「最後の映画スター」による「最後のスター映画」、『トップガン マーヴェリック』

トーマス・エジソンが「個人のための映像視聴装置」であるキネトスコープを発明してから130年余り。NetflixやAmazonがもたらした構造変化、テレビシリーズを質と量ともにリードし続けるHBO、覇権を握るディズニーのディズニープラスへの業態移行。長引く新型コロナウイルスの影響によって「劇場での鑑賞」から「自宅での個人視聴」の動きがさらに加速する中、その誕生以来最大の転換期を迎えた「映画」というアートフォーム。その最前線を、映画ジャーナリスト宇野維正が「新作の映画批評」を通してリアルタイムで詳らかにしていく連載「130年目の映画革命」。第6回は、2022年5月27日に世界公開されると、32の国や地域でトム・クルーズ主演作史上最高のオープニング興収となる大ヒットを記録した『トップガン マーヴェリック』。トム・クルーズがハリウッド映画にとって「最後の希望」である理由とは?

© 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

2022年夏に日本とアメリカのマーケットに送り出される日産の新型フェアレディZが、販売前から国内外のメディアから絶賛されている。しかも、その賛辞の多くが、プロトタイプの試乗会に参加した自動車ジャーナリストによる実際の走行性能やドライバビリティに関するものではなく、このタイミングでフェアレディZの新型を開発し、マーケットに投入するという英断に対してだ。

「このタイミング」というのは他でもない、ヨーロッパと中国が主導し、バイデン民主党政権になってからアメリカでも一気に舵が切られた、EV(電気自動車)化への流れが加速している情勢のこと。現在、自動車メーカーにはカーボンニュートラル実現に向けた燃費規制や排ガス規制の対応だけでなく、厳しい騒音規制も課せられているが、そんな時代にフェアレディZのようなスーパーカーではない現実的な価格帯の車種で、ハイブリッド機構も持たないV型6気筒の純粋なガソリンエンジンによる、マニュアルシフトが選択可能な新開発のスポーツカーが販売されることは、それ自体が奇跡のような出来事なのだ。

『トップガン マーヴェリック』に向けられた業界人や批評家からの称賛や観客の熱狂には、どこかそんな新型フェアレディZを巡る状況を思わせるものがある。ハリウッドのメジャースタジオの老舗パラマウント・ピクチャーズが製作し、テレビシリーズには決して出演することがない最後の「映画スター」であるトム・クルーズが作品の開発から深く関わり、その撮影現場には監督のジョセフ・コシンスキーのほか、製作と脚本に名を連ねているクリストファー・マッカリー、ブラッド・バード、ダグ・ライマンと、これまでトム・クルーズと映画を作ってきた人気監督たちがこぞって立ち会ったという『トップガン マーヴェリック』。そんな舞台裏の出来事まで起こった理由は、トム・クルーズこそがハリウッド映画にとっての「最後の希望」だからだろう。

当初、2019年夏に公開が予定されていた『トップガン マーヴェリック』は、トム・クルーズがこだわった実機での撮影に膨大な時間と労力がかかったことも影響して2020年夏に延期。その後、パンデミック期に入ったことでさらに公開が再三延期されることになったわけだが、その間、NetflixとApple TV+はパラマウント・ピクチャーズに巨額の配信権を提示したという。しかし、パラマウント・ピクチャーズが『トップガン マーヴェリック』を、同時期に製作された『シカゴ7裁判』(Netflix)や『ラブ&モンスターズ』(Netflix)、『星の王子 ニューヨークへ行く2』(Amazonプライム)、『ウィズアウト・リモース』(Amazonプライム)、『トゥモロー・ウォー』(Amazonプライム)のようにストリーミングサービスに売り渡すことはなかった。

結果、『トップガン マーヴェリック』は全世界的に平常の映画興行が戻るであろう2022年5月まで公開が引き伸ばされ、直前にはロサンゼルスやカンヌや東京で(ストリーミング映画ではスキップされる)派手なプロモーションが繰り広げられ、各国で記録的なオープニング成績を叩き出すこととなった。前作『トップガン』にノスタルジーを抱いている世代の観客も安心して映画館に足を運べるようになったタイミングで、スクリーン映えするCGIに頼らないスペクタクル・アクションを売りにするエンターテインメント大作を送り出し、若い世代をも巻き込んで新たな現象を作り出す。そのすべての「演出・主演」を務めたのは、言うまでもなくトム・クルーズその人だ。

