愛知県の郊外に展開する「うなぎの与助」では、ガスと炭火を併用した強い火力でうなぎを焼き上げる(筆者撮影)

毎年のように値段が上がり続けているうなぎ。すっかり足が遠のいてしまったのは、きっと筆者だけではあるまい。その反面、筆者が暮らしている名古屋では、4、5年前からうなぎ屋のオープンが続いている。

とくに顕著なのは、名古屋駅前や栄の繁華街。出張や観光で訪れた客は「せっかく名古屋へ来たのだから」と、どうしても財布の紐が緩くなり、5000円近くもするひつまぶしが飛ぶように売れるのである。

うなぎ一尾が丸ごと入って「2300円」

都市部ではすでに飽和状態にある中、激安を謳う店が続々と開店している。うなぎを一尾丸ごと使った「特上」のうな丼やひつまぶしは2200円前後と、市価の約半額。なぜ、そこまで安い値段で提供することができるのだろうか。いわゆる“安かろう悪かろう”ではないのか。さまざまな疑問が浮かぶ。

そんなモヤモヤを解消すべく、筆者は激安のうなぎ屋を食べ歩いた。その中で群を抜いて美味しかったのは、愛知県の郊外に展開する「うなぎの与助」だった。


うなぎの与助「ひつまぶし(特上)」2300円(筆者撮影)

いちばんお値打ちなうなぎ2分の1尾分がのる「うな丼(にぶいち)」は1200円。一尾分がのる「うな丼(いちまる)」は2200円。「ひつまぶし(特上)」は2300円。お吸い物は別売り(100円※肝吸いは200円)となるが、それでも十分安い。

「当店は生のうなぎを仕入れて、店で割きも串打ちもしています。うなぎは外国産を使うこともありますが、厳しい基準をクリアしたものを使用しておりますので安心してお召し上がりいただけます」と話すのは、「うなぎの与助」の代表を務める松井歓さんだ。

外国産、と聞いただけで拒否反応を示す方も多いと思うが、国産うなぎの流通量が少なくなる冬場など時期によっては有名店も外国産を使うことがあるのはあまり知られていない。安心・安全で美味しければ何の問題もないと思うのだが。


うなぎは生きたままの状態で仕入れている(筆者撮影)

松井さんがわざわざ割きや串打ちについて触れたのは、激安のうなぎ屋の中にはあらかじめ焼いてある加工品を温め直して提供している店もあるからだ。筆者はそれがいけないとか、ネガティブな印象は持っていない。牛丼チェーンやファミレスのうなぎよりもはるかに美味しいし、筆者が食べ歩いた中には開店前から行列ができていた店もあった。

加工品を使用する店にとって最大のメリットは、温め直すだけなので職人が要らないという点である。うなぎの激安店が急増した背景に、加工品のレベルが上がったことがあるのは間違いないだろう。

うなぎ屋の「生産性の高さ」に驚愕

うなぎの与助」の安さの秘密に迫る前に、松井さんの経歴にも触れておこう。松井さんは地元の大学を中退後、カフェのホールスタッフからはじまり、バリスタとしてドリンクを作ったり、居酒屋では接客のみならず調理も担当した。

転機が訪れたのは、2016年頃。当時、松井さんは建築会社の飲食事業部で働いていた。うなぎ屋の運営も手がけており、名古屋市郊外のテーマパークに隣接する商業施設への出店担当責任者に抜擢されたのだ。出店交渉の他、割きや串打ち、焼きなど現場での業務もひと通り覚えねばならず、本店で半年間ほど必死に練習したという。

「私は不器用なので、失敗するたびになぜそうなったのかを分析して改善していましたから、人に教えることができます」(松井さん)


たれは甘さと辛さのバランスのよいものを使用(筆者撮影)

現在、店で働くスタッフの大半は、料理の経験はあるものの、うなぎの調理は未経験者ばかりだったが、今ではマスターしているという。逆にいえば、割きと串打ち、焼き以外の技術は要らないわけで、煮たり、焼いたり、揚げたりとあらゆる調理技術を必要とする居酒屋のほうが大変なのかもしれない。

実際、コロナ禍で大きな打撃を受けた居酒屋がうなぎ屋に業態を替えるケースも多い。串カツや唐揚げを仕込んで数百円で売るよりもうなぎ丼を1杯何千円で出したほうが商売として効率がよいのだ。しかも、うなぎは生かしておけばよいのでロスも出ない。松井さんもそこに気がついた。

「土用の丑の日や大型連休など繁忙期になると、本店はむちゃくちゃ忙しかったです。焼き場での仕事は相当体力を使いますが、基本的に焼いていればよいわけです。客単価も高いので、居酒屋で丸一日、必死になって動き回ってやっと40万円を売り上げるところを短い営業時間で達成してしまう。このうなぎ屋の生産性の高さに驚きました」(松井さん)

