イギリスの新国王・チャールズ3世はどのような人物なのか。ロンドン在住ジャーナリストの木村正人さんは「母親のエリザベス女王は人前で苛立ちの感情を一切出さなかったが、父親譲りの短気と口の悪さがメディアで注目されている。国民からは不人気で、『王室離れ』がさらに進む恐れがある」という――。
不人気は相変わらずのチャールズ国王とカミラ王妃(2022年9月9日、バッキンガム宮殿で筆者撮影)

■公衆の面前で短気を爆発させたチャールズ新国王

在位70年、96歳で亡くなられたエリザベス英女王の跡を継いでチャールズ国王(73)が即位し、カミラ王妃(75)が誕生した。交通事故で悲劇の最期を遂げたダイアナ元皇太子妃とのダブル不倫・離婚の原因を作ったチャールズ国王とカミラ王妃の不人気は相変わらず。若者世代の王室廃止論者が増える中、不安だらけの船出となった。

英国人のあるべき姿を表わす言葉の一つに「stiff upper lip(スティフ・アッパー・リップ)」がある。どんな時も口元を引き締め、騒がず、動じず、堂々としていなさいという意味だ。英国の騎士道精神、すなわち日本人の武士道精神と似ていると言えるかもしれない。

エリザベス女王は生前、2012年のロンドン五輪で英映画『007』のジェームズ・ボンドと、今年の在位70年(プラチナ・ジュビリー)祝賀行事ではパディントン・ベアとコラボしたぐらいだから、君主もサービス精神や茶目っ気がなければやっていけない時代である。しかし君主が公衆の面前で短気を爆発させるのはいただけない。

チャールズ国王はエリザベス女王からの王位継承を正式に宣言する書類に署名する際、書類上のインク壺の皿が邪魔になって、スタッフに持っていくよう苛立ちをあらわにして指示する様子が生中継された。神経質そうに顔をしかめるチャールズ国王の映像は瞬く間に世界中に広がった。

片や、沈着冷静なウィリアム皇太子はインク壺の皿を書類の上でずらして署名する余裕を見せた。最愛の母である女王を失った悲しみ、王位継承手続きの忙しさとプレッシャーに、チャールズ国王は早くも心の均衡を失っているようにも見えた。エリザベス女王が人前で怒りや苛立ちの感情を表に出すのを見たことがなかったので、筆者は非常に驚いた。

■「日付を書き間違えた、ああ神よ」「私はこのペンが嫌いだ」

北アイルランドのヒルズボロ城を訪問した際にも、インク壺とペンのため新国王は再び不愉快な思いをさせられる。訪問者名簿に署名した際、チャールズ国王は「今日は9月12日か?」と尋ねた。その場にいたスタッフが「今日は13日です」と答えると、「ああ神よ、私は日付を間違えて書いてしまった」と嘆いた。

さらにペンのインクで手を汚したチャールズ国王は苛立ちながら椅子から立ち上がり「ああ神よ、私はこのペンが嫌いだ」とペンをカミラ王妃に手渡した。それでも感情の高ぶりを抑え切れず、「私はこの血まみれのものに耐えられない」「悪い時はいつもこうなんだ」と付け加え、神経質な一面を国民に印象付けた。

チャールズ国王には、皇太子妃になるおとぎ話を夢見た「世間知らずのお嬢様」のダイアナ元妃より、自分のすべてを受け入れてくれるカミラ王妃のような「姉さん女房」が必要だったのかもしれない。インクが漏れたペンを何も言わずに受け取ったカミラ王妃の姿がチャールズ国王の一面をうかがわせる。

バッキンガム宮殿からウェストミンスター・ホールまで葬送行進するチャールズ国王(2022年9月14日、ザ・マルで筆者撮影)

■短気と口の悪さは豪放磊落だった父フィリップ殿下譲り

チャールズ国王の父フィリップ殿下(故人)も口の悪さでは有名だった。フォトグラファーに「f***ing早く写真を撮れ」とこぼしたり、外遊中に木に登って撮影しようとしたフォトグラファーが木から落ちると「首を折ればいいのに」と悪態をついたりした。英歌手エルトン・ジョンのパフォーマンス中に「マイクを切ってほしい」と口走ったこともある。

