起業したら意外と困るバックオフィス業務...どうしたらいい?

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起業を考えている人やスタートアップ企業で働こうという人に向けて、総務・法務・経理・人事が1人でできるよう実務についての知識をまとめたのが、本書「スタートアップのバックオフィス必携ガイド」(中央経済社)である。網羅的かつ体系的に日本のスタートアップに特有の業務や問題をわかりやすく解説している。

「スタートアップのバックオフィス必携ガイド」(丹治太著)中央経済社

著者の丹治太さんは1981年生まれ。早稲田大学大学院修了。大手監査法人に勤務後、2012年からスタートアップビジネスの世界に入る。以後、複数の企業のバックオフィス構築に関わる。2013年株式会社MUGENUP入社。同社取締役CFO、公認会計士。

最初に、バックオフィスの項目ごとに大企業、中小企業、スタートアップの違いを表にしている。比べると、スタートアップの場合、ほとんど整備されていないことがわかる。

会社設立前、クレジットカードをつくっておくべき理由

たとえば、経理・財務の社内フォーマットは確立されておらず、自分で買ってきたExcelの入ったパソコンだけがある状態だ。文書類の保管もどこに何があるかわからない。総務も他に部がないので全部担当する。

できたばかりのスタートアップは、大学のサークルのようなもので、上下関係やルールは最低限のものしかない。一緒にいると楽しそうだから来てみた、というような状態から起業はスタートするという。

イノベーションの芽となる事業を有する企業の多くが、オペレーションに関する問題で、成長を滞らせたり、望まないM&Aを迎えたり、消えたりするのを見てきたため、イノベーションの土壌となるバックオフィスを増やしたいという思いから、本書を書いたそうだ。

スタートアップの設立準備と手続、スタートアップの経理・税務、スタートアップの総務・法務、スタートアップの人事・労務、スタートアップの上場準備とM&A......と、一連の流れに沿って構成されている。

実際にスタートアップを考えている人は、本書があれば一通りのことを把握できるはずだ。ここでは、いくつかポイントを紹介しよう。

まず、設立前、会社在籍中にやっておくべきこととして、クレジットカードをつくること、住宅ローンを借りることを挙げている。起業するととたんに社会的信用がなくなり、クレジットカードをつくることができなくなり、住宅ローンも借りづらくなるからだ。

1年間売上ゼロでも事業継続できる資金を

スタートアップを設立するのであれば、自己資金、借入、ベンチャーキャピタルなどからの調達も含めて、1年間程度は売上がゼロでも事業が継続できるような資金を用意したい。生活のための資金とは別に、資本金は最低300万円程度あった方がいいという。

バックオフィスについては、簡素化、クラウド化、外注化を限界まで進め、コスト削減と効率化を図るべきだ、としている。

導入したい便利なITツールとして、文書などデータを共有するGoogle Driveなど、コミュニケーションツールのSlackなど、クラウド型会計ソフト、クラウド型経費精算システム、クラウド型契約サービスなどを挙げている。

会社の登記について、近い将来にベンチャーキャピタルからの出資を見込んでいる場合は、最初から株式会社として設立することを勧めている。

設立作業も、司法書士に外注するといい。時間もかかりミスも起きやすいので、自分でやるメリットはまったくないという。実費を除いて1万円程度、2週間くらいで代行してくれる。

設立後は、税務署、都道府県税事務所・市区町村役所、労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所、許認可の必要な事業についてそれぞれの監督官庁に各種手続書類を提出する。これも自分でやると時間がかかるので、代行業者の利用を勧めている。

先立つものはキャッシュ! ある程度、潤沢な手元資金を

経理について比較的多くのページを割いている。

経理業務がまだ整備されていないのに、外部株主から多額の出資を受けていたり、短期間に随時新しいかたちの取引が発生したりするからだ。最低限、月次試算表(貸借対照表・損益計算書)を5営業日程度でマネジメント層に提出することが目標にしてほしいという。使いやすい会計システムやクラウド型請求書作成ソフトも紹介している。

どんなに危機的なことが生じても手元にキャッシュがあれば、会社は再び成長軌道に戻れる可能性がある。

逆に、どんなに成長の可能性があっても、資金がなくなれば終わりだ。最悪の場合でも、資金ショートしないように、ある程度潤沢な手元資金を用意しておくのは、バックオフィスの最も重要な仕事だという。

では、いくら現預金があればいいのか。最悪の状況が続いても、6カ月程度は事業運営ができるだけの運転資金残高を用意することを勧めている。

経済産業省経済産業局新規産業室がスタートアップを対象にまとめた先行事例によると、資金余力がないと、ほんの些細なミスが致命傷になることがわかる。そのためにも、保守的に見積もった「資金繰り表」の作成を勧めている。

その過程で、かなりまずいことがはっきりしたら、社内で危機感を共有しなければならない。経費節減対策、資金調達の手段、人員リストラなど危機を乗り切る方策についてもまとめている。

ここまできて、ようやく総務・法務の番だ。

スタートアップの総務の場合、労働環境の整備、ルールづくりなど担当する職域が広くなる傾向がある。電話対応、ゴミ捨て、郵便などの日常業務からオフィスの移転までまとめている。また、法務では株式会社のさまざまな仕組みや法律について解説している。

スタートアップでは、経営メンバーの対立、部門間の対立、新入社員と既存社員との対立など、大きな企業では顕在化しないような問題が起きやすいと指摘している。

丹治さんがスタートアップで働く人に期待するのは、「最先端技術の研究をする発明家でなく、生来のアニマルスピリッツがある起業家でもない普通の人でも、イノベーションを起こすスタートアップで働くことで、人々の生活を向上させる長大なる経済活動の一端に参加することは可能」になるからだ。

大企業では体験できない「刺激的で充実した毎日」が待っていると、スタートアップへの入社を呼び掛けている。

(渡辺淳悦)

「スタートアップのバックオフィス必携ガイド」丹治太著中央経済社3740円(税込)