NTTドコモの携帯料金分離で密かに進行するソフトバンクの苦境 - 大関暁夫
※この記事は2019年05月10日にBLOGOSで公開されたものです
利用料金と端末代の分離プランによる恩恵は実感薄い?
政府自民党の要請を受けた、携帯電話販売に関する端末販売代金と通信料金の分離について、法案の国会審議も大詰めとなり、業界トップのNTTドコモ(以下ドコモ)が新料金体系を発表し、先陣を切る形でいよいよ動き出しました。
ドコモのこれまでの料金体系は、契約の2年縛り等により購入した端末代金の大半を「サポート」と称して見かけ上割引し、通信料金との合算で月々徴収する、という「セット割」方式が一般的でした。しかし実際には、割り引いた端末代金は実質的に通信料に上乗せされており、契約者は結果的に国際的に見て高い携帯電話使用料金の支払いを強いられてきた、というわけなのです。
携帯料金の分かりにくさと割高感を問題視した政府自民党は昨夏、菅義偉官房長官が「携帯料金は国際的にみて高く、4割値下げの余地がある」と発言したことに端を発し、携帯電話大手3社に対して値下げ検討を要請。並行して策定を進めた実質「セット割」を禁止した電気通信事業法の改正案が、4月23日に衆議院を通過しました。
5月10日には参議院を通過し、関係省令改正等を経て、今夏以降実施となる運びですが、ドコモの新料金発表はこの動きを受け、6月からの前倒し実施を発表したというわけなのです。
ドコモが発表した料金の分離プランによれば、通信料をデータ使用料の大小によって2つのプランに分け、通信料だけでみるなら2割から最大4割程度従来よりも安くなるといいます。
しかしながらプランの選び方にもよるのですが、ボリュームゾーンの利用者たちが選ぶであろう「大」のプランでは大きく値下げの恩恵を受けたという実感にまでは至らず、「4割値下げ」を求めた菅官房長官の発言からすれば「結果的に大した値下げにならない」とネット上での不満の声も多く聞かれています。
端末値引き競争のカギを握るiPhoneユーザー
一方で、料金分離により端末代金負担は大幅な値上げとなります。例えば、人気機種である米アップルのiPhone Xsの場合、現在の「セット割」プランでの実質端末代金負担は6万円ですが、新プランでは「セット割」による見かけ上の値引きがなくなることで12万円と倍増してしまいます。
すなわち通信料が「大した値下げにならない」という感触に加えて、携帯端末を買い換えるならむしろ以前よりも負担が断然大きくなったという実感がのしかかってくるわけで、新料金体系による値下げ実感は、長期間同じ端末を利用する者にのみ感じられるにとどまるのではないか、と思われるところです。
問題は、この料金分離による携帯端末買い替えの高騰感が、近年停滞気味の携帯端末買い替え需要に一層拍車をかけるのではないかという懸念です。この点こそが実は、今回の料金分離の影響として携帯電話各社が最も気にする部分でもあります。
もちろん長期的な展望では、来春に予定される5G移行を視野に、端末販売での減収分を、様々な通信周辺サービス拡充によって埋め合わせる方向へのビジネスモデル転換を余儀なくされるわけではありますが、当面キャリア3社が迫られる対応策は携帯端末自体の値引きです。
ドコモは新料金体系発表時に、携帯端末の値引きについては「検討している」と言うにとどめましたが、これは明らかに他陣営の出方を意識してのものでしょう。携帯端末の値引き競争でのユーザーの奪い合いということになると、日本で約6割のシェアを持つといわれるiPhoneユーザーの動向がカギを握りそうです。
iPhone製造元のアップルは、直売もするが故に価格管理が厳しく原則値引きはさせないというイメージがあり、各キャリアのiPhone比率が今後のシェア争いや収益状況を左右することになり得るからです。
「アップル信奉者」を多く抱えるソフトバンクに影響大か
非公式の業界メディア調査ではありますが、キャリア別全販売台数に占めるiPhoneの比率は、ドコモが約60%、auが約70%に対して、ソフトバンクは90%を超えていると言われています。
2006年に当時、どうあがいても業界シェア2割に届かず業績不振状況にあったボーダフォンの買収により業界に参入したソフトバンクは、2008年に国内でのiPhone独占販売権を得て、一気にそのシェアを20%台半ばまで拡大しました。すなわちソフトバンクの快進撃は、ひとえにiPhone先行独占販売の恩恵と言っていいのです。
しかし、ここに来てiPhoneユーザーの買い替えサイクルは、他の携帯機種ユーザー以上に長期化しているといわれています。その理由は、iPhoneの高価格化とユーザーに買い替えの動機付けにつながらないオーバースペック気味の製品リニューアルにあります。この状況下で、さらに料金分離によりiPhoneの買い替え価格が大幅に上昇すると、一層買い替えサイクルは長期化することが予想されるのです。
ならば常識的には、iPhone以外の機種を値引きして買い替え誘導すればいい、ということになるのですが、iPhoneユーザーはアップル信奉者が多くそう簡単ではない上に、先行独占販売時代にいち早くiPhoneユーザーとなったソフトバンク利用者は、より一層その傾向が強いといわれてもいます。
すなわち、買い替えサイクルが長期化するユーザーを他キャリア以上に多く抱えるソフトバンクは、料金分離による通信料値下げ減収の影響を最も強くかぶることになるわけで、同社の成長を支えてきた大量のiPhoneユーザーたちが、今後思わぬアキレス腱になる様相を呈してきたのです。
ちなみにドコモはどうかといえば、2013年まではiPhoneの取り扱いがなく、現状でも販売姿勢のメインはあくまでAndroidであり、iPhoneは「品揃え」というスタンスを崩していません。
サムスン製のGalaxy値引き販売キャンペーンなどを従来から展開しており、販売代理店の現場でも利用者の買い替えニーズに対して利幅の大きいAndroid製品に優先誘導するという戦略にも慣れているわけです。
料金分離が携帯の機種変更を長期化させ、損益を苦しくさせることには変わりはないのですが、セールス窓口におけるiPhone依存度の低さは、料金分離後の収益確保では思わぬ強みとして発揮されることになるかもしれません。
楽天参入と料金分離が携帯業界「正常化」の改革策
今年の携帯業界では、今回の料金分離ともうひとつ大きな出来事として、秋に予定されている第四のキャリアとなる楽天の業界参入があります。一部報道によれば、楽天に関しては今回の料金分離規制も一定のシェアを得るまでは規制の対象としない、という措置がとられるとの話もあります。
そうなると既存3社は軒並みシェアを奪われることにもなりかねず、中でも料金分離後に高いiPhone比率が損益面で大きな足かせになるであろうソフトバンクは、追い打ちをかけてダメージを被ることにもなりうるのです。
そもそも今回の料金分離の言い出しっぺである菅官房長官の狙いは、日本の携帯端末の高価格化をリードしてきたiPhone依存度の高さを是正することにあるともいわれています。
言ってみれば、料金分離と楽天の業界参入は至ってガラパゴスな日本の携帯業界を「正常化」させる改革策であり、ガラパゴス化の片棒を担いで波に乗ってきたソフトバンクのビジネスモデルもまた同時に是正を迫られることになるわけです。
今秋に向け密かに正念場を迎えるソフトバンクがどのような次の一手を打ち出すのか、料金分離の真の注目点はそこにあるとみています。