マレーシアのサイトで販売されているジャパニーズウイスキー「会長」(写真:WHYSKY.MYのサイトより)

「会長(KAICHO)それは日本の企業におけるもっとも成功した人物のみが辿り着ける成功の頂点を表しています」――。こんなキャッチフレーズが裏ラベルに記載された「ジャパニーズウイスキー」がアジアの市場に出回っており、ネーミングの面白さもあって日本でもツイッターなどで話題になっている。

ジャパニーズウイスキーは諸外国で高騰し、世界中で引っ張りだこ。2021年のウイスキー輸出額は約462億円で前年比170.2%の増加を記録している。ただ、中には品質に疑問符が付けられるものもある。このため、業界団体は自主的な基準を作成し、スコッチやアイリッシュなどと並び世界5大ウイスキーとも称されるジャパニーズウイスキーの品質維持に努めている。「会長」の出所を探ってみると、ウイスキー業界が抱える課題が浮かび上がってきた。

会長の響きに「怪しさ満点」の声も

「Japanese Whisky Kaicho」とグーグルで検索すると、マレーシアやオランダ、香港、インドネシアなどさまざま国の酒類販売サイトで販売されていることがわかった。例えば、マレーシアのサイトでは「会長 ピュアモルトウイスキー」が369マレーシアリンギッド(約1万1500円)で販売されている。香港の「ワインサーチャー」というサイトでは「12年熟成」が約2万円となっている。

「会長」には8年熟成や12年熟成などのラインナップがある。話題になっているのは、会長という日本人にとって商品名にするには微妙なネーミングにある。さらに、キャッチフレーズももっともらしく記載されているが、「怪しさ満点」との声も上がっている。

裏ラベルの「成功した人物のみが辿り着ける成功の頂点」の2回目の「成功」は不要だろう。「その名の通り会長(Kaicho)は生産過程において、真心を込め、非常に高品質なウイスキーに仕上げています。この特別なウイスキーをご堪能ください」と続けられている。

ツイッターでは、「ラベルの商品紹介が怪しい」「その言葉はそういう意味だが、そのニュアンスでは使わない」と日本語を母国語としない人が商品名やラベルの作成に関わったのではないかと類推する声や、「受け狙いで置いてもいいかと思ったけど8000円は高すぎる」との評価も。

販売元に問い合わせてみた

ラベルには、輸入商として、欧腾国际贸易(广东)有限公司との記載があり、中国広東省の会社が扱っているようだ。実際には、アジアユーロ・インターナショナル・ビバレッジ(Asiaeuro International Beverage)が手掛けた商品で、この会社の香港支店に電話すると、このウイスキーは山梨県韮崎市にある“自社”の醸造所で製造していると明らかにした。


「会長」のフルラインナップ、8年熟成や12年熟成ものも。アジアユーロ・インターナショナル・ビバレッジのホームページによると、同社はタイ飲料大手の子会社などの合弁のようだ(写真:アジアユーロ・インターナショナル・ビバレッジのサイトより)

香港やマレーシアなどの通販サイトでは、英語で「会長ウイスキーは、富士山の山麓で製造されている。素晴らしく滑らかなこのウイスキーは、雪を頂いた南アルプスの清らかな水を使って生み出された」と記載されている。

韮崎市には、山梨県甲州市に本社を置くサン.フーズの工場がある。同社は、酒類やみりんなどの調味料の製造販売、酒類の輸入・卸販売を手掛けている。この会社で「会長」が製造されているのではないかと目星を付け、ウイスキーの海外販売などに関して知りたいと本社に電話してみると、「そうした取材には応じておりません」と冷たい対応が返ってきた。

しかし、韮崎市役所によれば、中国企業が運営するウイスキーの醸造所は存在せず、「会長」を製造しているのはサン.フーズしかあり得ない。一度は断られたものの、最終確認するのは製造している当事者の答えを引き出すほかない。

再度電話してみると、別の担当者が出て、中国企業から委託されて「会長」を製造していることをあっさりと認めた。「会長」が韮崎市の自社工場で製造されているというのは、電話に出たアジアユーロ・インターナショナル・ビバレッジ担当者の誤解のようだ。

サン.フーズの担当者によると、海外の企業からウイスキーの製造を委託されているのは、25〜26種類にも上るという。同社は2014年にウイスキー製造免許を取得しており、ウイスキーブームに乗った新規参入組と言えるが、担当者は「海外販売は好調」と話す。同社は以前の東洋経済オンラインの取材に対し、「自社で蒸留した原酒に海外から輸入した原酒を加えて、ブレンドしている」と、増産の手の内を明かしている(「ジャパニーズウイスキー」の悲しすぎる現実)。

紛い物に苦慮する業界、自主基準を作成

ジャパニーズウイスキーをめぐっては、定義や曖昧さや規制の緩さが指摘されてきた。スコットランド(イギリス)では、スコッチ法というウイスキーに関する法規制があり、原材料は穀類のみ、最低熟成年数は3年と定められている。アメリカでは、連邦アルコール管理法により、トウモロコシ51%以上、最低熟成年数は2年とされるのに対し、日本は酒税法だけで9割まで穀類以外の使用が可能であるほか、最低熟成年数も定められていない。

こうした現状に対し、評価が高まってきたジャパニーズウイスキーの看板が傷つきかねないと危惧した業界団体「日本洋酒酒造組合」は2021年2月、「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」を策定した。

同組合の中村由男氏は、会長というウイスキーについては認識していないとした上で、「ジャパニーズウイスキーを名乗った紛い物が出回るケースもあり、業界内に危機感が生じたのが自主的な基準を作成するきっかけだった」と話す。この中では、「糖化、発酵、蒸留は、日本国内の蒸留所で行うこと」「内容量 700 リットル以下の木製樽に詰め、当該詰めた日の翌日から起算して3年以上日本国内において貯蔵すること」などの基準が設けられている。

中村氏は、「基準を設けたことで、海外の取引先や顧客に対して、ジャパニーズウイスキーはこういうものであると堂々と説明できるようになった。海外では訴訟文化という背景もあり、取引先にとっても明文化されたことで安心した取引が可能となったはずだ。顧客に対しても、ジャパニーズウイスキーは、こういうものであると説明できるようになった」と説明する。

ただ、あくまで自主的な基準であり、これに沿っていないからと言って違法になるわけではない。ジャパニーズウイスキーの人気が沸騰する中、今後は品質の管理がより重要になってくる。

(池滝 和秀 : ジャーナリスト、中東料理研究家)