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劇中で描かれるミッション同様、『トップガン マーヴェリック』は数々の奇跡をクリアすることで映画館に幅広い層の観客を呼び戻したわけだが、さすがのトム・クルーズも想像してなかったのは、ちょうど『トップガン マーヴェリック』の公開日と配信日が重なった『ストレンジャー・シングス4』(Netflix)と『オビ=ワン・ケノービ』(ディズニープラス)の初週再生数を、36年前に公開された前作『トップガン』の再生数がアメリカ国内で上回ったことだろう。

トム・クルーズにとってその後のキャリアの大きな足がかりとなった『トップガン』が、公開から36年を経てクラシックとして新しい世代をも引きつけていることには、公開当時この作品が「流行りもの」として消費され、その後も長らく「80年代ハリウッド映画」の象徴として多くの場合批判的に語られてきたことをよく知る世代として少々戸惑ってしまう。兄のリドリーと同様にCMディレクターから映画監督に転身したトニー・スコット監督の作品が、映画マニアからも支持されるようになるのは、TVコマーシャル的な作り込んだ照明や構図や、当時散々MTV的と揶揄されたポップソングを使用した劇中イメージシーンの演出法から脱した、90年代後半以降の作品からだ。

『トップガン マーヴェリック』の監督を任されたジョセフ・コシンスキーは、そんな当時のトニー・スコット作品のタッチを部分的に援用しながらも(最も顕著なのはワンリパブリック「I Ain’t Worried」が流れるビーチ・フットボールのシーンだろう)、6KのデジタルカメラによるIMAX映像を駆使して本作を前作『トップガン』よりも画面のスケール感を強調した映画的なルックに仕上げてみせた。果たすべきミッションに向かってほとんど脇道に逸れることなく一直線に物語が進行し、終盤に大きな見せ場が連続する脚本も、前作よりも遥かに洗練されていると言っていい。

しかし、だからといって『トップガン マーヴェリック』が現在のような絶賛一色に値するような普遍的な傑作かと言われると、少々口籠もってしまうのも事実だ。いや、今さらリアリズム的な観点を持ち出して本作の設定やストーリーにツッコミを入れるような無粋なことをするつもりはないが、一つの自律的な作品として評価するには、映画としてあまりにも歪で、あまりにも自己言及的なのだ。

冒頭のシーンでも中盤のシーンでも、パイロットスーツに身を包んで任務に向かう途中、マーヴェリックは同僚から「なんて顔をしてるんだ」と声をかけられる。腐れ縁の元恋人ペニーからは「そんな目で見ないで」と言われる。どんなあり得ない設定もミッションもトム・クルーズの「顔」で乗り切り、初老手前の男女のロマンスもトム・クルーズの「目力」で乗り切る『トップガン マーヴェリック』は、正しくは、最後の映画スターによる最後のスター映画として評価するべき作品だろう。『トップガン』と同じ1986年に公開された『ハスラー2』は、当時61歳のポール・ニューマンがトム・クルーズに映画スターのバトンを渡す作品だった。しかし、今年7月に60歳になるトム・クルーズにはバトンを渡す相手がいない。それは本作に出演しているマイルズ・テラーやグレン・パウエルが頼りないからではない。我々が生きているのが、そういう時代だからだ。

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我々が生きている時代。それは、マニュアルシフトのガソリン車の新型スポーツカーの販売が最後になるかもしれない時代、映画スターによるスター映画が世界中の映画館のスクリーンを席巻するのが最後になるかもしれない時代だ。

エド・ハリス演じる海軍少将は言う。「終わりが来るのは必然なのだ、マーヴェリック。お前のような存在は絶滅に瀕している」(The end is inevitable, Maverick. Your kind is headed for extinction.)。マーヴェリックは答える。「そうかもしれません。でも、それは今日じゃない」(Maybe so, sir. But not today.)。そして、我々の気持ちを代弁してくれるのは、ヴァル・キルマー演じる海軍大将、マーヴェリックのかつてライバルだったアイスマンだ。「海軍はマーヴェリックを必要としている。子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」(The Navy needs Maverick. The kid needs Maverick. That’s why you’re still here.)。