豪放磊落(らいらく)だったフィリップ殿下は、幼少期のチャールズ国王をスパルタ式で鍛えようと、名門イートン校ではなく、質実剛健をモットーにするスコットランドの寄宿学校に放り込んだ。自由を求めてヒトラーから逃れてきたドイツ系ユダヤ人が設立した学校で、フィリップ殿下も1期生の一人だった。実は、筆者の友人の父親はフィリップ殿下の級友だった。

繊細なチャールズ国王はやんちゃな級友に囲まれ、「寮の連中は不潔だ。一晩中スリッパを投げられたり、枕で殴られたり……文字通りの地獄だった」とぼやいている。フィリップ殿下とエリザベス女王は「冷たいシャワーと終わりのないラグビーがチャールズを変えることはなかった」とバンカラのスパルタ式がチャールズには合わなかったことを認めている。

チャールズ国王は人の話を聞きすぎる

将来の国王を厳しく鍛えようと愛情を注いだフィリップ殿下と、感情的な距離を置いたエリザベス女王の子育ては新国王の性格形成に複雑な影を落としたと言われている。英名門ケンブリッジ大学を卒業後、新国王は環境、建築、社会改革など、生涯にわたって情熱を注ぐことになる活動に関心を持つようになる。チャールズ国王は経営手腕にも優れている。

しかし閣僚に書簡を送る癖があるとも囁かれる。英紙タイムズの王室担当記者バレンタイン・ロウ氏の新著『廷臣 王冠の裏に隠された権力』によると、チャールズ国王は「激しい気性と強烈な職業倫理」を持っている。ロウ氏は「彼は誰に耳を傾けるべきかを常に正しく判断しているわけではない。彼は人の呪文にひっかかる」と指摘している。

人に怒りを向けることはほとんどないものの、瞬間湯沸かし器のように短気を起こすこともある。使命感が強く、自分に満足することがない反面、要求の多い上司とされる。週7日いつ何時、スタッフに電話がかかってくるか分からない。国王は有名人から起業家まで「外部アドバイザー」からの提案にオープンで、それが裏目に出て問題になる恐れもあるという。

■「良い君主になる」「ならない」が32%で拮抗

世論調査会社ユーガブによると、エリザベス女王について「非常に良い仕事をした」と評価した人は58%、「かなり良い仕事をした」は24%と高い数字を誇った。これに対してチャールズ国王は「良い君主になる」「ならない」がいずれも32%で拮抗している。

王族支持率では(1)キャサリン妃68%(2)ウィリアム王子66%(3)アン王女53%(4)ザラ・ティンダルさん(アン王女の長女)49%と続く。チャールズ国王は5位の42%、カミラ王妃は6位の40%にとどまる。

王位継承では父チャールズ国王をウィリアム皇太子がサポートする姿が目立った(2022年9月17日、ランベス警察署で筆者撮影)

チャールズ国王は即位するに相応しいとの回答は34%で、ウィリアム皇太子が即位すべきだという声の37%を下回っている。カミラ夫人が「王妃(クイーン・コンソート)」になることに賛成する英国人に至ってはわずか20%だ。「妃(プリンセス・コンソート)」を名乗るべきだという声が約2倍の39%もある。

■若い世代ほど王室支持率は低い

王室は英国にとってプラスという声は62%で、マイナスの12%を大きく突き放しているように見える。しかし世代ごとにみると、王室を存続すべきだと考えている英国人は65歳以上で86%(王室を廃止して共和制に移行すべきとの意見は8%)、50〜64歳75%(同17%)、25〜49歳58%(同25%)と年齢が下がるほど支持率は低くなる。次世代の18〜24歳の王室存続派はわずか47%で、共和制移行論者33%と肉薄している。

世論調査に詳しいジョン・カーティス英ストラスクライド大学教授はニュース分析サイト「カンバセイション」への寄稿で「英国のような近代民主主義国家において、王室制度が存続するためには国民の同意を得る必要がある」と指摘する。

1983年の第1回「英国社会意識調査」で65%が王室制度は「非常に重要」と回答し、さらに21%が「かなり重要」と答えた。92年、エリザベス女王が「アナス・ホリビリス(ラテン語でひどい年の意)」と認めたように、チャールズ皇太子とダイアナ皇太子妃(いずれも当時)をはじめ3人の子供が別居または離婚したことで王室への信頼は根底から揺らいだ。

