読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。

ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。

「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。

相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。

さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。

 

【今回の相談】予定の直前に面倒くさくなってしまう

わたしはどこかに行く、なにかをやると予定を決めると、やりたくて決めたはずなのに、直前になるととても面倒くさくなってしまいます。いったいなぜでしょうか?

(PN.カニかまのほんものさん)

 

【作者さんの回答】穴掘りをやめて流しそうめんをしたっていい

マシューが目を覚ますと、とたんに暗い気持ちになりました。壁にかけられたカレンダーには、今日は花丸がついています。

窓でこつんこつんと音が鳴ります。だれかが小石を投げているのです。マシューが起き上がり、窓を開けて下をのぞくと、オープンカーが止まっていました。運転席にはサングラスをしたラルフがいます。

「どうしたんだよ、こんな朝早く?」

「おいおい、今日はアルの家にみんなで落とし穴を掘ろうって決めただろ」

ラルフは呆れて肩をすくめます。

「わかった、すぐ行くよ」

窓をしめると、マシューは一瞬、パジャマを脱ぎかけますが、すぐにやめてそのまま出かけることにしました。なんだか着替えることが面倒くさかったのです。マシューはパジャマのまま外に出て、そのまま助手席に乗り込みました。

「なんでパジャマのままなんだ?」

「いや、なにを着るか考えるのが面倒くさくてさ」

「おいおい、つぎの日に着る服をナイトテーブルに置くんだよ。常識だろ」

たしかにそれは名案だけども、常識ではないと思いながらマシューは助手席に座っていました。

 

●マシューを乗せた車が向かったのは…

ラルフの車はアルの家に到着し、そのままアルの家の駐車場に止めます。アルはいま、実家に帰省していていません。その日を見計らってみんなでアルの家の庭に落とし穴を掘ろうとみんなで計画していたのです。

庭に入ると、ジェシーもマサヨシも仲間はみんなすでにきていました。それぞれオーバーオールを着て、マイスコップを持ってやる気まんまんです。キャンプに使う折り畳みテーブルもあって、だれかが持ってきた缶のコーラがならんでいます。ターンテーブルやバーベキューの道具も揃っていました。

「おいマシュー、なんでパジャマのままなんだ?」

マサヨシがマシューの横にきて聞きます。

「着替える気分になれなかったんだよ」

「そうか、おれはつぎの日出かける服で寝ているぞ」

それは合理的だけど、窮屈でいやだなとマシューは思いました。その思いは表情にも出ましたが、マサヨシはすぐにマシューのとなりを離れてコーラを取りにいったのでその顔は見ませんでした。

●いざ穴を掘り始めるマシューたち。そのとき…!?

「さぁ、みんなスコップをかまえるんだ。歌をうたいながら穴を掘ろう」

ラルフがそう言うと、ターンテーブルが回され、軽快な音楽が流れてきます。みんなその音楽にあわせて歌をうたいだしました。

♪アルの家に穴を掘れ
スコップ片手に土をかきだせ
疲れたらコーラを飲め
バーベキューのコンロもあるぜ

アルの家に穴を掘れ
子どものころ読んだ『少年アシベ』
あの気持ちをいま思い出せ
やがてやってくる人類の夕べ

そこまで歌ったとき、音がぷつっと止まりました。マシューがターンテーブルを止めたのです。

「おい、やめろ、こんなばかげたことは」

みんながぽかんとマシューの顔を見ます。今日はアルの家に穴を掘る日なのになにを言っているのだろうと。

「でも、穴を掘らないっていうんなら、いったいなにをやるんだ」

「みんなで流しそうめんをやろう。タワマンの屋上から、地上に向かって」

マシューの提案にみんながざわつきます。やがて小声で話し合いが行われ、ジェシーがみんなを代表して言いました。

「それって最高」

そうして、ラルフの車に乗ってタワマンに移動し、屋上から地上に向けて流しそうめんのレールを設置しました。マシューは地上でそうめんが流れてくるのを待ちます。いつまでたっても流れてきませんが、いつくるかわからないので、ずっとレールを注視しています。

マシューはいつの間にか明るい顔になっていました。さっきまでずっと暗い顔だったのに、うそのようです。

そのとき、やっとそうめんが流れてきました。マシューは箸でキャッチして、つゆをつけて口に運びます。

「ああ、そうめんってつるつるしていておいしい」

マシューは思いました。今日は落とし穴を掘る気分ではなかったのです。タワマンの屋上からそうめんを流す日だったのです。

 

【編集部より】

ひとの家に勝手に落とし穴を掘ったらいけません。

 

「ふしぎなお悩み相談室」は、毎月第2金曜日に更新予定! あなたも、手紙を出してみませんか? その相談がすてきなショートストーリーになって返ってきます。