スクールセクハラ訴訟 弁護士なしで被害者本人が担任らを訴える - 渋井哲也
※この記事は2019年05月08日にBLOGOSで公開されたものです
小学校時代の担任教諭(30代)から受けたスクール・ハラスメントで、精神的苦痛を受けたとして、都内の中学生(当時は小学5年生の児童、以下、女児)が損害賠償請求訴訟を起こしたことがわかった。賠償額は1円。弁護士なしの本人訴訟だ。この件では、女児の右側のこめかみあたりを指で撫でたなどとして、女児の両親が、都迷惑防止条例(以下、都条例)に「著しく羞恥させ、または不安を覚えさせる行為」にあたるとして告訴していた。しかし、不起訴処分となったため、検察審査会に対して不服申し立てをした。
担任との上下服従関係「逃げることができない」
審査申立書によると、17年4月11日と13日、被害生徒に対して「かわいいね」などと人前で容姿について言われたり、許可もなく、右側のこめかみあたりを触られた。そのため、女児は校内で嘔吐した。17日には、許可もなく勝手に手を触った。女児は帰宅後に嘔吐し、神経性胃炎と診断された。
5月11日には、被害女児の髪の毛を勝手に触り、「背が伸びましたね。コブ(シニヨン)も伸びましたね」と言った。また、髪の毛を掴んで体罰を加えた。女児は帰宅後に嘔吐し、寝込んだ。
これらを含む4回の暴行はすべて授業中に行われた。女子生徒は逃げることができなかった。そのため、「担任教師と児童という上下服従関係を利用した、不適切卑怯で身勝手な暴行行為」と訴えている。
担任の言動により、他の児童からのいじめに発展
また、訴状によると、女子生徒は担任教諭による暴行や不適切な言動によって「(不快な出来事が)毎日起こるのではないか」と思いながら学校に通っていたが、そうした言動が原因で他の児童から無視や仲間はずれなどのいじめが起きた。17年9月から、女児は心身を壊し、不登校が続いた。
18年1月には転校せざるを得なかった。心療内科で心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。母親は校長や副校長に相談。指導措置を求めると、「指導する」と約束をした。しかし、十分な指導がなされなかった、としている。
服務規定に関するガイドラインで、スクールセクハラを禁止
都教育委員会は17年5月、「使命を全うする!~教職員の服務に関するガイドライン~」を作成した。その中では、第一番目に「不適切な行為(わいせつ行為)、セクシャル・ハラスメント等の禁止」とある。具体的な行為として、「児童・生徒等に対する指導上不必要な身体接触は行わないこと」や「相手が不快に感じる性的言動が、全てセクシャルハラスメントとなることを自覚し、こうした行為は行わないこと」と示されている。
学校での不法行為事件の場合、国家賠償法で設置者の自治体等は訴えの対象になるものの、当事者の教員個人は訴えないことが多い。しかし、今回の民事訴訟では、学校の設置者は訴えず、当事者の教員のみを訴える形をとった。
学校は「公共の場所」ではない?
一方、都条例違反による告訴は一旦受理され、送検されたが、不起訴となった。理由は明らかではない。担任の言動が違反になるには、迷惑行為と認定されたとしても、学校が「公共の場所又は公共の乗物」とされなければならない。しかし、条例では「学校」は「公共の場所」にならないという解釈だ。盗撮禁止の規定には「公共の場所、公共の乗物、学校、事務所、タクシーその他不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所又は乗物」となっており「公共の場所」と別に、「学校」を併記させている。
「学校」は「公共の場所」にあたらないのか。2011年8月、宮崎県都城市で、小学校教諭が夏休みの補修をしていた教室内で女子児童(当時9歳)のスカートの中をビデオカメラで盗撮した疑いで都城区検に逮捕され、罰金20万円の略式命令となった。この事件では、「夏休みの補修をしていた教室」を「公共の場所」と認めていた。
女児の母親は「通っていた学校でも、アフタースクールが常設されていて、その職員が午前11時から出勤していることや、社会人向けの講座や教室があるなど、業者や講師ら多くの人が出入りする。公共の場所ではないか」と話す。
女子生徒は自殺未遂。大人への不信感が増大
女児は現在、大人、特に男性に対して不信感が強くなっている。渋谷などに外出していても、電車に乗っていたとしても、何かされるのではないかと想像してしまう。「男性には恐怖を受けとけられた。女性だってどこで裏切られるのかわからない。いつどこで、恐怖に襲われるのか。特に、寝る前にはそういう気持ちが強い」と話す。担任からされた行為による精神的影響が大きい。
女児は精神的に追い詰められ、小5の時、2回ほど自殺未遂をしている。1回目は4階の部屋から飛び降りようとした。そのときのことを女子生徒は「まったく覚えていないのですが、飛び降りようとしたところを親が止めたそうです」。
2回目は「なんでこんな社会に生まれたんだろう」と思い、電気コードで首を絞めて、死のうとしたという。しかし、「親の顔が浮かんだ」ために途中でやめた。「でも命を絶たないのなら、生き地獄です」とも話す。
大人への不信感と周囲の警戒心は強い。
「ダメな大人がいます。それ以上にダメな大人がその上にいます。今の時代は、教員も不審者。いつ誰に殺されるか、触られるかはわからないのです。何があっても不思議じゃない。神様なんていない。神様がいれば、こんな問題は解決しているはず」
SOSを自分から発しない限り、誰も味方にならない。
今年4月からは都内の私立中学校へ進学している。女児は「新しい環境なので、1からやり直そう」と思っているが、「在校生にも犠牲者が出るのではないか」との思いもある。振り返るだけでも、怒りがあらわれる。訴えることになったが、当初は教諭に対して、何も言えなかった。思い出すと、今でも辛い。忘れようとしても、忘れることができない。
「普通、先生は『助けてくれる人』ですし、信用しようと思います。しかし、先生に対して、警戒心を持ったのは初めて。先生にされたことを黙っていれば問題にならないし、静かにしているほうが、学校内では過ごしやすい。抵抗するのは面倒です。でも、自分から(SOSを)発しない限り、誰も味方にならない。小5のときに戻れるのなら、そのときから徹底的に言うと思う」
本人訴訟になったが、両親が法定代理人として名を連ねている。母親は、弁護士に理解されることの困難さを話す。
「何人かの弁護士に相談しました。しかし、請け負ってくれる弁護士探しは大変です。『訴えるのは難しい』とか。『裁判よりも、忘れることで前を向いたほうがいい』などと言われました。理解してもらうことが大変でした。だったら、自分たちで裁判をしようと思ったんです」