「ATM+キャッシュレスで勝算あり」銀行業に参入したローソン銀行・山下雅史社長インタビュー - 大関暁夫
※この記事は2019年05月31日にBLOGOSで公開されたものです
BLOGOSでは「注目企業、次の一手」と題して、元銀行支店長で企業アナリストの大関暁夫さんをインタビュアーに、新たな挑戦に踏み出す企業にその戦略について伺うインタビュー連載をお届けする。今回はその第一弾として、2018年10月15日に一般向けサービスを開始したローソン銀行の山下雅史社長にお話を伺った。【取材・構成:大関暁夫 編集:後藤早紀 撮影:弘田充】
「誰でも、いつでも、簡単に」がコンビニATMのメリット
大関:昨年8月に銀行免許を取得され、10月にローソン銀行として営業をスタートされました。これまでもローソン店舗内にATMはあったわけですが、正式に銀行になることのメリットとコンビニ利用者のメリットを教えてください。
山下社長(以下、山下):まず利用者の皆様にとってはATM利用の利便性が高まる、ということが第一です。これまでコンビニ内に限られていたATM設置場所に関する自由度が、格段に上がるからです。既に新千歳、羽田の両空港には設置済ですし、福岡空港も予定しています。空港以外に、東京や大阪の地下鉄駅構内での展開も始まっています。様々な生活シーンでお役に立てる場所へのATM設置により、ご利用の皆様の利便性を高めていきたいと思っています。
私どものメリットですが、一番はいままでは地場の金融機関さんに管理をお願いしていたものが、一括して自分たちで管理しますので、自由度が高まることによって多様なサービス展開が出来るようになると考えています。
大関:今後の多様な業務展開を検討される中で、預金業務を始められたのは大きなポイントではないでしょうか。
山下:特に宣伝したわけでもないのですが、3月末の時点で既に28,000口座の開設をいただいています。残高を入れて実際に利用している方の割合も比較的高いこと、年齢層が幅広く10代から90代まで口座をご利用いただいていること、それと地域に関してもまんべんなく全国で開設していただいていること、などは嬉しい想定外な出来事でした。これは自分に近い、一番使いやすい所にお金を置いておきたいというのが一つあるのではないかと思います。同時に、既存の金融機関とは何か違うことをやってくれそうだ、という利用者の方々の期待感も感じています。
大関:コンビニバンキングとして「既存の金融機関とは何か違うこと」ができるとすれば、どのようなことが考えられるのでしょうか。
山下:今まで金融機関は「こういう人を主なお客様にしています」と決めたら、そうした方に向けた商売をしていればいいのですが、私どもは違います。コンビニは若い方からお年寄りまで、お金持ちの方もそうでない方も、あらゆる方が出入りされています。
でも、お金持ちだからといっておにぎりを100個買うわけではなく1個のおにぎりを買いに来るわけです。ですから、年をとっても若くても、お金があってもなくても、その1個のおにぎりでみんなに満足を提供する、というのがコンビニの真髄だと思うのです。その意味で私どもは新しい銀行として、それに類するようなサービスがあってしかるべきかと思っています。
簡単にいえば、誰でも簡単にいつでも使えて、あってよかった、そんな身近なサービス。例えば、普通の証券会社だと10万円からの投資信託が1000円からでも買えるとか。あるいは、保険への加入で月々3000円ずつの支払いも、毎月払えない人には払える時に払った分だけ保障される保険に入れるとか。
それも私たちが自前で商品を揃える必要はなくて、地域金融機関さんや証券会社さんなどの外部からのサポートを得て、私たちはお客様と金融事業者をつないでいく、みたいなイメージです。そんな、既存の金融機関とは異なるビジネスモデルになっていくのだと思います。
大関:コンビニバンキングとして最大のライバルはセブン銀行だと思いますが、今後のサービス拡充も含めて、同行との差別化というのはどのようにお考えですか。
山下:皆さんにライバルと見ていただけるのはありがたいことですが、大先輩に対してライバルなどというのはおこがましいわけでして、私どもとしてはむしろ補完し合う関係だと思っています。社会インフラとしての責任という意味でお互いに協調し合うのが第一義であり、セブン銀行さんも同じお考えだと思います。あえて違いをあげさせていただくなら、ローソングループとしてのコンセプト「みんなと暮らすマチを幸せにする」という「マチとのつながり」に対するこだわりということになるでしょうか。
福井県の恐竜博物館で地方銀行×ローソン銀行の好事例
大関:「マチとのつながり」という点で、具体策は何かありますか。
山下:ひとつは、地域の経済を支えている地域金融機関の方々と共に地域に貢献していく、という策です。まだまだこれからの部分が多いのですが、ひとつ例をあげさせてもらえば、政府が地銀に要請しているインバウンド対策として「ATMで海外発行のカードを使えるようにしてください」というものがあります。これを一つひとつ対応していくとなると、かなり大きな開発コストになります。
