「彼に誘われたら断れない…」恋愛上手な男に夢中な27歳女。だが、あるキッカケで男の本性を知り…
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン！」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女だ。
◆これまでのあらすじ
近藤と六本木で食事をした菜々子。条件はパーフェクトなのだが、どうしてもときめかない。なぜなら、菜々子が気になるのは彼の友人の早坂の方だからだ。しかし、彼は数ヶ月後に海外赴任が決まっていて…
Vol.12 ときめきの正体
「麗香さん、そういえば新商品のサンプル、使っていただけました？」
「使ったわよ。ソープとボディミルクがとてもよかった」
菜々子は最近、ボディケア商品を企画した。
「膝とか脇とか、黒ずみになりやすいデリケートな場所に使えるアイテムがあったらいいな〜」と言ったことがきっかけで、実現した商品だ。
「欲しいなら自分で作りなさい」と麗香に言われ、菜々子自身が香りやテクスチャーに徹底的にこだわって企画したのだ。
「ソープとミルクは、一度使ったら手放せないものになりそう。香りも飽きがこなさそうでいい。使う場所を考えると香りは、ちゃんと残したいわよね」
「本当ですか？嬉しいです！」
物珍しさで買ってそれっきりになってしまうより、何度もリピートしてほしいと、菜々子は、企画の段階からずっと思っていた。
「自分に合うボディケア用品を見つけるって、なかなか難しいのよね。みんな顔を優先して、ボディは二の次。でも顔ほどお手入れをしてない人が多いから効果も実感しやすい。
ずっと彼氏がいなかった女子が、いとも簡単に恋に落ちるのと似てる」
「まあ、そう言われてみれば…」
なんだかこじつけのように聞こえたが、とりあえず、菜々子は麗香に同意する。
麗香はPCに向かってメールを打ち始めた。小気味よいタイピングの音に乗せて、楽しそうに1人で話を続けている。
「菜々子みたいな人は、すぐハマりそう」
「えっ？それってボディケアじゃなくて恋愛に、ってことですか？」
反射的に聞き返したが、麗香は「さぁ？」ととぼけたふりをする。
「わかってます。一度失敗してるので、次は慎重です」
昨年婚約破棄されたという事実は、今や悲しい記憶というよりは、“人生最大の失敗”という菜々子のネタとなっている。
― 婚約破棄を忘れたくて、無意識のうちに早く次の人を見つけなきゃと、思っていた気がする。
「菜々子は仕事も一生懸命だし、のめり込みやすい性格だから、心配なのよ。意外と周りが見えなくなるタイプ」
麗香にそう言われると、菜々子はにわかにドキドキし始めた。
― 早坂さんにのめり込んでいるわけじゃない。でも…。
その時、菜々子は、早坂からの電話に折り返していないことに気づいた。
お手洗いに行くふりをして、彼に電話をする。
「今日は最後の商談が六本木だから、お茶でもどうかなと思って電話したんだ」
電話を折り返すと開口一番、早坂は言った。
「実は、夕方以降は打ち合わせが立て込んでいて…」
残念だが、今日は断る以外ない。
実は、再来週に麗香の誕生日を控えており、菜々子がバースデーパーティーをオーガナイズしているのだ。それも麗香には直前まで内緒で。
麗香は今年42歳。麗香に心酔しているキイナやアサヒたちとも、この件で今日会う予定だ。
しかし、早坂から連絡が来たのは嬉しかったし、時間が合うなら会いたいと菜々子は思った。
とはいえ、仮に恋愛に発展しても、早坂はあと2ヶ月もすれば香港に行ってしまう。遠距離を続けていく自信もない。
かと言って、彼に誘われたら、きっぱりと断る自信もない。
― うーん。優柔不断な私。
◆
夕方。
菜々子は、キイナたちにボディケアのサンプルを渡すと麗香に断りをいれ、グランド ハイアットの『フィオレンティーナ』に出向いた。
菜々子よりも前に2人は到着していた。
「あら？菜々子さん雰囲気変わりましたね。なんかすごく…」
アサヒが菜々子を見上げ、驚いた様子で言う。
「お痩せになったし、とても綺麗。麗香さんのそばにいるからかしら？」
キイナも同意した。
そして、「綺麗になるのは、やっぱ素敵な恋愛をされているからじゃない？」などと2人で勝手な憶測をしている。
彼女たちのやりとりがおかしくて、菜々子は思わず笑ってしまう。
そういえば去年の秋、私は婚約破棄を経験し、仕事も辞め、人生のどん底だったのだ。
今は、上司のバースデーパーティーを楽しく企画していて、なおかつ、2人の男性の間で悩むなんて、半年前の自分からはまったく想像ができない。
― 全ては麗香さんと知り合ったことから始まったけど。人生何が起こるかわからないわね…。
