一流「プロ経営者」はなぜライザップから逃げ出したのか - 大関暁夫
※この記事は2019年06月08日にBLOGOSで公開されたものです
個人指導トレーニングジム等経営のRIZAP(以下ライザップ)が、2019年3月決算を発表しました。昨年秋に明らかになった積極的なM&Aで買収を重ねた大量不調子会社の影響で、昨季は193億円の赤字を計上。昨年11月段階で70億円と見込んでいた最終赤字幅が、結果的に約3倍弱にまで拡大したことになります。
加えて、瀬戸健社長が昨年三顧の礼をもって迎えた元カルビーCEOの一流プロ経営者である松本晃取締役が、6月の株主総会をもって正式退任することが併せて発表されました。早急なダイエットが求められるグループ経営の再構築に向け、同社は予想以上の苦境に立たされているとの印象を受けました。
87社ある子会社の構造改革にかかる膨大なコスト
まず、ライザップの問題経営を簡単に振り返っておきます。同社はここ2~3年、赤字企業を多数買収し「負ののれん代」と呼ばれる手法で、見かけ上の利益を積み上げてきました(詳細は、「ライザップは“子供経営”から脱皮し、組織ダイエットにコミットできるのか」参照)。
しかし、買収後業績が好転する企業は数えるほどで、多くの子会社が大きな負の資産として積み上がったことが昨年11月の中間決算発表時に明らかにされ、カルビーから招聘した松本晃取締役の指導の下で、グループ再構築に取り組むことが公表されました。
そしてそれから半年、今回発表された2019年3月決算では、中間決算時の「グループシナジーが見込めない事業は積極的に縮小、撤退、売却する(瀬戸社長)」という思惑は、言葉で言うほど容易いことではないことを如実に表す結果となったわけです。
赤字子会社は現状のままでは売るに売れない。仮に売れたとしても、安く買い叩かれるのがオチ。そうなれば当然売却損が生じます。ならば、ある程度立て直し見通しをつけてから売るという段取りにならざるを得ないわけですが、それには当然各事業の構造改革に膨大なコストがかかります。
現実に、「87社ある子会社の整理は、1年もかけるような話ではない。3~4割の削減を早急に実行する(瀬戸社長)」と断言してはみたものの、それから半年、化粧品製造・販売の子会社ジャパンゲートウェイ売却が公表された以外にめぼしい売却・整理はいまだ実現していません。現状では各子会社の構造改革費用ばかりがかさんだ結果として、今回の厳しい決算数字に現れたといえます。
就任わずか1年で”赤字企業復活請負人”の松本取締役が退任
さらにこの決算数字に追い打ちをかけたものが、瀬戸社長頼みの綱であった松本取締役の退任です。松本氏は、昨年6月に代表取締役COOに就任。当時は、「瀬戸社長を一流の経営者に育てたい」と公言して、自らフルコミットしてグループを牽引する姿勢を示していました。
しかし11月には、「10社ほどの子会社を見て回って、これはちょっとおかしいぞと。おもちゃ箱みたいな会社だが壊れたおもちゃが混じっている。壊れたものは早期に修繕しなくてはいけない」と、COOから構造改革担当に役割変更を申し出たのです。
しかし翌1月には、「今後はアドバイザーの立場で関与したい」と大幅にトーンダウンして代表権を返上。そして今回、就任わずか1年にして取締役をも退任という流れになったのです。
松本氏は、11月の中間決算段階で「痛みが伴う改革の覚悟はあるか」と瀬戸社長に迫り、M&Aを棚上げして構造改革優先の方針に舵を切らせた張本人です。そもそも氏は、サラリーマン時代の伊藤忠商事では赤字関連会社を再生、ジョンソン・エンド・ジョンソン社長時代は大赤字の同社を黒字化、カルビーでも不祥事からの危機的業績不振をV字回復させた、プロの「赤字企業復活請負人」なのです。