今、地銀はマイナス金利政策下で本当に厳しい収益環境にありますから、なかなか対応が難しい。そんなケースでは、私どものATMをお入れすることでニーズに応えることができます。実例としては、福井県で年間90万人ものインバウンドの来場客があるという恐竜博物館の隣接施設に、福井銀行さんと私どもの共通ブランドで、両方の名前を冠したATMを置かせていただきました。地銀さんとの連携として、象徴的なケースだと思います。
大関:まさに「マチとのつながり=地域との連携」ですね。
山下:そうですね。元々は福井銀行さんからご相談をいただいたわけなのですが、恐竜博物館がある勝山市の市長さんと市役所も一緒になって動いてくださいまして、私たちとしても福井ブランドを大切にしながら非常にスピーディな対応ができました。まさに地域の中に入っていったという実感を持たせていただいた好事例でした。
JAバンクへのATM代替設置は金融機関の機能補完連携事例の第1号
大関:地域金融機関との補完関係としての連携ニーズは、かなりありそうですか。
山下:ローソン銀行を開業してから今までで、約30以上の銀行の方々とお話させていただきました。その中から分かったことは、90年代後半の金融危機や07年のリーマンショック、そして現状のマイナス金利政策対応、地銀の皆さんは自分たちでできることは既にやり尽くしています。更に加えて経費削減や新しいチャネルの開発を行おうとするには、私どものような異業種の銀行と何か一緒にやることでそれを実現していく可能性がまだまだある、ということをおっしゃっていただいています。
私どもは、5月にJAバンクへの当行ATM代替設置についてお知らせいたしました。これは金融機関さんの機能を私どもが補完することで、金融機関さんとしては必要な事業や機能により力を入れて取り組めるという、第1号の事例かなと思っています。
大関:報道でも取り上げられた案件で、農林中央金庫さんと合意されたということでしたが、具体的にはどのような連携なのでしょうか。
山下:JAバンクは、全国の農協さんや信用農業協同組合連合会、農林中央金庫さんで構成されるグループですが、2019年度からの中期戦略において、組合員や利用者の皆さんとの接点の再構築ということで、将来を見据えた店舗やATMの再編に取り組むこととされています。
私どもが今回農中さんと結んだ合意は、この戦略の遂行を後押しするため、今年度から、全国の農協さんなどが希望するATMについて、当行のATMに置き換えていこうというものです。これにより、職員の方は、本業である組合員の皆さんへのご支援に注力できるということです。
まさに、私どもの機能を使っていただくことが、経営課題の解決の一助になる、私どもにとっても地域のマチの活性化に貢献できる、ということで、大変意義のある案件だと思っています。地域金融機関の皆さんは様々な経営課題に直面されていると思いますので、私どもの長所や強みを活かした連携は、これからもいろいろな可能性があると思います。
大関:コンビニ内にある銀行という特性を活かした点からは、既存金融機関との連携業務はどのようなものが考えられるのでしょうか。
山下:既存金融機関で、コスト面等からやむなく削られていくサービスの代行という観点での連携はあると思います。例えば、銀行の夜間金庫に代わるサービス提供とか。コンビニ内のATMの入金機能を使えば、十分その機能は果たせるわけです。現実に、ローソンの売上金を収納するサービスは開始しています。ATMには数千万円まで収納できますから、地域の商店レベルの売上入金であれば十分に対応可能かと思います。
個人向けのてっとり早い話では、地銀さんのカードでATMを利用した方に、1to1の個別メッセージをレシートで出すということは考えられます。メールのメッセージは今飽和状態で読まれませんが、自分に向けられた活字メッセージは意外に有効ではないかと思っています。一歩進んで、地元に帰る航空券の割引チケットが印字されるなどというサービスもありかもしれません。
大関:さらに進んで、ローソン銀行が地銀の銀行代理店になってコンビニ内で業務をおこなうような展開もありうるお話でしょうか。
山下:それも全くないとは言えませんが、今ご相談いただいているレベルではローソンというスペースの中に、地銀さんの支店なり出張所を入れてしまうということ、まずはこちらの方が可能性は高いと言えるでしょう。すでにいくつかのローソンの店舗では、郵便局が入っているという例があります。
同じように地銀さんがコンビニの中にお店を入れていくということは十分対応が可能です。その場合、今の時代として銀行の出張所が月曜から金曜までずっと開いている必要はありませんから、例えば月曜と水曜の午前中だけローソンのイートインコーナーが出張所になるということはあり得るかもしれませんね。
キャッシュレス時代には「0.5歩前に出る銀行作り」がカギを握る
