなってしまったのです。もちろん、完全ではありませんが、バイアスが崩壊する大きなきっかけになったことは事実です。

そして、ビジネスからスポーツ、恋愛までさまざまな分野でうまくいく人たちの研究を通して、わたし自身が一番変わったように思います。人と比較するよりも、自分を成長させて人のために尽くそうとする考え方に触れることができたからです。

誰かとの比較では、わたしたちは幸せになれません。

過去の自分と比べ、いまの自分はどうか?

ここから先の未来の自分はどうなっていくか?

その変化と成長に目を向けることで、「比較バイアス」や「自己中心性バイアス」の過剰な働きから自由になることができます。

※1 自己中心性バイアス Ross, Michael,&Fiore Sicoly,“Egocentric biases in availability and attribution.” Journal of personality and social psychology, 1979, Vol. 37(3) p.322/ Greenberg, Jerald.“Overcoming egocentric bias in perceived fairness through self-awareness.” Social Psychology Quarterly, 1983, p.152-156.
※2 女性より男性のほうが自己中心バイアスが強い Tanaka, K.,“Egocentric bias in perceived fairness: Is it observed in Japan?” Social Justice Research, 1993, Vol.6(3), p.273-285
※3 高級車に乗る人は交差点で歩行者のために止まってくれない(エリート効果) Piff, P.K, et.al.“Higher social class predicts increased unethical behavior”, Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2012, Vol.109(11), p.4086-91
※4 バイリンガルは自己中心性バイアスが低い Rubio-Fernández & Paula; Glucksberg, Sam “Reasoning about other people’s beliefs: Bilinguals have an advantage”, Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 2012, Vol. 38(1), p. 211-217

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西 剛志(にし・たけゆき)
脳科学
脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。博士号を取得後、知的財産研究所を経て、特許庁入庁。大学院非常勤講師を兼任しながら、遺伝子や脳内物質など脳科学分野で最先端の仕事を手がける。2008年に企業や個人のパフォーマンスアップを支援する会社を設立。著作に『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(アスコム)などがある。
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脳科学者 西 剛志)