飲食業界の働き方を変えたい

しかし、テーマパークは昼がメイン。さらに、都心から離れた場所にあることを考えると、立地のよい本店の売り上げには遠く及ばないと思った。そこで松井さんは本店とは一線を画した激安店としてオープンさせることを会社に提案した。が「高く売れるものをぜわざわざ安く売る必要はない」と却下された。


うなぎの与助」代表の松井歓さん(筆者撮影)

「そもそもテーマパークで散財した後に家族3、4人で1万円を超える食事はしませんよ。閉園後、県外から来たお客さんたちは店がある商業施設をスルーしてホテルのある名古屋駅や栄に直行でした」(松井さん)

テーマパークの入場者数が増えれば何とかなるという期待は打ち砕かれ、店の経営もテコ入れする必要に迫られた。松井さんは再び激安店のプランを提案し、会社側もそれを認めた。当時ひつまぶしを安く食べられる店はまだ珍しく、徐々に売り上げを伸ばしていった。

この経験がうなぎ屋のヒントになったのだが、もう一つ、松井さんの背中を押す出来事があった。それはある土曜日のこと。その日は半休をとって法事へ行くことになっていた。ところがスタッフに欠員が出てしまい、法事を断念せざるを得なかった。

「そのとき、自分は何のために働いているのだろうと思いました。国家や国民を守る自衛隊や警察、消防の仕事ならまだしも、半休すらとれない飲食業界の働き方を変えたいと考えるようになりました。今の職場から始めるよりも、ゼロから作り上げたほうが早いと思って会社を辞めました」(松井さん)

うなぎの与助」を始めるにあたって、うざくやう巻きなどの一品料理をなくし、うなぎ丼とひつまぶし、肝焼きのみにメニューを絞り込んだ。そして、気軽に食べられる金額として2000円台前半に決定した。


「うな丼(いちまる)」2200円(筆者撮影)

大半の客は、前出の「うな丼(いちまる)」(2200円)、「ひつまぶし(特上)」(2300円)か、うなぎ4分の3を使用した「うな丼(しぶさん)」(1700円)、「ひつまぶし(上)」(1800円)を注文するという。

すべては激安価格を実現させるため

この価格で利益を出していくには、徹底したコスト削減しかない。店舗は都心ではテナント料が高額となるため、郊外の居抜き店舗を探した。東京と違い、名古屋のうなぎ屋ではお酒を飲む人は少なく、郊外にあることはデメリットにならないのだ。ただ、郊外ゆえに車で来店することを想定して、駐車場付きであることも物件の条件に加えた。

店内に入ると、あらかじめテーブルにお茶と紙おしぼりが置かれている。これはホールスタッフの仕事を簡素化するためだ。客を席に案内したら注文を受けて、料理を運ぶ。食べ終わったら食器を片付けて、会計をする。実にシンプルだ。

よく見ると、テーブルの面積もあまり広くはない。ひつまぶしのお盆がちょうどのるくらいである。正直言って、あまり居心地がよいとはいえない。

「安さをウリにしているので、お客さんを回転させないと利益が出ないのです。他にも個別会計をお断りしていたりと、お客さんにはご不便をおかけしていますが、すべては大衆価格を実現させるためです。ご理解いただければと思っています」(松井さん)


うなぎの与助」稲沢店。17台分の駐車場も完備(筆者撮影)

松井さんが掲げた“働き方改革”だが、1店舗につき1人の社員が調理を担当し、ホールスタッフはアルバイトが担当している。それぞれの仕事を可能な限り簡素化している上に営業時間も11時〜14時(L.O.)、17時〜20時(L.O.)と短いので、残業することはほとんどない。サービス残業が常態化している飲食業界では「純白」と言ってもよいだろう。

うなぎの割きと串打ちを1人でやろうとすると、1日約20キロくらいが限界なんです。今後はそれを補うためにセントラルキッチンの開設も視野に入れ、都心部で昼のみの間借り営業する店を増やしていこうと思っています。セントラルキッチンで串打ちしたうなぎを焼いて提供する形をとればよいので、働く側にとってもハードルは下がると思います。例えば、シングルマザーの方など求職困難者に雇用を提供できればと考えています」(松井さん)

寿司が高級店と大衆的な回転寿司に二極化したように、名古屋のうなぎ屋も同じ道を辿るだろう。激安のうなぎ屋の需要が高まれば、温め直すだけの加工品のレベルもますます上がるに違いない。うなぎ好きの筆者としては高級店も激安店もお互いに切磋琢磨して名古屋に新たなうなぎ文化が築かれていくことを期待している。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)