その松本氏が問題発覚からわずか半年、改革の道筋すらまだ見えてこない段階で、逃げ出したともとれる選択をしたわけですから、これには違和感アリアリなのです。ご自身の輝かしい経歴に汚点を残したくなかったのか、あまりに早い「心変わり」には、思わずそんなことまで邪推させられてしまうのです。
本業のジム事業によるグループ建て直しは厳しい状況
今回の決算では、同社の本業である個人向けジム事業は売上高ベースで前期比26%増の413億円。本業はいたって好調です。このことは事業展開上からいえば大変重要なことであり、それなりに安心感をにじませてはくれるのですが、落ち着いて考えると本業はグループ全体売上でみれば5分の1に満たない規模なのです。すなわち、本業の頼りでグループとしての再生をはかるのは、かなり難しい状況にあるのです。
中でも最大の問題子会社といえるのは、音楽・映像のソフトレンタルおよび販売、書籍販売、その他エンタメ関連事業を手がけるワンダーコーポレーションです。2019年3月期でグループ売上のほぼ3分の1を占める約700億円の売上ながら、前年の10倍超にあたる約50億円もの赤字を計上しています。
映像も音楽もネット・ダウンロードが主流となる中で大苦戦を強いられており、全国約300のリアル店舗運営に係る固定費負担が大きな足かせに。エンタメ系ビジネスの常識的な先行き見通しさえ出来ていれば、この会社を買収することなど到底あり得なかったでしょう。
新たに個人向けジムの併設等での相乗効果を狙う、としていますが、ライフスタイルの変化はいかんともしがたく、先行きに光明は全く見えていません。松本氏が匙を投げた理由は、こんな難題にあったのかもしれません。
松本氏退任後の体制ですが、瀬戸社長は氏に代わる「後見人」として新たに、元住友商事副社長からビジネス系ITサービス会社SCSK社長、会長を歴任した中井戸信英氏を呼び込みました。中井戸氏は6月の正式就任を前にして、「取締役会議長として、経営に深くコミットしたい」と意欲を表しています。果たして、ライザップグループの業績回復に腕を振るえる存在になるのでしょうか。
経営陣・幹部社員の成長なくしてライザップの再浮上はあり得ない
そんなことをあれこれ考えている最中に、人気ビジネスTV番組「ガイアの夜明け」でライザップの近況が特集されました。その中で最もショッキングだったのは、瀬戸社長同席の会議で本業である個人向けジム事業担当の幹部が、直近の業績が見通しと異なった理由を社長から尋ねられ、明確な回答ができないという場面でした。
売上1000億円を超える企業グループの常識レベルでは、あり得ないことです。こんな低レベルな幹部が事業を仕切っていると分かった段階で、売上2000億円企業である同社の先行きは一気に暗雲垂れこめた印象になります。
同時に同社の幹部社員が育たない理由は、いつまでも社長が外部からの「プロ経営者」の支援に頼っているからかもしれない、と思わされる場面でもありました。
業績の回復、安定には、構造改革とともに「人」の育成という問題も大変重要な要素でもあります。経験豊富な72歳の中井戸氏は、41歳の瀬戸社長からすれば確かに心強い手助け役かもしれませんが、当然のこと、これからを担える人材ではありません。
前任の松本氏があえてわずか1年で組織を離れた意図は、瀬戸社長が頼りにする「後見人」制度を廃止し、組織内で幹部社員を頼りにして手を携えていくことで彼らが自立的に育っていく必要性を感じたからではないのだろうか、番組を見て私はそんなことを感じました。
番組最後に瀬戸社長は、「1年後の決算で黒字化できなかったら、私はその時ここにいないでしょう」と、復権改革に向けて背水の陣を匂わせる発言をしています。
しかしながら、社長自身も含めた経営陣・幹部社員の成長なくしてライザップの再浮上はあり得ないでしょう。再度の「後見人」経営の下で、果たしてそれが可能であるのか。瀬戸社長に残された時間は決して長くはありません。