悪口はタバコより怖い!

 2022年12月に放送された『M-1グランプリ2022』(朝日放送テレビ)でウエストランドが優勝しました。「誰も傷つけない笑い」が主流のいま、ウエストランドの「悪口漫才」は、「こんな窮屈な時代でもテクニックとキャラクターさえしっかりあれば毒舌漫才も受け入れられることに夢がある」(松本人志さんのツイッター)など、『M-1』の審査員には好評を博した一方で、批判の声もSNSを中心に集まりました。私は、ウエストランドの漫才は「悪口」というより「風刺」という気もします。

「誰も傷つけない笑い」が主流になっているということは、コンプライアンスのことも考えられますが、SNSなどで誹謗中傷が横行するなか、「これ以上、悪口を聞きたくない」という視聴者の心理が背景にあるのかもしれません。

 実際、悪口は脳と体に悪影響を及ぼします。以前、本連載で「SNSの悪口は100倍返し」ということを述べましたが、今回はあらためて悪口の危険性について科学的な根拠をお伝えします。

■(1) 認知症リスクが3倍も

 東フィンランド大学の研究によると、世間や他人に対する皮肉・批判度の高い人はそうでない人に比べて認知症になるリスクが3倍も高い結果となりました。批判的な傾向が高ければ高いほど、認知症のリスクが高まる傾向があるのです。

 悪口というのは、他人を誹謗中傷・攻撃することですが、それが脳によくない、脳にダメージを与えているということ。「認知症のリスクが3倍になる」といわれてもピンと来ないかもしれませんが、一日に41本以上のタバコを吸うヘビースモーカーの場合、認知症発症のリスクは約2・1倍にまで高まります。つまり、タバコの害以上に脳にダメージを与えていることになるのです。

 悪口を言い続けると、コルチゾールというホルモンが脳内で過剰に分泌されます。すると、記憶の保存に関わる海馬の神経や前頭前皮質のシナプスのつながりを40%破壊するといいます。

■(2) 死亡率に関する研究も

 悲観的な人と楽観的な人、いわゆる「ネガティブ思考」と「ポジティブ思考」の人を比べた研究では、ポジティブ思考の人が10歳以上長生きしているという結果が出ています。

 ほかに、ポジティブ思考の人の寿命は平均より11〜15%長い、また、ネガティブ思考の人はポジティブ思考の人と比べて心臓疾患の発症率が2倍以上高かったなど、多くの研究結果があります。

 前述の東フィンランド大学の研究でも、皮肉・批判度の高い人はそうでない人より死亡率が1.4倍高いという結果が出ていました。悪口が多い人、ネガティブな考え方をする人は、寿命が縮むのです。

 悪口を言うと、コルチゾールに加えてアドレナリンが脳内で分泌されます。怒ったとき、ゲームをしているときにもアドレナリンが出ます。たまにならよいのですが、一日の中で何度もアドレナリンが出るような状態は、心臓に悪いのです。

■(3) ストレスが増える

 居酒屋に行くと、サラリーマンたちによる上司、会社の「悪口大会」が開かれています。午後のカフェに行くと、ママ友の皆さんが夫やほかのママ友の悪口に花を咲かせています。人が集まると、悪口で盛り上がるようです。

 悪口が好きな人は「ストレス発散になる」といいますが、それは間違っています。なぜなら、前述のようにコルチゾールが過剰に分泌されるからです。コルチゾールはストレスホルモンですから、悪口でストレスが発散するならコルチゾール値は下がるはずです。たとえば、有酸素運動を30分おこなうと、コルチゾール値が高い人も正常値まで下がります。

 また前述のように、悪口を言うとアドレナリンが過剰に分泌されます。悪口とは「言葉による攻撃」。つまり、悪口を言っているとき脳は「戦闘状態」となり、ボクシングの試合や喧嘩など戦闘状態のときと同じようにアドレナリンが分泌されるのです。アドレナリンによる高揚感は「楽しい」と認識されます。つまり、脳の過剰な興奮をストレス発散と誤認してしまうのです。