94年には計66%が王室制度を維持することは「非常に重要」か「かなり重要」と考えていた。それ以来、毎年のようにほぼ同じ結果が出ている。だが、カーティス教授によると、「王室制度に対する国民の信頼は驚くほど強固で安定しているように見えるが、英国人のほぼ全員が王室を支持していた83年の水準に戻ることはない」。

■エリザベス女王の「負の遺産」

96年にチャールズ皇太子とダイアナ皇太子妃が離婚し、97年夏にダイアナ元妃が交通事故で亡くなったことで、王室制度を「非常に重要」と考える人の割合が初めて30%を下回り28%まで落ち込んだ。最近になってアンドルー王子の未成年者性交疑惑、ヘンリー公爵とメーガン夫人の王室離脱と2人の子供に対する人種的偏見疑惑で再び英王室は紛糾し始めた。

王室の存続を「非常に重要」「かなり重要」と考える人は2012年には76%だったが、昨年は最低水準の55%まで急落した。チャールズ国王は王室支持率が過去最低になった時に王位を継承したのだ。今回、壮大な王位継承イベントで一時的に王室人気は回復したものの、エリザベス女王が残した負の遺産はあまりに大きいと言わざるを得ない。

国葬での葬送行進(2022年9月19日、ザ・マルで木村史子撮影)

■共和制移行の可能性を漂わせる英連邦王国

エリザベス女王の死が引き金となり、バルバドスに倣って立憲君主制ではなく共和制に移行しようとする英連邦王国14カ国(英国を除く)が相次ぐ恐れがある。オーストラリアでは共和制支持勢力が拡大しそうな雲行きで、ジャマイカやベリーズなどでは女王に続いてチャールズ国王を国家元首として頂くために国民投票が必要となるかもしれない。

その一方で英連邦には今年、アフリカのガボンとトーゴが加盟し、その数は56カ国に増えた。英国が世界のソフトパワーとして生き残れるかどうかはチャールズ国王の“外交手腕”にかかっていると言っても過言ではない。

チャールズ国王が皇太子だった時代には、慈善団体を巡ってサウジアラビアの大富豪が爵位と英国籍を取得するのをチャールズの側近が助けようとしたという疑惑が浮上。カタール元首相から寄付300万ユーロ(約4億1450万円)を一部現金で受け取った疑惑も噴き出すなど、王室は帝国時代の残滓とも言える“いかがわしいオカネ”との関係を断ち切れていない。

バッキンガム宮殿に入っていくチャールズ国王とカミラ王妃(2022年9月9日、筆者撮影)

■ウィリアム皇太子への「中継ぎ」として安全運転に徹するべき

また、自動的に「王子」と「王女」になると考えられていたヘンリー公爵とメーガン夫人の長男アーチーちゃんと長女リリベットちゃんの称号は「マスター」と「ミス」のまま残された。「海外で人生を歩むハリー(ヘンリー公爵の愛称)とメーガンに私の愛を伝えたい」というチャールズ国王の言葉とは裏腹に複雑な波紋が広がった。

アーチーちゃんとリリベットちゃんは米国籍を取得する可能性があるからだろうか。9月14日と国葬当日19日の葬送行進ではチャールズ国王やアン王女、ウィリアム皇太子ら“現役王族”は軍服を着用。王室離脱で公務を放棄したヘンリー公爵とアンドルー王子はモーニング姿で、軍の敬礼をすることさえ禁じられた。国王の意志により冷徹な一線が引かれた。

ヘンリー公爵とアンドルー王子は“引退王族”として扱われ、“現役王族”はチャールズ国王、ウィリアム皇太子とジョージ王子、シャーロット王女、ルイ王子の直系とアン王女やエドワード王子らサポート役に絞り、「小さな王室」を目指していくことを鮮明に印象付けた。

チャールズ国王はまずウィリアム皇太子とヘンリー公爵の骨肉の争いを克服できるのか。内外の課題は山積している。チャールズ国王はあまり多くを望まず、次のウィリアム皇太子にバトンを渡す中継ぎ役としての安全運転に徹した方が無難なのかもしれない。

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木村 正人(きむら・まさと)
在ロンドン国際ジャーナリスト
京都大学法学部卒。元産経新聞ロンドン支局長。元慶應大学法科大学院非常勤講師。大阪府警担当キャップ、東京の政治部・外信部デスクも経験。2002〜03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
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(在ロンドン国際ジャーナリスト 木村 正人)