「あ、そうだ。これ、私が企画して、来月発売の新製品。デリケートゾーンとか、脇とか膝とかの黒ずみやすい場所専用のソープと保湿ミルク。
ソープは肌に刺激は少ないけど、殺菌力はちゃんとある、っていう仕様なの。洗い流しても香りがしっかり残ってくれる自信作だからぜひ使って、感想をいただけると嬉しいわ」
さりげないPRトークが菜々子の口から滑り出してくる。
「すごーい。まるで麗香さんが話しているのかと思っちゃった。
商品開発までするなんて菜々子さん、信頼されてる証拠ですね！SNSに載せても大丈夫ですか？」
「もちろんです」
麗香のバースデーパーティーで
六本木のレストランを借り切っての麗香のバースデー当日。
バースデーガールのためのティアラをつけ、キラキラと輝くシャンパンタワーを前に、麗香は満面の笑みを浮かべている。
麗香にこの日のことを伝えたのはほんの3日前だが、その時の、喜びっぷりと言ったら…。
「菜々子、色々ありがとう！こんなにたくさんのゲストを招待して、大変だったでしょう？」
「いえ、キイナさんたちが協力してくれたので、助かりました」
ふと気がつくと、麗香がシャンパンをポンポン開けて、ゲストについで回っている。
― ん？？あのシャンパンって…。
麗香が両手に一本ずつ抱えているのは、どう見てもクリスタルだ。
すると、麗香がクルッと菜々子の方を振り向いた。
「ほら、菜々子も飲んで、飲んで！これ、近藤君からの差し入れですって！なんとクリスタルを1ダースも」
― えっ？
麗香さんの夫である院長先生が、友人である近藤さんの父親を誘って、途中からやってくると言うのは聞いていた。
しかし、菜々子は近藤には声をかけてはいなかった。
― そんなことだったら、私から彼に声をかけるべきだったかも。
菜々子に後悔の念がよぎる。
そんな菜々子をよそに、麗香が誰かに向かって手を上げた。
菜々子が麗香の視線の先に目をやると、入り口から早坂、近藤の2人が連れ立って入ってきた。
「こんばんは！」
菜々子は、急いで出迎える。
「麗香さんから昨日電話をもらってね。菜々子ちゃん企画のパーティーだからぜひ来てほしいって」
「俺は、近藤から一緒に行こうと引っ張り出されて」
早坂はバツが悪そうだ。
「近藤さん、クリスタルありがとうございます」
「菜々子ちゃん主催だしね。後で麗香さんのご主人と一緒に僕の父も顔を出すって言ってるから紹介させてね」
「はい。ぜひ」と答えながら、いつの間にかその場に居なくなった早坂を、菜々子は気づかれないように探した。
背の高い早坂はどんな場所にいてもすぐに見つけることができた。
― いた。
早坂のすぐそばには、キイナたちと同じグループの女の子がいた。グラスを片手に、2人で何やら大笑いしている。
「俺は女の子を誘うのがうまいから…」
以前、早坂とパーティーを抜け出した時に、彼が言っていた言葉を思い出した。
― もしかしたら、早坂さんって本当に女性の扱いが上手なのかも…。
「どうしたの？早坂さんに見惚れてたの？」
その時、シャンパンボトルを片手に持った麗香が、菜々子に声をかける。
「とっくに知ってたわよ。近藤くんから菜々子さんって付き合ってる人いるのか？って相談受けてたし。どうするの？菜々子。やっぱりキュンを取る？」
― はぁ…。
思わずため息が漏れてしまう。まったくこの麗香って人は、お節介なのか、野次馬なのか。
「近藤君はおすすめよ」
もはやだいぶ酔いが回っている麗香が、菜々子に耳打ちした。
「でも、無理矢理付き合わなくても大丈夫。だって、菜々子はなーんでも1人でできるんだもん」
― 今、なんて言った？なーんでも1人でできるって？
麗香の口から出た予想だにしない言葉に、菜々子はしばし呆然となった。
― これって、最高の褒め言葉じゃない？
「麗香さん！」
菜々子は思わず大きな声を出す。
「私、やっぱり“キュン”は取りません。女の子の扱いが上手な人と遠距離なんて、疲れちゃう」
麗香はクスクスと笑いながら、菜々子のグラスに並々とシャンパンを注いだ。菜々子もつられて笑い出す。
そして、菜々子はきっぱりと言い切ったのだ。
「私…もっとブランドを大きくできるように、もっとお仕事頑張ります！」
麗香は一瞬真顔に戻ると、次の瞬間ニヤリと笑いながら、シャンパンのボトルを菜々子に差し向けた。
「ほら、じゃあ私たちの成功を祈って！」
グラスの底から絶え間なく小さな気泡が立ち上っている。菜々子はキラキラとゴールドに輝くグラスを掲げて言った。
「カンパーイ！」
Fin.
▶前回：「彼のこと好きになれたら、幸せになれるのに…」ドキドキする相手としか付き合えない女の運命は…
▶1話目はこちら：結婚を決めた理由は「なんとなく」だった。惰性で決断したことを女が後悔したワケ