 悪口を言ってストレスを発散しているつもりが、じつは自分の脳を攻撃し、逆にストレスを増やしているのです。

(写真・AC)

■(4) 他人への悪口が、自分に悪影響を及ぼす

 あなたは悪口を言われたら、どんな気分になりますか。とてもショックを受けるでしょうし、ものすごく嫌な気分になるはずです。

 オランダのユトレヒト大学、ライデン大学の興味深い研究を紹介しましょう。

 被験者に「賛辞」「侮辱」「中立」の内容の言葉を発してもらい、その間の脳波の変化を測定しました。その際「リンダは最悪」「ポーラは嘘つき」のように、それぞれ主語に名前を入れてもらいます。

 実験の結果、侮辱の言葉は「自分に向けられたもの」「他人に向けられたもの」にかかわらず、脳波に大きな反応がありました。被験者が発した「リンダは最悪」と「ポーラは嘘つき」は、自分他人に関係なく同じ悪影響を脳に与えていたのです。

 つまり、侮辱の言葉、ネガティブな言葉を口にすること自体が、脳への害になるということ。他人の悪口を言っているつもりが、自分が悪口を言われているのと同じような悪影響を自ら受けていることになるわけです。

 悪口を言われると、扁桃体が興奮します。扁桃体は、危険を早期発見し警告を発する脳の警報装置です。

 不安や恐怖という感情は、扁桃体が発する警報です。たとえば「バカヤロー!」という声が聞こえるとドキッとしますね。それが、自分以外の人に向けて発せられた言葉だとしても、 “古い脳” である扁桃体は主語を理解しないので、瞬時に不安と恐怖の警報を出すのです。

 前述の実験は、主語に関係なく「ネガティブな言葉に脳は反応する」という結果と合致します。

■(5) 扁桃体が肥大している

 ネガティブな言葉が多い人は、そうでない人と比べて扁桃体が肥大している、というデータもあります。私は非常に恐ろしいデータだと思いました。「バカヤロー!」「死ね!」といった言葉を聞くだけでなく、自分で発しても扁桃体が興奮するのです。

 ひんぱんに悪口を言っていると、扁桃体が肥大していきます。筋トレをすると筋肉が増強するのと同じで、悪口が “トレーニング” になっているのです。

 結果として、「小さな不安」にも反応するようになり、いつも「不安」や「恐怖」が頭から離れなくなります。

 扁桃体の持続的な興奮は、うつ病や不安障害の原因となります。実際、うつ病の患者さんは、 “起こる可能性が1%の確率もないような出来事” を「もし起きたらどうしよう」と一日中心配しています。

 他人の悪いところがさらに目について、悪口が言いたくなる。他人の些細な言動にもイラッとしたり腹を立てたりする。感情も不安定になります。こうなると、メンタル疾患に一直線です。

 拙著『言語化の魔力 言葉にすれば「悩み」は消える』(幻冬舎)では、「言葉は現実を変える」とお伝えしました。さらに、言葉は人間関係だけではなく、自分の体にも大きな影響を及ぼします。

 悪口、誹謗中傷、他人への攻撃、ネガティブな言葉は、脳と体を戦闘状態にします。コルチゾールやアドレナリンを分泌し、それが過剰になると脳や体に深刻な悪影響が現われ、寿命を縮めます。

 一方で、親切な言葉、感謝の言葉は、オキシトシンやエンドルフィンなどの脳と体を健康にする、癒やしの物質を分泌します。

 実際ボランティア活動をする人は、しない人と比べて5歳寿命が長いという研究があるように、親切や感謝は、寿命が延びるほどの健康効果をもたらすのです。

 あなたは悪口ばかり言って寿命を縮めるのか、「ありがとう」を口癖にして健康に長生きするのか、どちらの生き方を選びますか?

かばさわ・しおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計60万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動

イラスト・浜本ひろし