日本では6割の夫婦が陥ると言われるセックスレス。「どうしても夫と同じお墓に入るなんて耐えられなかったんです」と語る博美さん(仮名・44歳)を取材しました。「おまえを女としてみることができない」と言い、こっそりいかがわしいお店への出入りを繰り返す夫。セックスレスが解決する兆しも見えないなか、親族から戦国時代のような跡継ぎ問題の矛先を向けられてしまい…。

優しい義理の両親。跡継ぎがほしい親族たち

同じ敷地内の本宅に住む義理の両親は、嫁の私にもいつも温かく接してくれる優しい人たちでした。もともと完全な同居ではなく、建物を分けてほしいという私の願いをかなえてくれたのも義理の両親でした。

●跡継ぎ問題で悩んだ経験のある義理の母

夫の実家の周りには親戚がたくさん住んでいます。お盆やお正月になると親族が本宅の大広間に集まってくるのですが、年配のおじさんたちは二言目には「跡継ぎがいれば安泰」とか「男の子を生んでこそ一人前の嫁」といった戦国時代のようなことを平気で口走る人たちでした。

そんな親戚にあまりいい印象を持っていなかったのですが、若き日の義母はこのような空気に息苦しさを感じていたそう。だから、嫁の私には逆に「こんな苗字が途絶えたってどうってことないわよ。気にしないで。ははは〜」と明るく接してくれていたのです。

しかし、私が生んだ第一子は女の子。夫とはレスのままだけれど、優しい義母の言葉を聞くたびになんとか夫との夫婦生活も元に戻して、もう一人男の子を授かれたらいいなと密かな希望を抱くようになっていきました。

●「俺は優しい男」だと自称する夫

夫は「親に怒られたことがない。だから俺は優しい人間になったんだ」と昔からよく言っていました。義理の両親が優しいのはたしかだけれど、夫は本当に優しい人なのか? と疑問に思うことが増えていきました。

たとえば、結婚当初「本宅の家は9LDDK。部屋だっていっぱいあるのに、どうして新しい家を建てなきゃいけないんだ」と、夫が反対してきたことがありました。
そんなとき、「一緒に暮らして嫁姑問題が起きてからでは遅いんだよ」と私がどんなに言っても聞いてくれず。義理の両親が間に入ってくれなければ、私の意志なんて軽んじられたままだったような気がします。

実際に風俗通いが判明してからも、夫はひたすらごまかしたり、こそこそ隠したりするようなことの連続。言うこととやっていることが一致しなくて、誠実さに欠く面ばかりが気になるようになっていきました。

いずれ男の子を授かりたいという私の願いをよそに、この頃からレスの解消どころか、ハグやキスなどのスキンシップすらまったくない状態になりました。夫にとって、私とのふれあいはもはや面倒なことだったのかもしれません。お互い家族ではあるけれど、心が通わないでいるような時間を過ごしていました。

そんななか、義理の両親のもとに、夫の姉が住み始めたのです。

●「うつ病になった」夫の姉が帰宅…

「仕事を辞めたから一人暮らしができなくなった」と突然、夫の姉・A子が本宅のあき部屋に住むようになりました。うつ病になったというけれど、通院や薬を飲んでいる気配もなく。大丈夫なのかな? と初めは本当に心配しました。

私が再会したのは結婚式ぶりくらい。年齢も私より上の30代後半くらいだったこともあり、落ち着いたらまた就職するのかと思っていたのですが、その様子もありません。優しい義理の両親は、娘が戻ってきて喜んでいる様子でした。

●自分のお昼ごはんも準備できない義姉・A子

ある日、義母が親戚の法事に出かけることになった日のこと。私も本宅へ行き、準備を手伝っていたときです。

A子「お母さん、今日の帰りは夕方なんでしょ。私のお昼ごはんどうするの?」

もういい大人なんだし、お昼くらい自分でどこか食べに行けばいいのにと思っていると、義母が「あらごめんなさい、うっかりしていたわ。博美さん、お昼になったらA子に出前をとってもらえるかしら。お金、あとでテーブルの上に置いておくから」と頼まれてしまいました。

それくらい、自分でやればいいのに…と困惑しました。A子は当たり前のように、近所の出前のメニューを見ながら「じゃあ、これ、注文しておいてください。12時で」と言い残して自分の部屋へと去っていきました。

もしも高齢の義理の両親になにかあったら…。A子の面倒ってだれが見るの? と嫌な予感がしました。
そしてこの頃から、私は義理の両親の優しさに疑問を持つようになっていきました。そのお話はまた次回。