一晩過ごした相手に、本命彼女がいることが発覚！ショックを受けた女は思わず…
空前のゴルフブームが到来している今、ゴルフは男女の出会いの場としても有効だ。
30歳を目前に、いい出会いがなく焦りを感じていた森脇那月（29）も、ゴルフを始めたが…。
東京のゴルフコミュニティーに、ヒエラルキーが存在することを知る。
同じ思惑を抱く女性たちが集うこのコミュニティーで、那月は最後まで勝ち抜き、理想の男性を捕まえることはできるのか―。
◆これまでのあらすじ
▶前回：何度デートを重ねても、彼の恋人に決してなれない29歳女。その残酷な理由とは
Vol.9 迫られるふたつの選択
土曜日の18時。
私は、麻由子と池尻大橋にある和食店『KAN』を訪れていた。
「珍しいね、那月からの誘いなんて」
いつもは、彼女が誘うことのほうが多い。今日は、珍しく私から誘った。
「いろいろあって、話を聞いてほしくて」
先に到着していた麻由子の隣のカウンター席に座る。入れたての生ビールを味わって、麻由子に話を切り出す。
「大輝さんに彼女がいたの」
「そうなんだ。那月、大丈夫？」
「意外と大丈夫だけど…」
驚くよりも先に、心配の言葉を投げかけてくる麻由子の反応は予想外だった。
「麻由子があんまり驚いてないことに、私が驚いている」
私は大輝さんと聡子さんの関係を全く見抜けなかったが、麻由子は何か知っていたのだろうか…。
「別に、大輝さんに彼女がいるって知っていたわけではないのよ。でも、あり得るな、と思ったの」
「モテるだろうし」と付け足す麻由子の言葉の通り、高スペックなゴルフ男性の大輝さんは、魅力的な“一軍ゴルフ女子”たちとの出会いも多く、より取り見取りだろう。
恋人がいると考える方が自然だ。
私との中途半端な関係だって、恋人がいたからだと思うと納得がいく。
その事実に向き合えば向き合うほど、彼とデートして浮かれていた自分が惨めに感じる。
「麻由子の言う通りね、私が盲目だっただけだわ」
「…ここはもう、私と一緒に次に進もうよ！」
「え、麻由子も…？」
「康介さんも、特定の恋人がいるわけじゃないみたいだけど、複数の女の子と仲良くしてるみたいで…
女癖が悪いとまでは言わないけど、いろんな女子から好意持たれて気持ち良くなっちゃったのかな？それは奥さんとダメになるよね」
麻由子は、随分と吹っ切れているように見える。
「もう、次に進むのでいいの？」
麻由子は笑って大きくうなずく。
「ゴルフの出会いは優良だけど、ライバルは多い。そんな彼らの彼女になるのは、なかなか難しいよね」
「でも、ゴルフは好きだし、男女問わず素敵な出会いもあるから、ゴルフは続けていきたい。
自分を磨いて、それでもっと視野も広げて、妥協しない恋愛をしたいと思っているよ。那月は？」
麻由子の問いかけに、自分の正直な気持ちに向き合う。
「“大輝さんが優位に立っていて、私が追いかけている構図”なんだよね。まあ、そもそも彼女がいたから、どうこうっていうのはないんだけどね」
「大輝さんじゃなくてもさ、魅力的な男性に追いかけられるような女性になりたいよね」
ライバルの多い男性を捕まえるためには、他の女性に引けを取らない魅力を身につける必要があるのかもしれない。
「大輝さんみたいにモテる人を追いかけ続けるか、自分のことを好きでいてくれる人を選ぶか…」
麻由子の言葉で浮かんだのは、サトル君だ。
私のことを追いかけてくれる彼を好きになったら、頑張る必要がなくなる。ありのままでいてよくなる。
それだって、ひとつの幸せの形だ。
― でもそれって、妥協なのかな…。
大輝さん含め、ゴルフを通じて知った魅力的な世界。それを手放すのは、嫌だ。
「人と対等に付き合うなんて、難しいのよ。好きになった方が、やっぱり負けなの。