大関:平成最後に生まれた新しい時代の銀行としての「新しいサービス」について、今お考えのものがあれば教えてください。
山下:現時点での私たちの主業務であるATM関連業務というのは、極論してしまえばお金を出し入れするときにキャッシュの利便性をどう上げていくかということかと思います。そういう意味では、キャッシュレス化の流れは世の中の大きな流れであると同時に私たちにとっても大きな流れにあると言えます。まだ抽象的な言い方になりますが、ローソン銀行としてもその部分には大きく関与していくことになると思います。
世の中の流れは早いので、2019年度にはキャッシュレスの世界、キャッシュレス決済への一歩を踏み出すことになるでしょう。基本的な考え方をお話すれば、ある商店が500円を現金でもらうと500円なのですが、クレジットカードで支払われると485円になってしまう。
今のキャッシュレスというのは、支払う側からすると便利だけれど受け取る側の立場からすると、懐に痛い話なのです。支払う側にも受け取る側にもメリットがあるようなキャッシュレスサービスを作っていきたい。これがローソン銀行の使命だと思って、目下サービス開発に取り組んでいるところです。
大関:ローソン銀行にとってキャッシュレス元年は、どのような展開が考えられるのでしょうか。
山下:利用者の方々は現在、様々なキャッシュレスサービスが百花繚乱していて、LINE Pay、PayPay、GMOペイメント、メルペイ等々、ローソンの店頭でいえば、キャッシュレス決済だけで50種類程度のサービスでお支払いいただけます。それぞれやり方の違いがあって、利用者から見ると煩雑だったりします。
私たちがまずできることは、どのペイメントにもローソン銀行でなら自分の銀行口座からチャージができ、お金を戻せる、このようなサービス展開かと思います。「キャッシュレスというのは使いやすくなったね」「何故だろう」と思った時に、裏側にローソン銀行があった、という形が理想的かと思っています。
大関:キャッシュレス化に関しては、プラットフォーマーとして参画するということですね。
山下:現段階では、その言い方が一番近いかもしれません。もちろん私たちも自前のキャッシュレスのペイメントを作っていきますが、やはり地域と共に歩む銀行になった今、前提としてやるべきはプラットフォームを整備していくことです。それを整備していきつつ、誰にでもいつでも便利に使っていただけるサービスにしていければと思います。
大関:当然、実験中と報道されているローソンPayとの連携も視野にあるということですね。
山下:これはグループ全体の問題となりますが、ローソングループの取り組みとしてローソンPayのサービス内容をどのようにするのが一番良いのか、現在検討している段階です。ローソン利用者の利便性向上の観点からも、なるべく早いスタートが切れればと思っています。
大関:乱立必至のキャッシュレス・プラットフォーム・ビジネスへの参入に関して、ローソン銀行の勝算はありますか。
山下:当行にはATMを運営しているシステム自体がキャッシュレス・ビジネスのプラットフォームに転用できる、というアドバンテージがあります。具体的なサービス内容をどうするかはこれからの課題ですが、このアドバンテージを活かせばコスト面でもビジネス化させるスピード面でも十分な優位性はあるので、勝算は十分にあります。
大関:ローソン銀行のビジネスとしては、ATM関連業務を当面の底支えにしながら並行してキャッシュレス関連をタイムリーに膨らましていくというようなイメージでしょうか。
山下:その通りです。ここ3年から5年が大きなヤマとなるであろうキャッシュレス化の流れが動き出していますので、その流れに対して0.5歩でいいので前に出るか、遅れても0.5歩というのをめざして動いていきます。繰り返しますが、ATM事業という基盤が私たちのアドバンテージです。それを最大限に活用しながら新しいチャレンジを進めてきます。これは、銀行としての基本機能を提携金融機関の皆さんにもご理解いただけるものだと考えています。
大関:最後に、銀行を立ち上げて半年が経ちましたが、当面の目標として何が達成できるとローソン銀行を立ち上げた意味があったと言える目安となるのか、教えてください。
山下:現状のATMだけでスタートしているといってもいいローソン銀行のサービスから、キャッシュレスとの選択が自由にできる状態まで持っていくことが、お客様にとっての利便性という観点からの一つのめざすべき到達点なのかなとは考えております。
加えて地域金融機関さんとのコラボレーションで、その地域に何らかのコミットメントが示せる、もしくはそのサポートができる状態が一つ二つできてくることも、当面の目標として考えています。金融、特に銀行が関わってきた分野の変化が激しいなかで、新たに銀行免許をいただいた私たちの責務は重いと思っています。
大関:ローソン銀行の今後のご活躍を楽しみにさせていただきます。本日はありがとうございました。