一人っ子政策に翻弄された女性の姿を描いた、映画「シスター」。(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら)© 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

中国共産党が推し進めてきた「一人っ子政策」がもたらした“望まれなかった娘”。家族への複雑な思いを抱える彼女の前に、身寄りがなくなった6歳の弟が突然現れる。人生設計をかき乱された彼女は、自分の人生を生きるか、姉として生きるか、選択を迫られる――。

2021年の清明節(日本のお彼岸に当たる)に合わせた4月に中国全土で公開され、低予算映画ながら中国の興収ランキングで2週連続1位、興収171億円を突破する大ヒットを記録。同時期に公開された中国映画『こんにちは、私のお母さん』同様、女性監督が手がけた感動作として話題を集め、その年の中国の主要な映画賞をにぎわせるなど、高い評価を受けた映画『シスター 夏のわかれ道』が11月25日より全国公開される。

本作の舞台は中国四川省の成都。医者になるために北京の大学院進学を目指し、勉強に励んでいた看護師のアン・ラン(チャン・ツィフォン)は、実家を離れ、自分で学費と生活費を稼ぎながらひとりで生きてきた。ところが疎遠だった両親が交通事故で急死。あわただしく執り行われた両親の葬儀には、6歳の弟ズーハン(ダレン・キム)の姿が。彼は一人っ子政策下で生まれたアン・ランが大学生になったときに、アン家の跡継ぎを強く望んだ両親がもうけた子どもだった。

身寄りのない弟を育てることに


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葬儀に集まった親戚たちは、身寄りのなくなった弟のズーハンは、実の姉であるアン・ランが育てるべきだと押しつけるが、医師として生きる道をあきらめきれないアン・ランは「弟は養子に出す」と宣言。養子先を探し、父が遺(のこ)したアパートの一室も売却する手続きを始める。

だが養子先が見つかるまではということで仕方なく、しばらくはズーハンと同居し、面倒を見ることに。幼いズーハンは両親の死を理解できずにワガママばかりで、悩みを共有できない恋人ともすれ違いぎみ、そして仕事先でもトラブル続き。アン・ランはストレスの限界で爆発寸前。誰にも頼れない孤独な日々を送っていた。

一方でズーハン自身も、両親の愛と幸せな日常を突然失ったことに必死に耐えているのだということに気付いたアン・ランには弟を思いやる気持ちが少しずつ芽生え始め、彼女の固い決意は次第に揺らぎ始める――。


アン・ランと弟のズーハン© 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

本作の時代背景となるのは、中国の急激な人口増加を抑えるために中国共産党が1979年に始めた「一人っ子政策」。原則として1組の夫婦につき子どもは1人までという制限を課し、そのルールに従った者には数々の優遇策を行い、逆に違反者には非常に重い罰金を科すという、悪名高き制度だった。

この制度では特例として、第1子が障がい児だった場合には、健常児を持つために2人目の出産を認めるとしていた。アン・ランの両親は、跡継ぎとして男の子を欲しがっていたため、アン・ランに障がい者のふりをさせてまでこの特例を受けようと画策。しかし紆余曲折あって、その試みは失敗。第2子をもうけることができなかったという過去を持つ。そのときの両親の落胆は非常に大きく、それがアン・ランの心に大きな影を落とした。

2015年には一人っ子政策を廃止

なお余談だが、中国はこの施策の影響で少子高齢化に悩まされるようになり、2015年には「一人っ子政策」を廃止。その後は子どもは2人まで許可されるようになり、さらに2021年からは子どもは3人までと緩和されるようになった。

弟のズーハンは、アン・ランとはずいぶん歳が離れているが、この規制が緩和された後に、跡継ぎをあきらめきれなかった両親が、あらためてもうけた子どもということになる。そして男の子ということで、両親からの愛情を一身に集めたであろうズーハン。アン・ランが、弟に対して抱く複雑な心境にはそういう背景もある。

本作の主人公アン・ランを演じたのは2001年生まれの新鋭チャン・ツィフォン。子役時代にフォン・シャオガン監督の『唐山大地震』で観客の涙を誘い、第31回大衆映画百花賞新人賞を受賞するなど高い評価を受け、その後も『唐人街探偵』シリーズ、岩井俊二監督の『チィファの手紙』など映画・テレビを中心にコンスタントに出演。


主演を務めたチャン・ツィフォン(写真右)© 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

「国民の妹」として人気を集める若手注目株が、本作に挑むにあたって長い髪をバッサリとカット。舞台となった四川省成都の方言を完璧にマスターするなど、新境地を見せたとして話題を集めた。

メガホンをとったイン・ルオシン監督は、長編監督デビュー作となる前作『再見、少年(原題)』でもチャン・ツィフォンとタッグを組んでおり、芝居に対する姿勢を高く評価していたという。それゆえ「チャン・ツィフォンの内面的な強靱(きょうじん)さ、感覚の鋭さ、動揺しない所が、アン・ランの役柄と非常にマッチしていたのです。同時にこの役柄には、激しい攻撃性や、柔和なもろい性格ではなく、不屈の闘志を見せるようなタフなイメージを望んでいました」と感じていたという。

アン・ランの親世代は、家父長制が当たり前だった。父方の伯母アン・ロンロン(ジュー・ユエンユエン)は、弟(アン・ランの父親)に進学の機会を譲り、自分は就職をし、その給料の一部を弟のために支援してきたことから「姉なら弟の世話をするべき。(父親が)進学したおかげであんたも大学に行けたのよ」と家父長制的な価値観をもって諭すが、アン・ランは「わたしには関係ない。わたしは学費も生活費も親には頼らなかった」とキッパリ。

生まれたときから男尊女卑に苦しむ

現代の中国では女性の地位が向上し、職業や暮らし方を自由に選択できるようになったが、アン・ランにはそれも簡単なことではなかった。

イン・ルオシン監督は、「彼女は生まれたときから男尊女卑の産物だったのです。彼女の自立心と反骨精神は彼女に多くの可能性をもたらしました。アン・ランは常に反発し、自分自身をしっかりと持ち続けました。このことも私たちがアン・ランの物語を通して伝えたいことなのです。『女性は(女である前に)まず一人の人間である』、これこそが家父長制を揺るがす核心的な力なのです」と語る。

本作が中国で公開されたときは、若者を中心に「シスターをどう評価するか」「個人の価値は家族の価値より大切なのか?」といった声がSNSなどで広がり、感動と共感の声が広がったという。クライマックスで描かれたアン・ランの選択は? そしてそれをわれわれはどう感じるのか? 誰かと語りたくなるような1本だ。

(壬生 智裕 : 映画ライター)