東京ステーションギャラリーで1月9日まで開催中の「鉄道と美術の150年」展(筆者撮影)

「鉄道と美術の150年」というタイトルの展覧会を知ったのは、文京区の小さな美術館に置かれていたフライヤーだった。タイトルを初めて見た瞬間、不思議に思った。「鉄道”の”美術」ではなく、「鉄道”と”美術」なんだ、と。

鉄道が描かれた美術品の展示ではなく、鉄道と美術という一見関連がなさそうなテーマを組み合わせた展覧会なのだろうか。このふたつはどのように両立するのであろうか。

興味を惹かれ、JR東京駅丸の内北口にある東京ステーションギャラリーに向かった。

行列を作ってはいけない

東京駅創建当時の構造煉瓦や鉄骨が独特の雰囲気を醸し出す館内で待ち受けていたのは、鉄道と美術というふたつの両輪が、明治維新から戦争、高度成長期を経て現在に至るまでの日本の歴史をうねりのように紡いでいる様だった。

鉄道と美術は、いつこの日本で出会ったのか。偶然のように見えて実は必然的な関係があった、それを教えてくれたのが館長の冨田章氏である。

冨田館長は多くの著書を有する著名な美術史家だ。

そごう美術館、サントリーミュージアムを経て、2011年東京駅復原工事に伴い6年休館したのち再オープンした東京ステーションギャラリーを任された。

冨田館長は開口一番、

「まず大前提として、東京ステーションギャラリーには一風、変わった掟(おきて)があるんですよ」

と謎を投げかけた。

掟とは何か。

なんと、東京駅構内で「行列を作ってはいけない」である。

確かに、東日本鉄道文化財団の施設である東京ステーションギャラリーが駅のドームで人の流れを乱してしまうのは、よろしくない。

ただしここで矛盾が生じる。爆発的な人気を呼ぶ展覧会を開催することができなくなってしまうのだ。しかし、美術館としての存在意義は示したい。そこで冨田館長が見つけた着地点が、長い美術史の中で光が当たってこなかった、忘れられた素晴らしい作家たちを発掘していこうというコンセプトだった。

「行列を作ってはいけない」けれど「注目を浴びる」美術展を開催する。そんな制約のなか「鉄道と美術の150年」の企画は、どのように立ち上がったのか。

実は、東京ステーションギャラリーの展示は必ずしも鉄道を軸足にはしていないそうだ。駅を移動する人たちに文化の香りを感じてほしいという創設の理念を大切にしながらも、鉄道を扱うことは稀で、2012年のリニューアルオープン記念展「始発電車を待ちながら」、2014年の東京駅開業100周年に開催された「東京駅100年の記憶」、そして今回の「鉄道と美術の150年」の3回だけだという。


東京ステーションギャラリーの冨田館長(筆者撮影)

とはいっても、東京ステーションギャラリーは東京駅の改札を出て5秒の場所にある。地理的には鉄道との関連性は随一の美術館だ。鉄道150周年という節目の年には、ぜひとも記念になる展覧会がしたい。

普段の展覧会はひとりの担当者を中心に作っていく。だが今回のテーマは壮大だ……。

そこで冨田館長は決めた。「鉄道開業150周年の企画は、学芸員も広報も総務もみんなでやろう。美術館員全員で総力戦にしよう!と、最初からみんなを巻き込んだんです」。

東京ステーションギャラリー総力戦となったプロジェクトが立ち上がったのが5年前。まずは全員で鉄道が描かれた絵をひたすら集めた。

各自が展覧会を観に行き、美術館の目録を調べ、コツコツとファイリングをしていく。そして3年間でたまった膨大な「鉄道が描かれた美術品」を並べた。

「……意外につまらないね」が全員の感想だった。このままでは「ああ、鉄道をモチーフにした作品を集めたんだね」で終わってしまう。わたしたちのやりたいことは、こういうことではない。

鉄道も美術も1872年に生まれた

その頃から月に1回ミーティングをするようになった。

ミーティングの中で出た「鉄道と美術、鉄道とアーティストの関わりという視点から作品を選んでみないか」そんな一言から、館員たちは一見、鉄道とは何の関係がなさそうでも、その裏では深い関わりがある作品を面白がって探すようになった。

そうして集まった作品を並べてみると、今度はそこから時代背景、政治、人々の営み、それぞれの作品のエピソードが際立ち始めた。結果、鉄道史や美術史を超えて、社会史や風俗史の視点が重なり合うようになってきた。

もうひとつのターニングポイントがあった。

鉄道が開業した年と、美術という言葉が生まれた年が同じ1872年(明治5年)ということに冨田館長が気づいた瞬間である。

どちらの事実も知っていた。美術史家として著名な北澤憲昭氏が著書の中で「美術」は1872年に官製訳語として造られた言葉であると明記している。もちろん鉄道は開業して150年ということも有名な事実だ。ただこのふたつが冨田館長の中で結びついていなかった。

ある日、明治初期の美術の動向をより深く確認しようと、さまざまな文献を読み直していたら気がついた。「あれ、同じ年じゃないか!」。

鉄道も美術も完全に外来のものとしてスタートを切った。日本の美術家たちが近代化の中でどれだけ翻弄され、西洋と折り合いをつけ苦労してきたかは自分も著書の中で書いている。そうか、鉄道も同じだったんだ。

明治維新が起こり、日本は西洋の列強たちを前にとにかく格好だけでもいいから追いつかなければ、と鉄道をイギリスから輸入して走らせた。美術は、それまでの書画や骨董という言葉に代わって欧米のファインアートやボザール、クンストなどに匹敵する言葉として作り出された。

