※この記事は2019年05月29日にBLOGOSで公開されたものです

オフィスカジュアルを取り入れる企業が増えるなど、職場の服装でも「働き方改革」が進む。

しかし、ビジネスウェアの代表格である「スーツ」もまた、時代に合わせて進化を遂げている。

かつては「イタリア製100%ウール」など海外の生地が人気だったスーツだが、ライフスタイルの移り変わりとともにビジネスマンたちの意識も変化。スポーツウェアさながらの伸縮性や体温調節機能などさまざまな機能を持つスーツへの注目が高まっているという。30代に人気のオーダーメイドスーツを手がける「FABRIC TOKYO」(東京都渋谷区)の森雄一郎代表に「スーツの現在」を聞いた。【取材:清水駿貴・村上隆則 撮影:弘田充】

「イタリア製」より「リュックで擦れない」スーツが人気に

-ビジネスウェアのカジュアル化など、働く際の服装も時代に合わせてさまざまに変化していますが、スーツに対するニーズも変化しているのでしょうか。

変化しています。少し前までは、「イタリア製のウール100%の生地でできたスーツがいい」といった海外の生地へのニーズが高かったのですが、最近では機能性のある素材などが求められるようになってきました。

例えばリュックサックを背負って通勤する方が増えるに従い、お客さまから「リュックサックを背負うと肩の部分が擦れて困る」という声をいただくようになりました。そのようなお客さまのために、耐久性に優れた「コンバットウール」という素材のラインナップを強化したところ、好評を得ました。またクリーニング店に行かなくても自宅で洗うことができるシリーズなども人気です。

FABRIC TOKYOでは、海外製生地よりも機能性に優れたオリジナルラインナップを選ばれる方が大半です。スポーティな素材やフェアトレード(開発途上国の原料や製品を適正価格で購入する仕組み)で取り扱われたものなど、今までのスーツにはなかった価値が付随した商品が人気があります。

弊社のコンセプトは「FIT YOUR LIFE」。価値観が多様化した現代では、画一的なスーツといえどもそれぞれの着こなし方がありますから、お客さまひとりひとりのライフスタイルに合うスーツをオーダーメイドで提供していくことを目標にしています。

スーツは毎日着る「戦闘服」 悩みがあってはいけない

-デザインだけでなく「着心地」や「機能」に注目して購入する人が増えつつあるということでしょうか。

ビジネスウェアが自由になってきている一方で、やはり週に5日、毎日スーツを着るという方も多い。そういう方にとってスーツは"戦闘服"です。毎日、臨戦態勢になるための服、ユニフォームみたいなものですよね。

そんな大切な服を着る上で悩みがあってはいけません。ですが、擦れによってスーツの消耗が激しかったら嫌だとか、毎日着るけど忙しくてクリーニングにいけないといった悩みがビジネスマンには多くありました。だから今の時代、機能性のあるスーツが求められているのだと思います。

今の時期ですと、昼は暑いけど夜は少し肌寒いという困った気候です。そのような気候に対応するために、体感温度を調整してくれる最先端素材「アウトラスト」などを取り扱っています。

このような新しい素材でできたスーツは日々の悩みを解決してくれます。まさにライフスタイルに寄り添った商品だと思います。

-FABRIC TOKYOではさまざまな素材を開発・販売されていますが、特に人気の商品はどのようなものでしょうか。

最も人気がある素材は岐阜県大垣市の繊維工場で作られた「オーセンティック」という生地です。弾力性や発色性、ピリング性(毛玉防止)に優れたとても美しい生地です。

また、ソロテックス®というらせん状の特異な分子構造を持つ繊維でできた、ストレッチ素材の生地も非常に人気です。スーツでありながらスポーツウェアのようなソフトな着心地で、動きの多い営業職の方や海外出張の多い方に好評です。

ほかには、現在は品切れ中ですが、シワになりにくい素材などを選ばれるお客さまも多いですね。

デザインはスタンダードが根強い人気

-スーツ素材の機能性に注目が集まっていますが、デザインに対するニーズも変化しているのでしょうか。

デザインに関してはスタンダードなものが根強く人気です。

洋服、特にビジネスウェアは自分のためだけに着るものではないですよね。お会いする人、横にいる人のためのものでもあります。自分の服装で「相手を不快にしない」「相手に失礼のないようにする」という価値観がビジネスマンには大切です。だから、基本的なデザインのスーツが人気になる傾向があります。

ただデザインはスタンダードでも、裏地の色を少し変更してみたり、好きな言葉を刺繍で入れてみたりと少しだけ遊び心を入れることもできます。僕のこのジャケットはデニム生地です。出身地、岡山県倉敷市の名産品がデニムなので、地元のものを取り入れました。少し工夫するだけでスーツのひとつの特徴になりますし、社外の人と話す時の話題にもなります。自分だけのスーツだと愛着も湧きますよね。

-スーツに対する意識の変化というのは、いつ、どのように起こったのでしょうか。

スマートフォンが普及して、情報のソースが人それぞれで違う時代になってきていますよね。テレビを持っていない若い人も今は多いですし、ファッション雑誌を読む人も少なくなった。それぞれがスマホ上で見ているコンテンツもバラバラです。

そうした背景があって同調意識の少ない時代になったからこそ、多様性が受け入れられやすくなりました。スーツという画一的でルールが多い服もその影響を受けています。

この変化は突然起きたわけではなく、時代の変化に沿って緩やかに起きています。雇用の流動性が高くなり転職が普通になったなかで、人生をどうデザインするかという選択肢が多岐にわたるようになりました。洋服の多様化もそれに合わせて徐々に起こってきたのかなと思います。

