「失われた30年」でエリートのキャリア観はどう変わった?東大生の就職先ランキング平成史 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年05月10日にBLOGOSで公開されたものです
学生の就職活動はいつの時代も景気に大きく左右される。
2019年春卒業の大学生の就職内定率(2月時点)は9割を超え、調査を始めた1997年春以降過去最高となるなど、「売り手市場」が続くが、約30年前のバブル崩壊時代に学生時代を経験した多くの学生は、正社員雇用すら困難を極め、「就職氷河期」「ロスジェネ」と称され、現在も不安定な雇用や低賃金に苦しむ人も少なくない。
この「失われた30年」にエリートの象徴でもある東京大学の学生たちのキャリア観はどのように変わったのか。その変遷を追った。【石川奈津美】
1位のNTTは30年間で圏外
上記の図は、平成元年(1989)年と平成30年(2018)年の東京大学の学生の就職先のトップ30社だ。
教育情報を提供する大学通信(東京都)の調べによると、1989年当時、東大生の就職先で最も多いのは日本電信電話公社から民営化(85年)したばかりのNTTで57人。
大学通信の安田賢治常務は「携帯電話など、通信産業が成長として大きく注目を浴び始めたころだったので人気を集めていたのではないでしょうか」と人気の理由を推察する。
この時は、トップ5を都市銀行がほぼ独占していたことも特徴のひとつだ。金融業の好調と、それに伴う事業の好調がうかがえる。
一方、約30年後の2018年、同様に社名をトップ30に連ねているのはソニーや三菱商事など7社にとどまる。
都市銀行に至っては社名自体がランキングから姿を消すこととなった。1989年当時、4位の人気を誇っていた日本長期信用銀行はこの9年後に経営破綻。トップ3の一角を担っていた第一勧業銀行と日本興業銀行は富士銀行(14位)と合わせて2002年に「みずほフィナンシャルグループ」へと再編し、メガバンクへと姿を変えた。
安田氏は「メガバンクは他企業と比べて大量採用ということもありますし、『お金の流れを見れば社会がわかる』と今でも就職希望者は多い。就職者数もみずほは2018年に4位とランキング上位常連です。ただ、みずほの前身である3行の就職者数の合計と比べると30年間で3分の1ほどまで減っており、この傾向は今後も続く可能性があります」と語る。
時代は変わっても中央官庁は東大生の「特権」
30年間の中で、根強く就職者が多いのが中央官庁だ。
安田さんは「他の大学と比べてみても、各省庁別で就職者数が十数人などと上がってくるのは今も昔も東大だけ。やはり中央官庁への就職先としては東大生の“特権”ともいえるでしょう」
「また、誰もが認める日本一の国立大学ということもあり、学生達の中にも国を背負うという意識があると思います。結果的に民間企業を選んだ学生の中でも、学生時代に一度は中央官庁への就職を考えたことのある人は多いのではないでしょうか」と話す。
一方、人数にさほど変化はみられないものの、就職者数が多い省庁や出身学部には変化があるのではないかと安田さんは指摘する。
「1989年当時、特に法学部の学生たちの多くが選ぶ就職先は官僚か法曹(弁護士)でした。今はロースクールの制度があるため減ったと思いますが、当時は在学中に国家公務員試験と司法試験の両方に合格し『国を変えたいから官僚になる』と中央官庁への就職を選んだ学生もザラにいたようです。そのため、大蔵省(現・財務省)への就職は全体で19位、数も20人を超えていました。ただ、2018年には47位に落ち、就職者数も12人と減っています」
代わりにランクを上げたのが国土交通省(旧建設省、運輸省など)。2018年に全体でも8位で、中央官庁内でトップだ。
「主に工学部など理系の学生を中心とした就職先となっているのではないでしょうか。そのため、法学部など文系の学生の就職先に中央官庁への就職者数は減っている可能性はありますね。やはり同じ金融でも財務省より給与水準が高い外資系金融機関などへ就職者が流れているのではないでしょうか」(安田さん)
圧倒的な人気を誇る外資コンサル、就活の早期化へ影響も
安田さんは、この30年間での最も大きなトレンドの変化は「コンサル人気」だと指摘する。
1989年には1社もランキングに入っていなかったコンサルティング会社だが、2018年にトップとなったアクセンチュア(55人)をはじめ、3位に野村総合研究所(37人)など、数十人規模での就職者を集める。
さらに、最終的な学生が就職を希望する「人気就職先」に絞ってみると、特に外資系のコンサルティング会社の人気が圧倒的だという。
人材会社「ワンキャリア」(東京都)が2020年春卒業予定の東大生を対象に東大生の「お気に入り登録数」を基にしたランキング(4月22日時点)では、東大生人気就職先のトップ10社のうち外資系コンサルティング会社が6社を占めた。
ワンキャリアの経営企画室・林裕人さんによると、背景にあるのは、「転職を見据えた上での就職」という東大生のキャリア観だという。
同社が昨年、2019年卒の就活生を対象に行った調査で「入社する企業を決める際に重視する要素」をたずねたところ、東大生は「スキル・経験」が70%とトップ。学生全体の59%よりも1割高くなった。一方、「企業の安定性」に関しては45%と学生全体の56%より約1割低くなる結果となった。企業の安定性よりも、より個人の成長に重きを置いていることがわかる。
林さんは、「外資コンサルの場合、1~5年目の早い段階で、クライアントである企業の経営陣や経営企画室の人たちを相手に働く経験を積むことができます。また、ロジカルな考え方やエクセルなど汎用性のきく『どこでも生きていける』スキルを身に付けることができる」
「さらに、今は好景気ということでコンサル自体の募集人数も増え、その分露出も一気に増えているので業界全体が盛り上がって伸びているように見えるというのも人気が人気を呼んでいるのではないでしょうか」と話す。
さらに、外資コンサルの人気は、東大生の就職活動の早期化にも影響を与えているという。
「外資コンサルは経団連に入っていないため就活解禁日など足並みを揃える必要がありません、そのため、早い場合は大学3年の夏のサマーインターンシップで選考を行い、学生に内定を出します」
林さんが東大生にヒアリングしたところ、就活を終えた早期のタイミングで後輩の就活相談にのるなどの動きがみられたという。
林さんは「そうすると、外資コンサル志望者は『先輩のように早く動かないと』と早めに就職活動を始めますし、他の学生も口コミとして入ってきた同級生の情報を敏感に察知します。その結果、約半年~1年弱、学内全体で就職活動の開始時期が他大と比べて早期化します」と話す。就活の早期化は、当然、内定の早期化にもつながっていくだろう。
「企業の平均寿命がどんどん短くなる中で、”安定した大企業”に勤めるのではなく、スキルを身に付けることで“個人を安定させる”ほうがキャリアを積む上でのリスクヘッジになり、結果的な安定につながると考える東大生は多いです。こうした意識はさらに高まっていくのではないでしょうか」(林さん)。