性急に取り入れられた西洋の文化の中でも、目に見えるわかりやすい形の鉄道と美術は、明治という混沌とした時代の影響を相当受けたに違いない。

鉄道と美術の組み合わせは、偶然のように見えるけれども、明治という時代の必然だったと思う。冨田館長の中で「鉄道と美術の150年」のコンセプトが形になった。

今回、展示された150の作品のうち、冨田館長の心に残る作品を聞いてみた。「それは難しい質問ですね」と困り顔を見せながらも、最初に教えてくれたのが1899年、都路華香によって描かれた『汽車図巻』である。

描きたかったのは住む人とその営み

この作品は長いあいだ所在不明だったが、関西の小さい美術館で展示していると聞いて出向き、所蔵家の方と交渉して展示に至ったそうだ。東京では展示されたのがおそらく初めてという。「珍しい作品なので、これを皆さんに披露できたのは嬉しい」と顔をほころばせた。

この作品は長い絵巻に、列車の1等・2等・3等が描かれ、そこに100人を超える老若男女が、さまざまな国籍、職業、格好で描かれている。これは列車を描きながら、明治時代の日本の縮図を見事に表現していると冨田館長は教えてくれた。

「これ、どこに鉄道があるの?」と思ってしまう、不染鉄の『山海図絵(伊豆の追憶)』は面白いので、細かいところまでじっくり見てほしいと冨田館長はいう。2017年、東京ステーションギャラリーで展覧会をやって非常に評判が良かった画家・不染鉄の代表作である。

先ほどの「どこに鉄道が?」という問いに対しての答えは、絵の中央。ド真ん中、という位置に電車が走っている。こちらも富士山を中心に日本列島を俯瞰して見せているようでいて、よく観ると家や鉄道、船のスケール感がおかしい。富士山や日本列島に比べて、大きいのだ。魚まで見えるように描かれている。

「不染鉄が描きたかったのは日本列島でも富士山でもなく、そこに住む人とその営みだったのでしょう」冨田館長は読み解く。

最後に現代の作品を示してくれた。この絵には鉄道は出てこない。芸術家集団Chim↑Pom(当時)が2011年、福島の原発事故の直後に渋谷駅構内に無断設置し、世間の話題となった『LEVEL 7 feat.「明日の神話」』である。

岡本太郎が第五福竜丸の被曝事件を取材した作品に、寄り添うように無断で設置され警察に押収されたが、不起訴になって返却された作品だ。

「Chim↑Pomが考えたのは、どうしたら作品でメッセージを発することができるかということでしょう。岡本太郎へのオマージュでありながら、まさに岡本太郎がしようとしたことを現代のアーティストがやったことに意味がある。だから岡本太郎記念館も価値を認め、この作品を所蔵しているのだと思います」冨田館長は、そうおすすめしてくれた。

東京駅という地の利を生かせば、この展覧会に出展されたいくつかの作品を、散歩がてら観に行けるのも、東京ステーションギャラリーの魅力だ。

外に出れば「鉄道の父」と知られる『井上勝像』を観ることができる。作者は東洋のロダンと呼ばれた朝倉文夫だ。彼は初代鉄道院総裁である後藤新平の像も手がけている。構内に戻れば、京葉線に続く通路に、朝倉文夫の彫塑塾に通っていた福沢一郎原作の世界最大級のステンドグラス『天地創造』を楽しめるだろう。

「ぜひ、これは見てほしい」と冨田館長に強く勧められたのは京葉線改札口外の地下通路に設置された『RTOレリーフ』である。

第二次世界大戦終結後、日本を占領下に置いた連合国軍が日本全国200カ所以上の主要駅に鉄道輸送事務室・通称RTOという施設を設けた。東京駅にもRTO専用待合室を作るよう命じられたとき、建築家・中村順平が若い彫刻家たちと作った、日本の名所と日本地図のレリーフは賞賛とともに迎えられたが、時代が変わりRTOも国鉄に返還され、1974年にはすべて壁板で覆われてしまった。

そこからさらに30年以上がたち、2007年にほぼ無傷で蘇った。歴史に翻弄されたレリーフを彫った若き彫刻家たちが、のちに有名になっているのも、見どころだそうだ。

絵画の説明文にも要注目

展示会を回りながらとても気になっていたことがあった。絵とともに展示されているキャッチコピーと説明文の一つひとつがどれもこれも読み逃したくないほどに面白く魅力的だったことだ。

誰が書いたのか聞いてみると、冨田館長は嬉しそうに教えてくれた。「あれは全部書いた人が違うのですよ。その作品を選んだ学芸員が自ら全力でおすすめポイントを書いているのです」。

自分が推している作品だから、自分の言葉で説明ができる。

冨田館長は続ける。「総力戦は1+1=2ではない相乗効果を生んでくれます。実は総力戦をしたのは2回目で、前回は『東京駅100年の記憶』のときだったのですよ」。

次に東京ステーションギャラリーで鉄道を扱うのはいつになるのだろうか。そのときの総力戦を楽しみにしながらも、これからの冨田館長の楽しいたくらみを享受しに、東京ステーションギャラリーに通ってしまうことを予感してしまうのである。

東京ステーションギャラリー「鉄道と美術の150年」

期間:2022年10月8日(土) - 2023年1月9日(月・祝)

休館日:月曜日[10/10、1/2、1/9は開館]、10/11、12/29 - 1/1

開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで

(さとう ようこ : ライター、宣伝プランナー)