世の中の成人男性の75%が体型に悩んでいる

-オーダーメイドスーツという選択肢はそういった多様化の流れにぴったり合致しているように思えます。

弊社の調査によると成人男性の75%が体型の悩みをひとつは抱えています。そしてほぼ全ての人たちが既製品のスーツに不満を持っていることがわかりました。

私自身も学生のころからパリコレに足を運ぶなど、ファッションが大好きだったにも関わらず、人よりも腕が長いため既製品のジャケットやシャツはサイズが合わないという悩みを抱えていました。でも、オーダーメイドならそんな悩みを解決してファッションを楽しむことができます。現在の会社を興したきっかけは自分自身の体験です。

一方、オーダーメイドは「値段が高い」というイメージから手を出せない人が多いのも事実です。弊社ではハードルを下げてもらおうと、3万円代からスーツ上下のオーダーができるように仕組みを工夫しました。またインターネット販売を中心に「気に入れば自宅から注文できるシステム」を導入し、敷居を低くするよう心がけました。

今ではお客さまの約7割が弊社で初めてスーツのオーダーメイドを経験するという結果になりました。お客さまの平均年齢は30代前半。オーダースーツ業界ではかなり年齢層が低いのではないでしょうか。リピーターも非常に多く、新しい市場を創出していると言えるかもしれません。

-オーダーメイドのスーツをオンラインで販売するというのは珍しいと思いますが、メリットは何でしょうか。

2014年の起業当初は窓口がオンライン限定で、お客さまに自分で採寸していただく方法を取っていました。しかし、プロに測ってもらいたいという声が多く寄せられたため、16年以降、採寸用の実店舗を開き、現在は10店舗になりました。

プロに採寸してもらったデータが、インターネット上のクラウドに保存されるのが弊社の特徴です。お客さまはふらっと店舗に採寸に来ていただけます。そして、気に入っていただければオンラインで買っていただくというスタンスで営業しています。一度店舗で採寸すれば二度目以降は店舗に行かずに購入できるので、お客さまの負担も少ない仕組みになっています。

工場とのやりとりはデータで 働き方改革で低価格を実現

-価格を抑えるためにはどういった工夫をされているのでしょうか。

まず、中間流通を入れずに工場と直接提携しています。お客さまに完成したスーツを工場から直接送ることで、常に適正な価格で販売できますし、職人の方々への工賃も適正に支払うことができます。

また、業界全体が手書きの採寸データを紙に記入し、FAXや郵送で工場に発注するなか、弊社はクラウドに保存したデータを工場に直接送るという方法を取り入れました。これでオペレーション効率が格段に上がりました。

それまで紙で届いたデータを打ち込む作業を行なっていた人たちは貴重な職人のみなさまです。縫製業に集中してもらいたいと効率の良いシステムを導入したことが、価格を下げることにつながりました。

-価格や敷居を下げつつ、高機能な素材のスーツを開発し続けるために行なっていることはありますか。

弊社は代理店を通さずに直接お客さまとつながるやり方を取っています。また、オンラインでの販売を主にしているので、データがクラウドに蓄積されていく状態になっています。するとニーズを把握でき、商品企画のヒントにすることができます。

また弊社ではアパレルの専門商社やメーカーから人材を中途採用しています。彼・彼女らが最新の素材や縫製技術を常にモニタリングしているので、今までどこのブランドも出していなかったような商品を開発することができます。

「環境に負担をかけない」が求められる時代に

-今後、スーツに求められる新しい価値はどのようなものでしょうか。

現在、フランスで在庫や売れ残り品の廃棄を禁止する法案の準備が進められているなど、アパレルの廃棄というのは世界的な問題となっていて、日本にもこの流れがくると思っています。

ファストファッションの流行を背景に、必要以上のものを作り続ける風潮がありました。私たちアパレル業界の人間はその部分に真摯に向き合っていかないといけません。

これからは、着古したものをリメイクするなど、環境負荷に配慮した商品がスーツやシャツにも求められるようになるのではないでしょうか。

今年の流行は「クラシック回帰」

-デザインや機能性だけでなく、新しい価値観が求められる時代になりそうですね。お話をお聞きするなかでさまざまな要素がスーツを選ぶ・着る上で求められるようになってきていることがわかりました。最後にオーダーメイドスーツ作りのポイント、そして今年のスーツの流行を教えてください。

スーツ作りのポイントとしては、まず自分のお仕事で必要になってくる機能やデザインがどのようなものかを考えることですね。イメージできない場合は「こういう仕事に就いています」とスタッフに伝えていただければ、さまざまなご提案ができると思います。

さらに、普段どんな服装が好みなのか、どんなブランドやスタイルの服を着ているのかを率直にスタッフに教えていただければ、お客さまに合う一着を一緒に作ることができます。

また流行としては、「クラシック回帰」の流れがあります。いわゆる「クラシックスタイル」と呼ばれるもので、「イギリスの伝統的なシルエットやデザインのスーツ」を指します。ジャケット・ベスト・パンツのスリーピースの組み合せが流行りですね。

ジャケットはラペル(下襟部分)の幅が広く、肩パット厚め。パンツはタックを入れて腰回りに少し余裕を持たせたて着ていただくと、上品な着こなしになります。

トレンドのひとつとして意識すれば、お洒落にスーツを着こなしていただけると思います。