那月はどっちがいいの？好きな人を頑張って追いかけるか。好きになってくれる人と一緒にいるか」
そんなの答えは決まっている。
やっぱり麻由子は、私を決断させるために気持ちを整理するのが得意だ。
「麻由子、ありがとう。もう答えは決まったよ」
麻由子と駅で別れたあと、すぐに連絡を送る。
『近いうちに会って話したいんだけど、都合どうかな？』
するとサトル君から数分で返事がくる。
『サトル：明日は終日空いてるよ』
ちょうど私も空いているので、翌日のランチに誘うことにした。
どうしても早く、今の気持ちを伝えたいと思った。
◆
今日は私がお店を選んだ。代々木公園の『PATH』で待ち合わせだ。
約束よりも10分前に到着し、ガラス張りの店内を覗くと、まだサトル君は来ていないようだ。
席に案内されて座りかけた頃に、サトル君が入ってくるのが見えた。
「サトル君、急にごめんね」
「全然。話したいことがあるときは、早い方がいいでしょ？」
今日はここのダッチパンケーキを食べると決めていたので、すぐにメニューをサトル君に渡す。
どうやって切り出そう。今の気持ちを正直に伝えるというのは、なかなか難しいことだ。
「2週間ぶりくらいだよね。まずは近況報告でもする？」
そう笑ってサトル君が先に話し始める。
私が深刻な表情をしていたのだろうか。少し空気を和ませようとしてくれた彼の配慮に感謝し、思い切って言葉を紡ぐ。
「サトル君との時間はすごい楽しい。ステキな人だなと思ったのも本当。
…でも、今はそれ以上の気持ちになれなかった」
「うん、どこかでわかってた。僕には那月さんはもったいないなって。僕はずっと那月さんを追いかけてた気がするんだ」
― 私が大輝さんを追いかけて想い続けた気持ちと、サトル君の気持ちは似ていたのかも。
ずっと追い続けて、近づいたような気がしても、なぜか同じ目線では話せない。
大輝さんはそれを正直に伝えてくれなかった、ずるい人だ。
― サトル君を人として好きで、感謝しているからこそ、きちんと素直な気持ちを直接伝えないと。
「サトル君が私を想ってくれている気持ちは嬉しくて。でも、私はそれに甘えてしまいそうになるの。
誰かを追い求めても、もしダメだったらサトル君がいるからって、あなたを傷つけるような発想になっちゃうの。だから…」
「ありがとう。那月さんは優しいね。言いたいこと、伝わったよ」
彼の優しさに甘えて、前に進めない自分ではいたくなかった。
「サトル君…ごめんね…」
「どうして謝るの？…今はまだふたりの時間でしょ？最後まで楽しもうよ。僕も那月さんと同じもの頼んでみようかな」
サトル君もメニューに目を通すことなく、そう言って店員さんを呼ぶ。
これがサトル君とふたりで過ごす最後の時間になると思ったら、目の奥がツンと揺らぐ感覚がした。
できるだけその息苦しい感覚を忘れようと、そのあとはできる限りいつも通り話をして、いつも通り笑い合って、ただふたりの時間を最後まで満喫した。
◆
「ありがとう、じゃあね」
サトル君は今日は、“またね”とは言わなかった。
もちろん、これからも彼を繋ぎとめることはできたと思う。
もしかしたら、今のサトル君にとっては、その方が幸せだったのかもしれない。
でも、中途半端に繋ぎとめて、彼の時間を奪い、彼を弄ぶようなことはしたくなかった。
― サトル君、ありがとう。たくさん支えてもらったし、一緒にいた時間は間違いなく楽しかった。
先に駅へ向かう背中を見送って、もう会うことはないだろう彼の姿を焼き付けるように見つめた。
▶前回：何度デートを重ねても、彼の恋人に決してなれない29歳女。その残酷な理由とは
▶1話目はこちら：「イイ男がいない」と嘆く29歳女が見つけた、最高の出会いの場とは
▶Next：1月30日 月曜更新予定
サトルとの決別。そして那月のもうひとつの決断とは…。
